こんにちは^^
今日は月末最後の日曜日なので
恒例の坐禅会に行ってきました
この日は自分のこと以外に
身の回りのこと、会社の事業の
振り返りの時間として余程のことが
無い限り参加しております
こちらのお寺で坐禅をする
ようになったのは私が、
遺品整理でお仏壇や形見の品など
供養の依頼ができるお寺を探していた時に
ご紹介いただいたのがお付き合いの
始まりです。
なので、坐禅の日とは別に
お仏壇やご遺品をお持ちすることもあり
ますので時々は伺わせてもらっています
おそらくこの仕事をしていなかったら
こちらの雲晴寺さんとも
お会いすることはなかったでしょうし
坐禅もやっていなかったと思います
この坐禅の時間が終わると
副住職が毎回いいお話をして下さいます。
その後、別室に通され
お寺ならではの本格的な
おかゆ、ごま塩、お漬物、梅干しを
全員でいただきます
今までおかゆは何度となく
いただいてますが、
私はこの坐禅に参加して
生まれて初めて本当のおかゆを
食べた気がしました(^O^)/
おかゆの話をするとかなり長くなってしまうので
次回にしますが、超絶品のお味です
(坐禅に集中した後いただくおかゆは最高です)
さて、坐禅がなぜ必要なのかを
かいつまんでお話をすると、
「 宇宙の生命を、自分の外に求めるのではなく
自分の中に求めるのである 」
それには、いろいろな方法があるかもしれないが
釈迦は、坐禅を用いた。
坐禅のことを一名「内観」という。
釈迦は主に呼吸によって宇宙の生命を内観せよ、
と説いた。
例えば、背中に1億円の小切手を持っていたとして、
それを、そのままにしていたのでは、そのお金を
使って人生を楽しむことができない。
まず、人から1億円が背中についていることを
教わって、後ろに鏡を置いてそれを見つけ
自分で自分の宝をつかまなくてはならない。
そうしないかぎり、あっても、気が付かない。
気が付かなければ、尊さはわからない。
自分の中に生き続けている宇宙の生命は
修行をしないと、悟ることができない。
( 生き方を考える20話から抜粋 )
答えは常に、自分の中にある
と、いうことですがなかなかその境地に
自分が立てるかと問えば
「 少しでもその域に近づけるように
死ぬまで努力していきます 」
としか今は言えないですね・・・。
自分を悟るにはまだまだですが、
意識して自分と向き合っていきたいと思います。
今日も最後までお読みくださり
ありがとうございました^^
あなたの素敵な笑顔に感謝を(*^▽^*)