少し前の写真です。

城址公園の多目的広場へ行き、市民会館イグレッタが乗る新曲輪を眺めてみました。


多目的広場は、新曲輪から見て外側にあり、かつては堀か空堀だったのだろうと思われるエリアです。岩付城(岩槻城)の古地図を見ると、明確には堀とも空堀とも示されてはいないのですが、これだけ広い低地に民家も何もないのですから、堀に準じる空間だったのは間違い無いはず。

新曲輪に背を向けて、多目的広場の隅を歩くと、小川が見えてきます。水にはほとんど動きはなく、ここが水が溜まる低地なのだと気づかされます。


新曲輪を背にしたまま小川を越えて進むと、藪にぶつかります。藪の中は上り坂。


写真にはありませんが、ここを登ったところに、諏訪神社があります。諏訪神社の由緒記を読むと、北方に鎮座する久伊豆神社とともに、岩槻城の鬼門よけとしての役割を果たしていた・・・のかもしれないよ、という旨が書かれていました。

これを見ると、多目的広場は、やはり新曲輪の外側の堀として城の一部であったと考えるのが、妥当であるように思えます。