早川忠孝の一念発起・日々新たなり  通称「早川学校」

弁護士・元衆議院議員としてあらゆる社会事象について思いの丈を披歴しております。若い方々の羅針盤の一つにでもなればいいと思っておりましたが、もう一歩踏み出すことにしました。新しい世界を作るために、若い人たちとの競争に参加します。猪突猛進、暴走ゴメン。

(社)鴇田くにビヨンドXプロジェクト早川学校 第1号奨学生 黄美花のブログ



○早川忠孝オフィシャルホームページ

○弁護士早川忠孝の雑来帳「ザッツライッ」

弁護士早川忠孝の一念発起・日々新たなり  通称「早川学校」-横バナー


メールマガジンの購読はこちらから
リンクはこちら⇒弁護士早川忠孝の雑来帳「ザッツライッ」

http://magazine.livedoor.com/magazine/86

◎著者の連絡先


〒102-0093
東京都千代田区平河町1-7-10

平河町Sビル3階太陽コスモ法律事務所内、弁護士早川忠孝(東京弁護士会所属、元東京弁護士会副会長、元衆議院議員、一般財団法人日本救護救急財団会長・理事、動態的憲法研究会代表、新しい選挙制度研究会代表、一般社団法人産業法務研究会代表理事、国士舘大学大学院客員教授)



参照ブログ


笑顔とやる気の伝導師ビヨンドXプロジェクト(旧鴇田くに奨学基金ビヨンドXプロジェクトのブログ)
http://ameblo.jp/tokitakuni/


新しい選挙制度研究会
http://senkyo.doorblog.jp/
動態的憲法研究会の憲法フォーラム
http://kenpouforum.seesaa.net/


主な出版物


「早川学校―ほんのちょっとの勇気と知恵でキミは輝く」
東大から自治省を経て弁護士となり、衆院議員時代は「穏健保守」を自称した著者のブログから、人生に役立つメッセージを抜粋・再編集しました。戦直後の長崎での幼少期、「良識派」として全共闘に対峙した大学時代、三度の落選を経て当選した議員時代、様々な経験をした著者が、ブログを続ける中で読者とともに考えた、厳しい社会状況にあっても勇気を持ち挑戦をつづけるための知恵。マジメに生きてきた姿は大人も共感できるはず。


動態的憲法研究

早川 忠孝 (著), 南部 義典 (著)
『動態的憲法研究』シリーズ

選挙の神様

『選挙の神様』シリーズ

『震災から一年後の被災地レポート-ビヨンドXプロジェクトの軌跡

被災地


NEW!!


(社)鴇田くにビヨンドXプロジェクト早川学校 第1号奨学生 黄美花

テーマ:
通常国会が始まった。

今朝の新聞各紙は、共謀罪国会だと書いており、共謀罪関連の記事が結構なスペースを占めていた。
皇室典範特例法関係の記事も多いが、それほど大きな議論にならないで結論が出せそうなテーマに格下げになっているようで、あえて議論を煽るようなニュアンスが感じられない。
ああ、一応の議論は出るが、落としどころが事実上決まっているんだな、という印象である。

悪いことではない。

落としどころがどこにも見えいない中で議論がどんどん先鋭化して行って、本来対決法案にすべきでないものまで対決法案にしてしまうのは愚策中の愚策だろうから、ある程度のガス抜きはしながら、落とすべきところに落とすのがいい。
予算が上がる頃には衆参両院議長の下で様々な議論が整理され、一定の方向性が示されるはずである。
いいんじゃないですか、というところだ。

やっぱり難しそうなのが、共謀罪の方である。

本当にこの問題について決着を付けるつもりだったら、この問題に最も詳しいはずの人に聞くのが当然だろうと思っている。
現時点では誰も声を掛けてこないが、一度は私のところに聞きに来られるくらいのことはされた方がいいはずだ。

