そろそろ見極め時である。
残念ながら、福島第一原子力発電所の現場での海水注水作業は、もはや奏功しそうにない。
言ってみれば同時多発テロを受けたようなもので、今の作業人員ではとてもすべての被災現場をカバーできない。
現場に近づくことも出来ないというのは最悪である。
自然の推移に待つ、僥倖に待つ、というのでは、何のための対策本部か、ということになる。
打つ手があるのならいい。
しかし、打つ手が何もないのに徒に時間を費やしているのであれば、これはいったい何なのか、ということになる。
上空から大量の注水をすることが専門家の見解でも有効だということならば、試してみる価値はある。
やってみなければ分からないけれども、対策本部の指示だからやむを得ずやる、というのなら別の方策を検討すべきである。
水を散布すれば水蒸気爆発を誘発する恐れがあるのではないか。
それこそコントロールが出来なくなる大惨事の引き金を引くことにもなる。
経験のないことは、試しでやってはならない。
ひょっとしたら、東京電力は昨日の段階で見切りを付けていたのかも知れない。
今は、被害を最小限に止める必要がある。
東京電力や自衛隊の人たちだけに自己犠牲的な献身を求めるわけにはいかない。
現状でもなんとかなる、というのはあくまで希望的観測であり、被害の範囲が拡大している状況では果断な決断が必要になる。
今や、全責任が菅総理の双肩にかかっている。
政府と東京電力の統合対策本部の本部長としての決断が求められている。
あらゆる対策を講じたがどうしても事態を改善出来そうにないと思ったら、福島第一原子力発電所は放棄することとし、放棄のための措置を講ずべし。
本当のことは門外漢の私には分からない。
しかし、ここで菅総理が熟慮の結果思い切った決断をされれば、私はそれはそれで止むを得ざる決断だったと評価する。