究極の願望達成法は、願う前に、願いが叶うこと。
こうなったらいいなあ、と思った直後に思い通りの展開になったり、あれ欲しいなあ、と思った直後に人からもらったり、という状態です。
たぶん、大なり小なり、誰しも経験があるのではないでしょうか。
例えば、
あの映画を観たいなと思っていたら、たまたま友達から誘われた
読みたいと思った本を、ふと入った書店でたまたま見つけた
会いたいと思っていた人から、連絡があった
などは、よくありそうなことですね。
ただそういう時に、単なる偶然だろうとか、ラッキーだったな、くらいで済ませてしまうので、あまり覚えていないかもしれません。
実は、思ったときとに、ほぼ同時に実現するときには、ある意識状態になっています。
それは、執着がない状態です。
願っているのに、なかなか叶わない願いは、
なぜ叶わないのだろう、とか
自分の努力が足りないんだ、とか
もっと強く願った方がいいんだ、とか
心のブレーキが掛かってるんだ、とか
それはもう、いろんなことを考えるようになります。
すると、どんどん不安になります。
叶わないんじゃないか、とか、
叶っていない自分は惨めだ、とか
叶わないのは、亭主の稼ぎが悪いからだ!とか
叶わないのは神様がいけないんだ、とか
もう、それはイチャモン以外の何物でもないだろう(笑)
というものも含めて、どんどん、ネガティブな考えが湧いてくるようになります。
そして、
なぜ叶わないんだろう?
↓
叶わない自分はなんて惨めなんだ……
↓
そもそも、叶わないのは……そうだ!何々のせいだ!
↓
でも、こんなに真剣なのに、なんで叶わないんだろう?
↓
叶わない自分はなんて惨めなんだ……
↓
……
と、負のスパイラルが、ぐるぐると続いていくわけです。
こういう精神状態だと、当然、願いが叶う確率は低くなります。
********
精神状態が、行動にどんな影響を与えるのかを調べた実験があります。
自分は運がいいと思うたちと、自分は運が悪いと思う人たちを集めて、それぞれ一人づつ、カフェに呼び出しました。
そして、床にお金をさりげなく落としておいたのです。
すると、運がいいと思っている人たちは、運が悪いと思っている人たちに比べて、床に落ちているお金を見つける確率が遥かに高い、という結果になりました。
運が悪いと思っている人のほとんどは、床に落ちているお金に気づけなかったのです。
********
これは、どういうことかというと、ネガティブな意識状態だと、意識が内側に向きがちなので、チャンスに鈍感になるという意味もありますが、それよりももっと怖いことがあります。
それは、イメージしたり考えていることが実現してしまう、ということです。
運が悪い、と信じている人は、チャンスに鈍感になるばかりか、運が悪いと思えるような、不幸な状況を引き寄せやすくなるのです。
そして、「やっぱり自分は運が悪いんだ」という信念を強化してしまいます。
これと同じことが、願望に執着しているときにも言えます。
執着が強いと、願いが叶うかもしれない、というワクワク感より、願いが叶わないことへの不安、不満、憤りの感情を生み出しやすくなるからです。
すると、願いが叶うどころか、今よりももっとひどい状況(!)を引き寄せてしまいます。
叶えたい気持ちが強すぎると、かえって願いを遠ざけるどころか、今よりももっと不幸になってしまうという、傍から見るとバカみたいなことになってしまうのです。
では、願いを叶えるには、どうすればいいのか、というと、
なるべく平和で豊かな気分でいること
なのです。
成功者たちが口をそろえて、感謝しなさい、というのは、自分の意識をいい状態に保つためとも言えます。
感謝の念を感じれば、「自分はなんて恵まれているんだろう」と豊かな気分になることができます。
逆に感謝を忘れると、不平不満が湧きやすく、貧しい気分になってしまいます。
成功者たちは、感謝をすることで、豊かな気分になり、それが更なる幸運を呼ぶということを、経験で知っているのです。
また、仏教では、「幸せとは、あるがままを受け入れること」と説いています。
起きた出来事に一喜一憂せず、全てを肯定する。
それが心の安らぎになる、といいます。
人生に起きる出来事を、全てコントロールすることはできない。
だったら、起きた出来事を粛々と受け入れて、善処していけばいい、というわけです。
また、大いなる存在を信頼することも、安心感を生み出します。
真の安らぎは、何があっても大丈夫、と思えることです。
自分は守られているから大丈夫、と思えるほど、安心感は揺るがなくなります。
今の日本人は、宗教に否定的ですが、昔の日本人は、自然や神様を信仰することで、心の平安を得ていました。
安心感は、いい気分の土台のような感情です。
ベースに安心感があると、アクシデントが起きて、ネガティブな感情が沸いても、比較的早く落ち着きを取り戻すことができます。
基礎がしっかりしている家は、地震に強いのです。
まとめると、
・感謝する
・起きた出来事全て、肯定的に受け入れる
・神様など大いなる存在を信頼する
というのが、究極の願望達成法です。
ある意味、当たり前と言えば、当たり前のことかもしれません。
当たり前のことかもしれませんが、だからこそ、誰でも意識すればできる、とも言えます。
これらを実践するための、具体的な方法もありますが、それはまたの機会に書きたいと思います。
今日も最後までお読み下さりありがとうございました。
愛と感謝と光をこめて☆
こうなったらいいなあ、と思った直後に思い通りの展開になったり、あれ欲しいなあ、と思った直後に人からもらったり、という状態です。
たぶん、大なり小なり、誰しも経験があるのではないでしょうか。
例えば、
あの映画を観たいなと思っていたら、たまたま友達から誘われた
読みたいと思った本を、ふと入った書店でたまたま見つけた
会いたいと思っていた人から、連絡があった
などは、よくありそうなことですね。
ただそういう時に、単なる偶然だろうとか、ラッキーだったな、くらいで済ませてしまうので、あまり覚えていないかもしれません。
実は、思ったときとに、ほぼ同時に実現するときには、ある意識状態になっています。
それは、執着がない状態です。
願っているのに、なかなか叶わない願いは、
なぜ叶わないのだろう、とか
自分の努力が足りないんだ、とか
もっと強く願った方がいいんだ、とか
心のブレーキが掛かってるんだ、とか
それはもう、いろんなことを考えるようになります。
すると、どんどん不安になります。
叶わないんじゃないか、とか、
叶っていない自分は惨めだ、とか
叶わないのは、亭主の稼ぎが悪いからだ!とか
叶わないのは神様がいけないんだ、とか
もう、それはイチャモン以外の何物でもないだろう(笑)
というものも含めて、どんどん、ネガティブな考えが湧いてくるようになります。
そして、
なぜ叶わないんだろう?