与野党を問わず、である。

もう10年以上も前のことだから詳細は覚えていないが、なにしろ自民党の衆議院議員としてこの問題について先頭に立って取り組んできたのは、私だから。

そろそろ出番ですよ。
そういう声が掛かってもおかしくない。
まあ、何の声が掛からなくとも、必要であればそれなりに私の意見は発信するつもりではあるが。

乞う、ご期待。
いいね!した人  |  コメント(1)  |  リブログ(0)

テーマ:
私は数値で基準を示されても何が何だかよく分からないので、「危険」とか髑髏マークが書いてあって初めて、ああ、ここは危険なんだな、クワバラ、クワバラ、と思う方である。

豊洲の地下水の環境基準の数値を見せられても、その数値自体からはその数値がいいのか悪いのか判定することは出来ない。
私の毎月の血液検査の数値も似たようなものである。
一応標準値が記載されているので、標準値と比較して自分の血液の検査値がどのあたりに位置するか一応の見当が付けられるが、その数値がいいのか悪いのか、まではなかなか分からない。

その数値には何の問題もありません、その検査した地下水は地下を流れているだけで別に飲むわけではありませんから、地下水の検査数値に異常があっても問題ないんですよ、などといくら丁寧に説明されても、検査して数値が出ているのだったら、なんでそんな検査をしたのか、なんで異常な数値が出たのか、等について素人でも納得出来るような説明がされなければとても承服は出来ない。
別に長たらしい説明、懇切丁寧な説明は要らない。
要するに素人でも納得出来るような分かりやすい説明である。

私よりは遥かにこの種の数値の読み方に熟達されていると思われる方々が、あれは環境基準を安全基準と取り違えたための間違いですよ、豊洲の安全性には何の問題もないんですよ、小池さんが安全性に疑問がある、などと煽ったから一気に世間に不安が拡がっただけで、環境基準と安全基準を間違えた小池さんはその間違いを早く謝っておいた方がいいですよ、などとあれこれ親切なアドバイスを頂戴しても、そう簡単には不安は払拭できないものである。

まあ、それほど言われるのならそうかも知れないな、などという気持ちもなくはないのだが、それでも目下は、もう一度検査してもらって、異常な数値が検出された原因や理由が明白になってから改めて考えましょう、と言うところである。

そんな風に、判断先送り、結論先送りの中途半端な状態でいたのだが、アゴラに「豊洲市場の魚を食べたい」という記事が出ており、それを読んだら、ああ、そういうことなの、と半分だけ得心が行ったような気がしている。

宮寺達也という方の「私は豊洲市場の魚を食べたい」という記事である。
いくつもの特許申請をされている技術者のようで、この種の数値の読み方が出来る方のようである。

ああ、こういう技術者の方がそこまで仰るなら、そういうことなんでしょうね、と言ったところだ。

文系人間には、こういうところがある。
自分では数値が読めないから、読める人の判断に頼ってしまう。
理系脳の人は、数値は十分読めるからとかく数値のみ並べてそれで満足してしまうようなところがあるが、宮寺さんの優れているところは、その数値の意味合いを私たち素人にも分かるように噛んで含めるように優しく教えてくれるところだ。

「私は豊洲市場の魚を食べたい --- 宮寺 達也」などと言われれば、ああ、食べても何の問題もないんだ、ということになる。
環境基準だとか安全基準などという難しい話を持ち出さなくても、要するに食べてもいいのか悪いのか、ということだけ分かれば、私には十分である。

ウニを最初に食べた人は偉かった。
キノコも食べていいキノコかどうか、どなたかが食べてもらわなければ、私は手を出さない。

都議会議員選挙が終わるまでに決着を付けるのは難しいだろうが、秋口にはそれなりの結論が出せそうである。
皆さんが食べられて何の問題もなければ、私も食べる。
魚の骨は苦手だが、刺身は私の好物の一つである。
いいね!した人  |  コメント(6)  |  リブログ(0)

テーマ:
私などは人間が出来ていないから、嫌なことをされたら、プイとその場を離れて嫌な相手とは金輪際口を利かなくなるだろうな、と思っている。

まあ、嫌な相手と付き合わざるを得ないようなことは滅多にないから、私自身がそういうことをしたことがあるかどうか記憶が定かでないが。

市長と県議が同じ式典に出席し、隣り合わせに座っているのに一切隣を見ず、最初から最後まで互いに一言も口を利かないという現場を何度か見たことがある。
犬猿の仲、というのはこんなものだろう。

