5月30日(木)、神奈川県横浜市で横浜市訪問介護連絡協議会の設立総会に続いて、厚生労働省老健局振興課課長補佐の稲葉好晴氏による「介護保険制度の現状と課題」と題した記念講演が開催された。その報告の2回目では、稲葉氏が語った軽度者へのサービス見直し、訪問介護の課題などについて紹介する。

■軽度者サービスの地域への移管は政府方針
講演の前半で、「軽度者切り捨てはまったく決まっていない」と明言した稲葉氏。
講演が後半にさしかかると、「軽度者へのサービスの見直しについては、市町村事業である地域支援事業に移して効率よくやるという意見も出ている」との発言が飛び出した。一方で、移行するにはまず地域の体制を整えなくては難しいとの意見もあり、まだ議論が必要だ、とも。かと思えば、議論は社会保障制度改革推進法に書かれた「サービスの効率化・重点化」という方向で進められていく、と再び切り捨てを示唆する発言。要するに、現時点では決定ではないものの、軽度者へのサービス見直しは既定路線だ、と言いたかったのではないかと思える。

稲葉氏は、今後は高齢者のケアニーズが増大し、単独世帯や認知症高齢者の増加が見込まれることから、「面」での支援=地域包括ケアシステムの構築が必要になると語る。そして、これからの高齢社会にどう対応していくかの対策を定めた「高齢社会対策大綱」(2012年9月閣議決定)の中で、「自助・公助・共助の最適バランスに留意し、自立を家族、国民相互の助け合いの仕組みを通じて支援する」との一文があることを紹介。地域の支え合いによる生活支援の推進が、政府方針として示されていると語った。そして、地域包括ケアにおける生活支援や予防事業は、昨年改定された「介護予防・日常生活支援総合事業」が中核となっていく、とも。

つまり、政府としては各地域の受け皿が十分ではないことは承知しており、一気に進めるかどうかは未定。しかし、見直しが必須である軽度者へのサービスを地域に移管していくことは、すでに政府方針となっているということではないか。

■今のやり方では今後の在宅介護は支えられない
続いて稲葉氏は、訪問介護の現状と課題について触れる。要介護度別の訪問介護の利用状況のデータを示し、要介護3までは身体介護と生活援助が半々だが、重度要介護者になるとほとんどが身体介護の利用になる点への注目を求めた。そして、軽度者に対して訪問介護が提供している生活援助を、重度要介護者の家庭では同居家族が担っているのだと指摘。今後、独居者が増えていけば、訪問介護で身体介護と生活援助の両方を提供しなくてはならなくなるとの危機感を示した。

同様に、訪問介護の平均利用回数のデータを示して、1人に対する1日の平均訪問回数が0.6回となっている点を指摘し、この回数でまかなえているのはやはり家族介護者の存在があるからだ、と稲葉氏。今後、家族介護者のいない老老介護や独居者が増えていったときに、今のやり方で在宅介護を支えていけるのかを考えてほしい、と訴えた。

そして、「軽度者への生活援助を介護保険で提供する必要があるのかという意見が出ている」、「ボランティアなども活用しながら地域で支えていくことも考えていただきたい」と語りながら、稲葉氏は一方で、「軽度者の切り捨てはありえない」と再び断言。「支援があってようやく在宅生活を維持できている人は、サービスがなくなれば要介護状態が進行する。効率化・重点化とは、どういうお金の使い方をするかを考えることであり、サービスをなくすということではない」と改めて明言するという、変幻自在の弁舌を披露した。

■介護保険は万能ではない
しかし、稲葉氏がどれほど「軽度者切りはありえない」、「サービスをなくすわけではない」という言葉を発しても、語っていた内容を総合するとやはり軽度者切りという方向性が見える。厚生労働省は介護保険財政が逼迫する中、サービスの重点化・効率化を図るための軽度者サービス見直しはもはや避けて通れないと考えているらしい。

とはいえ、読売新聞報道をきっかけに沸騰した、軽度者切り捨てに対する批判をそのままにはしておけない。そこで厚生労働省は、軽度者切りをいったん否定するスタンスを取る。軽度者へのサービスが不要なわけではないことは十分に承知している。しかし、今後、高齢者人口は加速度的に増え、介護サービスの利用者がますます増加していくことは明らかである。しかも、高齢者の中核となっていくのは、権利意識の高い団塊の世代。払った保険料に見合うサービス提供を求める声は、今後一層高まっていくだろう……。こうしたことを繰り返し訴え、いま、効果的な給付削減策を実施しなければ、介護保険の持続は難しいというムードを醸成しようとしているのではないか。

「介護の社会化」を目指して導入された介護保険だが、急激な高齢化によってその方針を撤回せざるを得ないところに来ているとも言える。「介護保険は万能ではなく、何もかもやってもらえるものではない」と稲葉氏。家族の力、地域の力を大いに活用し、給付対象を絞り込んで重度要介護者を中心に支えていく。介護保険がそんな制度に転換する日は遠くないのかもしれない。(ケアマネジメントオンライン)