↓
叶わない自分はなんて惨めなんだ……
↓
そもそも、叶わないのは……そうだ!何々のせいだ!
↓
でも、こんなに真剣なのに、なんで叶わないんだろう?
↓
叶わない自分はなんて惨めなんだ……
↓
……
と、負のスパイラルが、ぐるぐると続いていくわけです。
こういう精神状態だと、当然、願いが叶う確率は低くなります。
********
精神状態が、行動にどんな影響を与えるのかを調べた実験があります。
自分は運がいいと思うたちと、自分は運が悪いと思う人たちを集めて、それぞれ一人づつ、カフェに呼び出しました。
そして、床にお金をさりげなく落としておいたのです。
すると、運がいいと思っている人たちは、運が悪いと思っている人たちに比べて、床に落ちているお金を見つける確率が遥かに高い、という結果になりました。
運が悪いと思っている人のほとんどは、床に落ちているお金に気づけなかったのです。
********
これは、どういうことかというと、ネガティブな意識状態だと、意識が内側に向きがちなので、チャンスに鈍感になるという意味もありますが、それよりももっと怖いことがあります。
それは、イメージしたり考えていることが実現してしまう、ということです。
運が悪い、と信じている人は、チャンスに鈍感になるばかりか、運が悪いと思えるような、不幸な状況を引き寄せやすくなるのです。
そして、「やっぱり自分は運が悪いんだ」という信念を強化してしまいます。
これと同じことが、願望に執着しているときにも言えます。
執着が強いと、願いが叶うかもしれない、というワクワク感より、願いが叶わないことへの不安、不満、憤りの感情を生み出しやすくなるからです。
すると、願いが叶うどころか、今よりももっとひどい状況(!)を引き寄せてしまいます。
叶えたい気持ちが強すぎると、かえって願いを遠ざけるどころか、今よりももっと不幸になってしまうという、傍から見るとバカみたいなことになってしまうのです。
では、願いを叶えるには、どうすればいいのか、というと、
なるべく平和で豊かな気分でいること
なのです。
成功者たちが口をそろえて、感謝しなさい、というのは、自分の意識をいい状態に保つためとも言えます。
感謝の念を感じれば、「自分はなんて恵まれているんだろう」と豊かな気分になることができます。
逆に感謝を忘れると、不平不満が湧きやすく、貧しい気分になってしまいます。
成功者たちは、感謝をすることで、豊かな気分になり、それが更なる幸運を呼ぶということを、経験で知っているのです。
また、仏教では、「幸せとは、あるがままを受け入れること」と説いています。
起きた出来事に一喜一憂せず、全てを肯定する。
それが心の安らぎになる、といいます。
人生に起きる出来事を、全てコントロールすることはできない。
だったら、起きた出来事を粛々と受け入れて、善処していけばいい、というわけです。
また、大いなる存在を信頼することも、安心感を生み出します。
真の安らぎは、何があっても大丈夫、と思えることです。
自分は守られているから大丈夫、と思えるほど、安心感は揺るがなくなります。
今の日本人は、宗教に否定的ですが、昔の日本人は、自然や神様を信仰することで、心の平安を得ていました。
安心感は、いい気分の土台のような感情です。
ベースに安心感があると、アクシデントが起きて、ネガティブな感情が沸いても、比較的早く落ち着きを取り戻すことができます。
基礎がしっかりしている家は、地震に強いのです。
まとめると、
・感謝する
・起きた出来事全て、肯定的に受け入れる
・神様など大いなる存在を信頼する
というのが、究極の願望達成法です。
ある意味、当たり前と言えば、当たり前のことかもしれません。
当たり前のことかもしれませんが、だからこそ、誰でも意識すればできる、とも言えます。
これらを実践するための、具体的な方法もありますが、それはまたの機会に書きたいと思います。
今日も最後までお読み下さりありがとうございました。
愛と感謝と光をこめて☆