どちらに非があるかはともかく、自分が嫌だと思うことをされたらその相手とは顔を合せたくなくなったり、口も利きたくなくなる、というのは止むを得ないことである。

韓国の人たちが嫌がらせのように日本の大使館や領事館の前に慰安婦像というか少女像を設置すれば、如何に温厚な日本政府であっても嫌な顔の一つや二つはしたくなる。
嫌がらせをしてくる人たちを叩くようなことは出来ないが、抗議の意思表示としてその場からプイと居なくなるぐらいのことがあっても当然だ。

駐韓大使の一時帰国には何の問題もない。
さすがに国交断絶だ、などということになっては大事だが、無礼な振舞いをされる皆さんの顔を見たくありません、ぐらいな意思表示をすることには何の問題もない。

一時帰国したら、もう一度韓国の日本大使館に戻る切っ掛けが掴めなくて、結局大事になりますよ、一時帰国の処置は外交上の失敗になりますよ、などとアドバイスされる方がおられたが、まあ、これは考え方の相違で、その時はその時なりに対処するしかない。

余計なお世話、とまでは言わないが、大使の一時帰国措置そのものには何の問題もない。
むしろ、安倍さん、よくやった、と言うべきだろう。
毅然とした態度、とはこういうことを言う。

安倍内閣の支持率が高くなるのは、自然のことである。
いいね!した人  |  コメント(2)  |  リブログ(0)

テーマ:
私の天職は教育者だったのかな、と思っている。

何しろ若い人を育てるのが楽しい。
先ほど国士舘大学大学院の客員教授としての集中講義の二日目を終えたところだ。
救急救命士の中でも指導的な立場に立たなければならない有為の救急救命士の皆さんへの抗議だから自然に力が入る。

いい資質に恵まれた方々ばかりだから、一人も脱落させたくない。
本人の伸びる芽を最大限に引き出してみたい。
ただそれだけである。

9人の受講生の内2名が消防署の業務で今日の講義には出席できない、という申し出が予めあったので、その2名の救急救命士については特別の講義日を設定することにした。

講義に出席出来なかった、というだけで悪い成績を付けざるを得なくなるのを防ぐためである。
自ら志願して修士課程に進んでこられた現役の消防救急救命士の皆さんだから、当然社会経験も豊かで、見識もあり救急救命士の世界で指導的な役割を担っていただかなければならない大事な方々である。

何として成功していただかなければならない。

指導的救急救命士に求められる法的素養がどの程度かは問題だが、少なくとも現在の救急救命士制度が抱えている様々な法律的な問題について、救急救命士の指導的立場にある救急救命士としての見識を示せる程度の法律的なものの考え方や法的知識、社会的常識は持っていただきたい、というのが私の願いである。

幸いに今年も十分の手応えを感じることが出来た。

後2人の受講生に対する特別講義が残っているが、今はひとまずホッとしているところである。
いいね!した人  |  コメント(2)  |  リブログ(0)

テーマ:
ダメなものはダメです、などという冷たい物言いは出来るだけすまいと思っている。

私のこれまでの経験では、ダメだと思っていた人が最後の最後までダメだった、ということはない。
私と縁があった人は、最初はちょっとダメかな、と思っていても私と付き合ううちになんとかなって行ったものである。

豊洲との付き合いはまったくないが、まあいずれなんとかなるでしょう、というのが私の直感である。
立場上、今はダメです、と言わざるを得ないが、まあリカバリーは出来ますね、というところだ。

結果良ければすべてよし、というのが私の基本的な考え方だから、どんな形でも結果を出してくれれば、ああ、よかった、よかった、ということになる。

決して、悲観してはいない。
小池さんならきっと結果を出してくれる、と信じている。

小池さんを信じていない人はあれやこれや仰るが、人を信じた時はトコトン信じた方がいいことが多い。
まあ、役所におられる方は自分に色々降りかかってくるから文句の一つも言いたくなるだろうが、私には何の差し支えもない。
小池さんに対しても、ひたすらガンバレ、ガンバレの声援を送るだけだ。
いいね!した人  |  コメント(1)  |  リブログ(0)

