天皇誕生日に譲位、改元は翌年の元旦から、が常識的な選択だろう | 早川忠孝の一念発起・日々新たなり 通称「早川学校」

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弁護士・元衆議院議員としてあらゆる社会事象について思いの丈を披歴しております。若い方々の羅針盤の一つにでもなればいいと思っておりましたが、もう一歩踏み出すことにしました。新しい世界を作るために、若い人たちとの競争に参加します。猪突猛進、暴走ゴメン。

恒久的な制度とするか今上天皇限りの特例とするかは、衆参両院議長の下でのこれからの意見交換次第だと思うが、とにかく天皇の譲位の仕組みが出来そうなことは誠に結構なことである。

法制技術上の問題は沢山あるだろうが、この種の問題は大方の国民の理解と納得の下で粛々と解決して行くことが求められており、現時点では大方の国民が天皇の譲位(生前退位)制度の創設を支持しているようである。
大方の政党がこの問題については深刻な政治的な対立を回避しようとしているように見えるのもいい。

一時は民進党の方々が恒久的な譲位制度の創設に固執されており、どうなることかと危ぶまれたが、論点整理ぐらいに留めていただいたことはよかったと思う。
あらゆる制度は、いつかは変わる。
性急に、今、何でも結論を出さなければならないというものでもない。

今日の新聞各紙に、2019年の元旦に改元をするのは皇室行事の観点からすると極めて困難だ、という宮内庁の西村泰彦次長の記者会見での発言が大きく取り上げられていた。
皇室行事に疎い私たちからすると、ああ、そうなのか、という類の話だが、これは天皇の譲位の日と改元の日とを切り離せばいいだけの話であって、多少の工夫で足りる程度のことのようである。

確かに、正月元旦に新天皇の即位の儀式をやらなくてもいいだろう、というのが庶民の素朴な発想だろうと思う。
切り離すことが出来るものならどうぞ切り離してください、というところだ。

元号法では、皇位継承後直ちに改元する、とは定められおらず、「踰(ゆ)年改元」の慣習もあったということだから、法制的にも歴史的にも譲位の時期と改元の時期を同一に定める必要はなさそうだ。

それでは、譲位の時期をいつにするのが、国民の理解と納得が得やすいか。

12月23日の天皇誕生日でしょう、というのがまず常識的なところだ。
まあ、いつ譲位が行われても私には何の差し障りもないが。