「寸止め」と揶揄されたこともあった伝統空手は、実は強い。
むしろ、伝統空手に対して自らを「実戦空手」と定義して差別化してきたフルコンタクト空手を凌駕する部分が多い。フルコンタクト空手は、伝統空手に学ぶ必要がある。


少年時代にやっていた空手は伝統空手だったものの、学生時代以降ずっとフルコンタクト空手側にいて愛着を抱いてきた私にそう気づかせてくれた“恩人”が二人います。
一人は、映画「黒帯Kuro-Obi」で伝統空手の凄味を見せつけてくれた中達也先生。もう一人が、総合格闘技の世界で無敗を誇るマチダ・リョートです。(どちらも日本空手協会。すごい団体ですよね)
特に、プロ格闘技、それも総合格闘技の世界で無敗を誇るマチダ・リョートは、その存在自体が、ぜひ学ぶべき伝統空手(より具体的には松濤館空手)の価値を表しています。

ただし、リョートのファイトスタイルには、レスリングやブラジリアン柔術、ムエタイなども混じっています。この選手、レスリングも柔術も抜群に上手いですから、漫然と試合を見ていると、有効に使われている松濤館の技術を見落とすこともしばしば。
松濤館の技術を有効に使っている場面の総集編はないものか?」と思っていたのですが、やはりありますね。レスリングや寝技の場面もありますが、松濤館空手の技術を使っているシーンが分かりやすくたくさんでてくる動画を発見しました。



「おお!」と思ったものを3つほどピックアップします。

 * * *

(1)読ませぬ膝抜きワンツー
膝抜きを使って、相手にワンツーを読ませず当てる場面。
ボクシングやキック、そしてフルコン空手ではほとんど見られないテクニックです。

はみ唐さんの空手、コンサル、親バカ日記-膝抜きワンツー01
向かい合う両者。奥がリョート。

はみ唐さんの空手、コンサル、親バカ日記-膝抜きワンツー02
リョートが前足の膝を抜き、

はみ唐さんの空手、コンサル、親バカ日記-膝抜きワンツー03
落ちるようにして「ワン」。
起こりがないため、相手は反応が遅れています。

はみ唐さんの空手、コンサル、親バカ日記-膝抜きワンツー04
そして「ツー」。
腰の回転で突くのではなく、後ろ足で背伸びするようにして突くストレートです。腰の回転で突くストレートと違い、距離が大幅に伸びます。伝統空手の試合で見られる“ロケットパンチ”と同じ系統の突き方と言えます。
従来、こうした突きは「寸止めルールだから使える当たっても効かない突き」と批判されてきました。その批判は半分正しく半分間違いです。つまり、この突きでトドメを刺そうとするならそれは無理(つまり批判は正しい)ですが、この突きを次に続く技の“仕掛け”とするなら十分意味がある(つまり批判は誤り)のです。

では、この突きに続く技とは・・・?

はみ唐さんの空手、コンサル、親バカ日記-膝抜きワンツー05
前傾して距離を伸ばす突きなので、突きの後は相手にもたれかかる格好になります。
国内の伝統空手の試合ではここで「待て」が入ることも多いのですが、最近では「待て」を入れずもつれ合う部分での攻防も競わせます。
そうした中で培われた技術が・・・

はみ唐さんの空手、コンサル、親バカ日記-膝抜きワンツー06
こうした足を使った投げ技。柔道でいえば小外刈りです。

はみ唐さんの空手、コンサル、親バカ日記-膝抜きワンツー07
押してくるリョートを押し返そうとする相手の力のベクトルに直行する向きで足を刈ることで、見事に相手を崩しています。

はみ唐さんの空手、コンサル、親バカ日記-膝抜きワンツー08
そして見事なテイクダウン。

最後は投げに繋げることを前提とすれば、前足の膝抜きと後ろ脚の伸びをつかった伝統空手的ワンツーは、とても実践的なコンビネーションの前半部分となります。
洗練された突きから繋げる投げの技術があること、そしてその突き自体も他の打撃格闘技とリズムと距離が違うので当てやすいものであること、こうした伝統空手のアドバンテージは、学ぶ価値が高いものです。


(2)回し蹴りより早い真っ直ぐな突き

映画「黒帯Kuro-Obi」で、中先生が相手の回し蹴りより早く突きを顔面に打ち込む場面があり、突きより回し蹴りを重視するフルコン空手修行者として冷や汗を流したことがありましたが、リョートはそれを総合格闘技の場で実践しています。

はみ唐さんの空手、コンサル、親バカ日記-回す蹴りよりストレート01
相手(手前)が、右ミドルキックを蹴るためにタメを作った時には、リョート(奥)は既にカウンターの逆突きの用意万全。

はみ唐さんの空手、コンサル、親バカ日記-回す蹴りよりストレート02
相手が蹴り足を運んでいる途中で、逆突きのカウンターがガツンと入っています。

はみ唐さんの空手、コンサル、親バカ日記-回す蹴りよりストレート03
一瞬遅れて相手の右ミドルも入りますが、軸が崩され威力は死んでいますし、リョートが逆突きの後で奥足を歩み足で前に運ぶ運足をしている(逆突きというより「手が先、足が後」の追い突きだと見るべきなのかもしれませんね)ので、距離もずれています。これでは効きません。