テーマ:
絶対的な安全基準などないだろう、というのが私の基本的な立場である。

絶対大丈夫、などと胡散臭い人が言っても私は信用しない。
まあ、安心です、まあ安全です、と言われれば、そうだろうな、と思ってもうそれ以上のことは考えないのが私である。
どなたが安全です、大丈夫です、と言っているかで決める。

勿論自分の目が一番正しいと信じていれば、周りの人が何を言おうがそういうものには一切左右されないが、大体のことは自分では判定が付かないことばかりなので、信頼できる人の判定を頼ることになる。

水質の安全基準については私には何の知見もない。
安全基準と安心基準があり得るなどということも全く知らない。
私の中では安全の基準と安心の基準は同一である。
安全だから安心できるのだと思う。
安全でなくてどこが安心と言えるのか、とすら思っている。

東京都が計測した地下水の数値は安心基準で計測、検出したもので、飲料水としての安全基準とは違うものです、などと説明されても、そんな与太話は私の耳には入りませんね、というところだ。

飲料水としては不適だが、そういう地下水が地面の下に流れていても安全性には何の問題性もありませんよ、などといくら言われても、そうそう簡単に不信感は拭えないものだ。

安心基準と安全基準を間違えた貴方が悪い、小池さんが悪い、などと繰り返されても、まあ、なんと愚かなことを言い募る人たちだろう、と思うだけのことである。

性急に結論を出すつもりはないが、だからと言って私が間違っていましたとか、小池さんが間違っていましたなどと言うつもりはない。
まあ、どこまで行っても平行線、というところでしょうな。

悪しからず。


いいね!した人  |  コメント(10)  |  リブログ(0)

テーマ:
明日通常国会が開会される。
この通常国会でいよいよ一応の結論が出そうだな、と思っているのが、組織犯罪処罰法の改正である。

この問題について如何に深く私が関わっていたかについては、今はご存知の方は殆どおられないだろうが、私が自民党の法務委員会理事として何度もテレビの前に登場したことは、当時のマスコミ関係者や法務省の方々はよくご存じのはずである。

自民党の国会議員の中で私ほど深く関わっていた人間は、他にはいないはずである。

あれから早10年以上が経過したのか、と感無量のところがある。

私の役回りは、国際組織犯罪防止条約の締結のために、法定刑が長期4年以上の懲役・禁固となっている「重大な犯罪」に係る共謀罪を創設するという組織犯罪処罰法改正法案の政府原案を如何にして国民が理解し納得してくれるような法案に修正するか、という修正案策定作業であった。

自民党と公明党からそれぞれ担当者を出して政府原案の修正のためのワーキングチームを構成し、私がその座長を務め、当時の民主党の法務委員会理事と協議をしながら修正案を作成して行った。
自民党・公明党の協議で第三次の修正案まで提出したのだから、多分自民党としては異例のことだと思う。

共謀罪という名称がどうにも一般的に過ぎて、イメージが膨らみ過ぎる、ということで、組織的犯罪共謀罪という犯罪名にしようと提案したのは私だし、政府原案にただ団体と表記されていたのであくまで対象となるのは組織的犯罪集団だということが一見して分かるようにしようと「団体」を「組織犯罪集団」と変えることにしたのも私たちのワーキングチームの仕事である。

私たちが策定した修正案は自民党、公明党のそれぞれの機関で正式に承認され、所要の手続きを踏んで法務委員会に提出されているから、私自身は政府原案は撤回されたものと思ってきたが、今回に提出されようとしていたのは私どもが修正をした修正案ではなく、元々の政府原案だったようだ。

あの時の議論は一体何だったのか、ということになるが、国会で正式に修正されない限り残るのは政府の原案だけ、ということのようである。
まあ、私が衆議院議員のままであれば、議論が後戻りをすることはなかったと思うが、今はどうやら振出しに戻って最初から議論しなければならないようである。

