選挙人名簿登録制への移行を検討しては如何か | 早川忠孝の一念発起・日々新たなり 通称「早川学校」

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弁護士・元衆議院議員としてあらゆる社会事象について思いの丈を披歴しております。若い方々の羅針盤の一つにでもなればいいと思っておりましたが、もう一歩踏み出すことにしました。新しい世界を作るために、若い人たちとの競争に参加します。猪突猛進、暴走ゴメン。

ある種の議会制民主主義の危機だと言ってもいいかも知れない。

選挙制度が悪いのか、選挙民が悪いのかは一応さておき、無投票が増えたり、投票率が50パーセントを切るような状態が続いているのはやはり問題である。
投票率が30パーセント台の選挙が本当に選挙なのか、と呆れてしまう。

面白くないことには無理をしてお付き合いしたくない、というのは人間の本能だろうから、選挙は面白くも楽しくもない、というのが過半数の国民の判断だということだろう。
投票は権利であっても義務ではないから、面白くも楽しくもない選挙の投票に、いくら行けと言っても行かないのはどうも仕方がないことのようだ。

投票が権利だということをもっと明確に示す方法はないか、ということを考えてみた。

投票する権利の取得を年齢とか居住期間に係らしめているのが問題ではないのか。
18歳にしろ20歳にしろある年齢に達したら自動的に選挙権が誰にでも付与される、という仕組みに問題はないのか。
自動的に付与されるものだったら何の有難味もないだろうし、それが権利だという意識も育ち難い。

この投票権を獲得するためにこれだけの苦労をしてきた、ということになると、誰でもこの権利は行使しないと損だ、という気持ちになるはずだ。
投票するのが面倒だから投票しない、投票場に足を運ぶ手間暇を掛けるのがもったいないから投票には行かない、などと思っている人にとっては、多分選挙権はお荷物なのだろう。

お荷物だからこんなものは要らない、と思っている人に貴重な投票権を与える必要があるだろうか。投票権を要らないと言っている人にはそもそも上げる必要はないのではなかろうか、というのが今回の問題提起である。

投票に行かないんだったらそういう人から選挙権を取り上げればいいじゃないか、という乱暴なことを考えているわけではない。
絶対に投票には行かないと広言している人にわざわざ投票所入場券を送付したり、選挙広報を配布したりする手間暇を掛けなくてもいいのではないか、という程度の軽い問題提起である。

投票に行かない有権者から投票権、選挙権を取り上げる、と言えば、棄権を理由に有権者に対してペナルティを課することになる。
さすがに、ペナルティはまずい。

ペナルティではないが、絶対に投票に行かない人を相手に無駄な行政コストを掛けないで住む方法はないか、ということを考えて、選挙人名簿登録制ということを考えてみた。
基本的に一定の年齢に達すれば等しく皆、広義の選挙権を取得するが、具体的な選挙についての投票権は当該選挙の選挙人名簿への登録によって取得する、ということにするのである。

主権者意識のある有権者を作るための方策である。
一人一人の投票の価値を高めるための方策である。

まだ頭の体操でしかないが、私は結構このアイデアが気に入っている。

投票率が20パーセント台にまで落ちるようになったら、棄権防止の抜本的対策として選挙人名簿登録制を導入するくらいのことを考えなければならなくなるだろう、というのが私の予感である。
皆さんのご意見を頂ければ幸いだ。