皆さん こんばんは、
造形太郎です。
今日は、心なしかセミの鳴き声が少なくなった気がしました。
今日も朝から現場へ・・・・・。
普段からとてもシンプルな生活をされている施主様ご夫婦!
山の別荘地の新築で、いろんな生活必需品があるのかと思いきや、2人暮らしというのもあり大きな家具や電化製品などほとんど見かけない。
驚いたのは、テレビやパソコンも無いホントにシンプルなスタイル!
奥さま曰く『これでもほとんど不自由がないのよ!』とのこと。
たまに聞こえる音といえば、掃除機とお昼近くに聞こえるラジオ放送・・・・。自分の幼少時代もおそらくこんなだったんだろう!
仕事は、なかなか進まないがこの場所はゆっくり時間が過ぎているようだ。
いつの間にか文化という名の便利グッズが入ってきて『これでもか!これでもか!』と家の中を所狭しと文化製品が入ってくる。便利という名のゴミが家のあちこちに配置されていく。
私が、何故この園芸の仕事を始めたかは一度もお話していないと思いますが、この仕事を始める前は父親の経営する会社に勤めていました。
はじめて就いた仕事は一ミリ足らずのビスを一日7000本締め付けるという仕事です。
あの大手メーカーのカメラの部品です。(観音様が由来です。)
その当時はバブルの絶頂期、製品は作ればいくらでも売れる好景気でした。
いつしか24時間の全自動機というマシーンを導入しオペレーターになって3交代制のフル稼働生産です。
でも、数か月すると新製品といわれる改良品が誕生し今までの製品は不用品となりゴミ化されます。
この状況を目の当たりにした時、私自身自己矛盾を感じ仕事としてのやりがいを失いました。
私は、『産業廃棄物製造工場で働いている。』と思ってしまいました。
この瞬間から仕事が手につかなくなったのです。
しばらく思案に暮れていた時、今何が自分に出来るだろう!そしてひらめいたのが農業でした。
自然に還るサイクルが早いもの。それが植物(農業)の栽培でした。
九日目のセミは地面に落ちて、すでにアリの餌食になっているか、腐ち始めます。
いずれは土に還り、また子孫の幼虫の為の生育環境を作り出します。
私の亡くなった父親もいろんな会社を作り、資産を残し好きな油絵も描いたけど死ぬ時には何一つ持っていくことが出来なかった。
もし持っていったとすれば、三途の川を渡るわずかな小銭だけだった。
施主様をみてそんな事を思った一日でした。
今日は画像もなく、シンプルにアップしました。
明日は無いかもしれないけど また明日。