まあ、私の名前は出さなくてもいいから、最低限あの第三次修正案ぐらいは新たな検討の出発点にするくらいのことはしてもらいたいものだと思っている。
確か、私の修正案は対象犯罪は如何にもテロ組織集団が実行しそうな特殊な犯罪に限定していたはずである。

現時点で長期4年以上の懲役、あたは禁固の法定刑が定められている犯罪が600以上と聞く。
それを公明党との協議で半分の300くらいに減らそうとしている、という報道がなされているが、どうにも釈然としない。

この問題は無理をしない方がいい。

懸念事項の解消にはまだほど遠そうだ、ということだけ、とりあえず申し上げておく。
いいね!した人  |  コメント(1)  |  リブログ(0)

テーマ:
「政権を鍛える野党」という言葉があることを初めて知った。

あ、それ頂き。

日本維新の会の松井大阪府知事が維新の会は与党なのか野党なのか、と問われて日経新聞の記者に問われて、維新は「政権を鍛える野党」を目指す、と断言したそうだ。
いい覚悟である。
与党だと言うとどうしても「与党」の枠組みの中にいることを優先して、内心は政府の方針に反対でも反対だと言い難くなる、ということをよくよく承知しているからこその「野党宣言」だというところに大きな意味がある。

正論を言う人は、どこの世界でも大なり小なり時の権力者からは疎んじられるところがある。
維新は、永田町では常に正論を言う政党でありたい、という願いがそこに籠められているのだろう。

民進党も本来はそうでしょう、というのが私の基本認識なのだが、政治的思惑が過剰になり、反対のための反対に終始してしまいそうになるところがどうもよろしくない。
何でも反対はダメ、理由なき反対はダメですよ、というのが私の基本的な立場なので、民進党にはそれなりに頑張ってもらわなければならないとは思っているが、無条件に民進党の皆さんにガンバレ、とは声を掛けにくい。

自民党にも頑張ってもらわなければならないが、野党の皆さんにもしっかり頑張ってもらいたいものだ、という私の気分を反映するためには、松井氏が言う「政権を鍛える野党」ぐらいのニュアンスが丁度いい。

民進党も維新も自民党を凌駕する存在には到底なり得ないな、と思ってはいるが、しかし、「政権を鍛える野党」にはそれぞれなり得るだろうと思っている。

緊張感がない政治になっては、困る。
安倍一強政治も、自民党一強政治も感心しない。
維新の人も民進党の人も「政権を鍛える」くらいの力を早く付けてもらいたいと願っている。

さて、東京都政の場合はどうか。
これまでは都知事と都議会が一枚岩のようになっており、自民党都議団が政権与党の立場にあったことは明白だ。

小池都政になってからは、どうだろうか。
自民党都議団が小池都政の与党の座にいないことは確かだが、だからと言って「小池都政を鍛える野党」なのかどうかもよく分からない。

よく分からないから、与党と野党の中間の「ゆ」党だ、などとも言えない。
目下のところは「ゆ」党でもなく「政権を鍛える野党」でもなく、何をしたらいいのか進むべき方向も自分では決められない「政権から鍛えられる野党」かしら、というところだ。

まあ、一部の方々には自分の進むべき方向が見えているのだろうが。
いいね!した人  |  コメント(2)  |  リブログ(0)

テーマ:
恒久的な制度とするか今上天皇限りの特例とするかは、衆参両院議長の下でのこれからの意見交換次第だと思うが、とにかく天皇の譲位の仕組みが出来そうなことは誠に結構なことである。

法制技術上の問題は沢山あるだろうが、この種の問題は大方の国民の理解と納得の下で粛々と解決して行くことが求められており、現時点では大方の国民が天皇の譲位(生前退位)制度の創設を支持しているようである。
大方の政党がこの問題については深刻な政治的な対立を回避しようとしているように見えるのもいい。

