『TOKYO』  | 西尾 大樹 パリでのおはなし。

西尾 大樹 パリでのおはなし。

多くの人が想いをよせる芸術の都。そこで現実に生活をして感じること、考えさせられること、それから。。。

 インプットされている道順を正確になぞるように、余所見をすることもなく足早に行く、

スーツ姿の人・・・ 駅構内に響きわたるくぐもった声のアナウンス・・・ この巨大な駅、

新宿は、さながら大きな心臓みたいだ。 目には見えない血液に、絶え間なく押されて

は流されていく血球のような人たち・・・。 東京に帰ってきた。 そう実感する瞬間・・・。 


 道行く人を眺めてみても、その表情からは何も読み取れはしない。 けれど、ひとり

ひとりには、言わずもながらそれぞれの人生があり、守る人や愛する人がきっといる。

そしてそこには確かに、行き交う人の数だけの真実の物語がある・・・。


 数年ぶりに訪れる東京の街。 この小さく轟き、ざわめくような喧騒が、やっぱりどこ

か懐かしく、耳を傾けていると、不意になんだか切ない気持ちにさせられた。 ずっと

昔にもこうして人混みの中を、同じ気持ちで歩いた記憶がだんだんと蘇る・・・。 


 それは強いて言うなら、重なるように、ゆっくりと舞い降りてくる孤独感だろうか・・・。


西尾 大樹 パリでのおはなし。

 いつか、またこの東京に戻り暮らしてみたらと、ふと考える・・・。 


 けれど木々生い茂る樹海のようであり、同時に深く広い海のようでもあるこの大都会

に再び生きるには、大地に大きく張る根を持つか、あるいは大空を駆け巡ることのでき

る、しっかりとした翼を手に入れる必要があるだろう。 でなければきっと、あっという間

に激流に流されてしまい、僕は自分を見失って、元いた場所すらわからなくなってしま

うに違いない・・・。


 東京というあまりに大きく、たくさんの人や物が集まった街は、この地で生まれ育った

僕自身にとっても『故郷』と呼ぶには違和感があり、まるで変化し続ける巨大な雲のよ

うにつかみどころのない不思議な街だ。 けれど、僕にとって、何より大切な母さん、そ

して妹がいる、『いつかは必ず帰ってくるべき場所』であるように思う・・・。


西尾 大樹 パリでのおはなし。


 ずっと会いたかった母さん、只今お腹が大きく、この春、女の子を産む予定の妹と一

緒に時間を過ごせたことはもちろん、随分と長いあいだ顔を見ていなかった古き友に

再会できて語り合えたのも、何にも変えがたい貴重な時間だった・・・。 


 正直を言うと、家族以外には忘れらてしまっていても不思議ではないと思っていたし、

それもどこかで覚悟している自分がいた。 なのに、それどころか知らないところで応

援するように想ってくれていた友がいたなんて・・・ まったく、お腹の底から熱くなって、

胸がいっぱいになるような、なんとも言えない気持ちにさせられてしまう・・・。


 『誰も見てくれてはいないだろうな。 けれどそれも仕方がないか・・・。』 どこかでそ

んな風に思っている、ひねくれた自分がいた。 なのに現実ではしっかりと見てくれて

いる古き友がいて、随分と長い時間が空いたことなど微塵にも感じることなく、お酒を

酌み交わしながら彼が僕にくれた言葉は、本当にたくさんの勇気と自信なって、僕の

胸にとどまっている・・・。

 

 この先、僕の人生がいったいどうなっていくかなんて今もまだ分からないけれど、君

がくれた言葉を僕は、きっと一生大切にしていくだろう・・・。 


 願わくば、そう遠くない未来、また広い東京のどこかで再会できますように・・・。