喜嶋先生の静かな世界

森博嗣 講談社 2010年10月

喜嶋先生の静かな世界 (100周年書き下ろし)/森 博嗣
¥1,680
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学問の深遠さ、研究の純粋さ、大学の意義を語る自伝的小説。

僕は文字を読むことが不得意だったから、小学生のときには、勉強が大嫌いだった。そんなに本が嫌いだったのに、4年生のときだったと思う、僕は区の図書館 に1人で入った。その頃、僕は電波というものに興味を持っていたから、それに関する本を探そうと思った。その1冊を読むことで得られた経験が、たぶん僕の 人生を決めただろう。意味のわからないものに直面したとき、それを意味のわかるものに変えていくプロセス、それはとても楽しかった。考えて考えて考え抜け ば、意味の通る解釈がやがて僕に訪れる。そういう体験だった。小さかった僕は、それを神様のご褒美だと考えた。
講談社創業100周年記念出版


橋場は、中学・高校の学校の勉強は、二の次で、自分が興味のある分野、数学と物理に注目した。学校の教科書に書いてあるようなことは、簡単すぎて、小学校の時に本で読 んだ内容ばかりだった。大学生の講義も同じだったが、4年になり卒論を書くための講座配属になる。不人気な森本教授を希望すると、橋場ひとりだけが配属になる。その講座 には助手の喜嶋先生がいるから、彼についていけばいいと言われ、喜嶋助手の部屋へ行くと、ドクタの中村がいて、英語の本を訳すことから始め るが・・・・・・・

喜島先生は多くのことを教えてくれた。

図書館にある本を調べ、世界中に存在する文献を検索して、関連する情報をすべて得ても、また、それを把握し、整理しても、それは研究ではない。そうやって調べることで、何を研修すれば良いのか、わかるだけだ。そこが、スターろラインだ。

答えがないことを、正しいことを自分で確かめ、自分に対して説得するしかない。それこそが、研究なのだ。ゴールが見えていない研究。だからこそ、尊く、その答えが得られるかどうかもわからない長い道のりであるのだ。研究ということの奥深さを感じた。

喜嶋先生は、研究の途中経過を発表する研究発会で、答えられないような質問をする。また、主催者側の人間であっても、場を壊すような発言をしたこともある。ケチをつけたと思われるような行 為の中にも、本当の誠意があるのだ。

そんな喜嶋の恋、先生らしいといえよう。じっと相手も見ている姿は、ういういしく思った。


そして、女性には関心がない橋場にも、思ってくれる人がいる。かみあってない、とぼけたような恋愛もほほえましかった。

大学生から、院生、修士、助手、教授となるにつれ、研究だけに時間を費やすわけにはいかない。講義を受け持ち、大学や学会の運営にも参加しなくてはならなくなってくる。

そんな中にあって、喜嶋先生だけは、自分の道を貫いた純粋な研究者であったことが、彼らしく、なにかうれしくなった。

大学や研究、学問に対する作者の考え方は、今までの小説の中にも出てきたが、ここに集大成されており、自伝とまでないかなくとも、自分の歩んできた道をふまえての小説となっている。うん、よかった。


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