窓の向こうのガーシュウィン

宮下奈都 集英社 2012年5月

窓の向こうのガーシュウィン/宮下 奈都
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十九年間、黙ってきた。十九年間、どうでもよかった。「私にはちょうどいい出生だった」未熟児で生まれ、両親はばらばら。「あなたの目と耳を貸してほしい んだ」はじまりは、訪問介護先での横江先生との出会い。そして、あの人から頼まれた額装の手伝い。「ひとつひとつ揺り起こして、こじあけて、今まで見たこ ともなかった風景を見る」心をそっと包みこむ、はじまりの物語。


未熟児で生まれた私(佐古)は、なにかが足りない。あまり人とうまく話すことができなかった。雑音が混じって聞き取れなくなってしまう。息をひそめて暮らしてきた。

そんな佐古が薬問屋に就職したものの半年で倒産。ホームヘルパーの仕事をするようになる。語尾が聞き取れず担当替えとなった家もあるが、なぜか横江先生のところでは耳が澄んだ。そこで、あの人が額装の仕事をするのをみる・・・・・・・・・


額に入れられた絵は普通に目にするが、額に飾るということを専門にする額装という仕事があるのだということを初めて知った。
<しあわせな景色を切り取る。切り取った景色を、額に入れて飾る。いい仕事だと思う。>
額によって、飾るもの本体をよりよくみえるようにするのも、才能がいりそうだ。

「しあわせに育った人だ」とあの人が佐古に言っていたが、佐古の暮らしぶりは、幸せとは程遠いように思う。しかし、佐古は急いで大きくなる必要がなかった。反発することなく受け入れて暮らしてきた。それがよかったののかもしれない。


今まで自分の存在を消してすごしてきた佐古が、初めて自分の意見をいえる。悲しい時には悲しいとえる。そんな風に変わっていく。自分を理解してくれる人に出会えるってすてきなことだ。

横江先生、あの人、隼といるときの佐古は、生き生きとしている。そんな瞬間、瞬間を幾度となくすごすことでしあわせを感じられるのだと思う。

日常の中で、佐古が、ひとつひとつなにか気付いていく。その心の動きが心地よく、じんわりとした暖かさを感じるそんな物語だった。

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