一時は民進党の方々が恒久的な譲位制度の創設に固執されており、どうなることかと危ぶまれたが、論点整理ぐらいに留めていただいたことはよかったと思う。
あらゆる制度は、いつかは変わる。
性急に、今、何でも結論を出さなければならないというものでもない。

今日の新聞各紙に、2019年の元旦に改元をするのは皇室行事の観点からすると極めて困難だ、という宮内庁の西村泰彦次長の記者会見での発言が大きく取り上げられていた。
皇室行事に疎い私たちからすると、ああ、そうなのか、という類の話だが、これは天皇の譲位の日と改元の日とを切り離せばいいだけの話であって、多少の工夫で足りる程度のことのようである。

確かに、正月元旦に新天皇の即位の儀式をやらなくてもいいだろう、というのが庶民の素朴な発想だろうと思う。
切り離すことが出来るものならどうぞ切り離してください、というところだ。

元号法では、皇位継承後直ちに改元する、とは定められおらず、「踰(ゆ)年改元」の慣習もあったということだから、法制的にも歴史的にも譲位の時期と改元の時期を同一に定める必要はなさそうだ。

それでは、譲位の時期をいつにするのが、国民の理解と納得が得やすいか。

12月23日の天皇誕生日でしょう、というのがまず常識的なところだ。
まあ、いつ譲位が行われても私には何の差し障りもないが。

いいね!した人  |  コメント(3)  |  リブログ(0)

テーマ:
こういう物言いをする識者に対してどんな言い方をすればほどほどの結論に達するだろうか、などということを考えている。

どんなことに対してもケチの付けようはあるもので、ケチの付け方の上手な人の手に掛かると、本当は称賛に価するようなことであっても何か薄汚れたもののように見えてくるから気を付けておいた方がいい。

多分一種のポジショントークなんだろうと思う。
ご自分の得意な分野に引き摺り込むために、世間の喝采を浴びている人の一挙手一投足にあやを付けてみる。

私などはなんとか小池さんを応援したいものだから、小池さんが決めたことについてはなるべく小池さんの立場に立って善意で解釈してしまうが、小池さんの置かれた立場に何の同情もない人は小池さんの決められたことに対して何の理解も示さず、ご自分の設定された独自の基準に基づいて特異の議論を展開される。

「あれれ、前提事実を無視されていますよ。
あの環境基準は小池さんの前の知事がご自分の時代に無理無理強行してしまった誤った選択を正当化するために持ち出した特別の基準で、僅か1ヶ月前に都知事に就任したばかりの小池さんにそこまでの判断を求めるというには酷というものですよ。
むしろ問題とすべきなのは石原都知事時代の豊洲移転決定でしょう、謝るのは小池さんではなく、小池さんの前の歴代知事や歴代知事の誤った決定を墨守なり十分な思慮なく擁護・推進してきた方々でしょう。」
というのが、私の基本的な考えである。

この方の提言には普通の人には見られない問題意識の深さや分析の鋭さがあるのだが、とかく批判が先行しているため善意でしているはずのアドバイスが本当のアドバイスにならない嫌いがある。
本当にアドバイスするつもりなら、まずは相手の立場を十分に慮って、それなりに言葉を選ぶ必要があると思うのだが、この方の場合は、自分の思いを述べればそれで十分だと思っておられる節がある。

私のように、小池さんを何とか側面的にでも応援しておきたい、という立場に立つ必要はさらさらないが、問題の本質を度外視して表面的な事象のみ取り上げての提言は、どうも単なる批判や非難の類に聞こえてしまう。

ご本人にそこまでの意図がおありなのかはともかく、第三者から見るとそう見えてしまうのが問題である。

その方は、次のように書かれている。
「豊洲への市場移転をめぐる混乱を収拾し、問題を解決するための唯一の方法は、小池氏が、これまでの対応について、「安全」と「安心」との混同があったことを率直に認めて謝罪し、地下水の環境基準は「安心」のためのものであって、安全性には全く問題がないことを丁寧に説明することである。」

筆者は、皆さんご推測のとおり、郷原氏である。
いいね!した人  |  コメント(7)  |  リブログ(0)