同じようなシーンで↓のようなものも。
はみ唐さんの空手、コンサル、親バカ日記-蹴りへの突きカウンター

高速での突きの攻防を競い合う中で養ったスピードには、タメを作ってから蹴る“効かせる回し蹴り”そのものを無力化してしまうだけの恐ろしさがあります。伝統空手の恐ろしさだと言えます。

もっとも、回し蹴りすべてが否定されるわけではなく、リョートもローキックなどの回し蹴りを積極的に使っています。ただし、リョートのローキックはあまり回さず直線的な軌道の“早い”になってます。

はみ唐さんの空手、コンサル、親バカ日記-リョートのローキック01

はみ唐さんの空手、コンサル、親バカ日記-リョートのローキック02

なぜ、上のシーンで立った位置からそのまま直線的に出したローキックがあれだけ効いているのか?
それは、リョートのポジション取りの良さ故です。横山和正先生の言葉を借りれば「正中線を外した対峙」(「空手の原理原則」p.36)をしている、と言えるかもしれません。対峙した状態で実は攻防の正中線を外したポジションを取っているため、サイドステップなどをすることなく、そのまま蹴れば相手の腿の外側の“効く場所”に当たるわけです。
この「正中線を外した対峙」がもっと分かりやすく出ているのが、次のカウンターパンチです。

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(3)「正中線を外した対峙」が生むカウンター
強烈なカウンター逆突きを決めている下の場面を見てください。

1.
はみ唐さんの空手、コンサル、親バカ日記-正中線を最初から外したカウンター01

2.
はみ唐さんの空手、コンサル、親バカ日記-正中線を最初から外したカウンター02

3.
はみ唐さんの空手、コンサル、親バカ日記-正中線を最初から外したカウンター03

4.
はみ唐さんの空手、コンサル、親バカ日記-正中線を最初から外したカウンター04

5.
はみ唐さんの空手、コンサル、親バカ日記-正中線を最初から外したカウンター05

相手が後ろに吹っ飛ぶほどの強烈なカウンター逆突きです。
相手が踏み込んでワン(左ジャブ)を出してきた(1.→2.)のを、リョートは左手でパリ(2.)、すかさずカウンターの逆突きを決めています(3.→4.)。一見なんの変哲もないカウンターですが、先に仕掛けた相手がワンに続くツーを出すより早くリョートの逆突きが決まっていることは、注目する必要があります。

ポイントはリョートのポジションです。
2.~4.を見ると分かるように、リョートの前足(左)は、踏み込んできた相手の前足の外側にあります。ポジションとして相手のアウトサイドに入った状態。前手でパリをしているものの、それは画竜点睛でしかなく、体自体はをすでに相手の攻撃を捌いているのです。そのため捌き自体に腰の回転を使う必要がなく、後ろ手の逆突きを突く際に、二拍子で腰を反時計回り(前手のパリの方向)→時計回り(後ろ手の逆突きの方向)と二回回転させることなく、後ろ手逆突きの時計回りの回転だけをゼロからスタートさせることができます。
しかも、もっと正確に言うならば、リョートのポジションからは、腰を回転させる必要はありません。腰を少し入れるだけでいいのです。リョートの前足が相手の前足より外側にあることは、リョートの後ろ足→腰→肩のライン上に相手の顔面があることを意味します(マキワラ突きの時の後ろ足→腰→肩→マキワラの位置関係そのもの)。逆に相手は、リョートに逆突きを当てるには相当に腰を回転させねばならないポジションに追い込まれています。

「早さ」では勝負にならない、決まるべくして決まるカウンターだったと言えます。

そんな有利なポジションを取るのに、リョートはいつ運足したのか?と見てみると、実は彼は足を動かしていません。1.を見ると分かりますが、最初から相手が踏み込んできたら、前足がその外を取る位置に自分のポジションを置いているのです。相手を、マキワラの位置において対峙しているのです。
まさに、横山和正先生の「空手の原理原則」p.36のイラストにある「正中線を外した対峙」の状態を作り、最初から罠を掛けていたことになります。

戦う前から勝つポジショニングですね。
これも、相手と逆の構えを取り、後の先を取る技術がある伝統空手ならではの技術と言えるでしょう。

 * * *

勘違いもたくさんあるかもしれませんが、参照した動画の中のリョートの技術を私なりに分析してみました。
松濤館空手の技術には、本当に学ぶべき点がたくさんあると感じます。教科書的な松濤館空手の本を見ても、やたらカクカクした型や約束組手ばかりが載っていて疑問符が湧くかもしれませんが、あのルールの組手を通じて得られる暗黙知的な技術には恐るべきものがあります。

もちろん、暗黙知的であるが故に、他流の立場で学ぶにはなかなか難しい面はありますが、手近な方法として「マキワラ突き」が役立つのではないか?と最近感じています。

上の(1)、(2)、(3)で紹介した技術の内、(1)の後半の投げは別として、それ以外の「膝抜き」、「腰を回さない逆突き」、「正中線を外した対峙」は、マキワラを突くことで結構感覚が掴めてきます。そもそも今回のような分析は、私自身がマキワラ突きの真似ごとを始めなければできなかったような気がします。

リョートもマキワラ突きをかなり重視していると聞きます。
フルコン空手の人間が松濤館空手などの伝統空手の技術を理解するための一歩として、まずマキワラ。私はそう考えます。