どうしても相手の腹が読めないときがある。
相手の言葉を真に受けていいのかどうか。
三味線を弾く、という言葉がある。
麻雀などのゲームをやっている最中、相手の注意を逸らすために別の話題を振ってきたり、如何にもそれらしい情報をうっかり漏らした振りもする。
相手を疑心暗鬼にさせるテクニックの一つである。
こういう人を相手にするのは、やっかいである。
しかし、方策はないではない。
人間には癖があるから、ある程度の期間付き合っているとその癖が見えてくる。
行動に一定のパターンがあることが分かる。
技の掛け合いや相手の真意の探り合い、などなど高度のゲームを楽しみながら、勝敗を争うことになる。
鳩山総理は、読むのが難しい相手である。
その言葉を真に受けていいのか。
大丈夫ですか、いいんですね、と念を押したくなる。
トラストミー、という言葉を信じていいのだろうか。
これまでの自民党政権とは、明らかに異なっている。
如何にも深遠な哲学を語っているように思える。
言葉にも真剣味があり、誠実そうな外見だ。
アメリカ政府は、鳩山政権をそれなりに評価していたのだろうと思う。
辛抱強く鳩山内閣の出方を見守ってきた。
しかし、ここにきて、やはり鳩山総理の腹が読めなくなってしまった。
信じていいのだろうか、が、信じられない、に変わりつつある。
鳩山総理が高度のテクニシャン、駆け引き上手だから鳩山総理の腹が読めないのかと思っていたら、そこには何のテクニックも駆け引きもなかった、ということが今ようやく明らかになった、ということだ。
腹の中には何もなかった、あるのは、その時々の自分の願望であり、その場限りのリップサービスだった、ということだ。
さぞかし、アメリカ政府は腹を立てているだろう。
いったい日本の総理は何を考えているのか。
日本人は、それでいいのか。
腹の中には何もないのだから、腹が読めなかったのは当たり前。
腹が出来ていなのだから、何も決められないのも当たり前。
鳩山内閣が日本に害をなす政権であることが、日々明らかになっている。
こういう状況の中で、新たな動きがあった。
岡田外相がアメリカのルース駐日米大使と去る23日に会談し、普天間基地移設問題に関連してアメリカ政府に現行辺野古沖案の修正案を提案した、と大きく報道されている。
腹の中が空っぽの鳩山総理に代わって、岡田氏が火中の栗を拾わなければならない、という気になってきた、という証左だと、私は思っている。
こういう時にアメリカ政府はどうすべきか。
なにもしないことだ。
鳩山総理を相手にせず、小沢氏を相手にせず、これから始まる日本の国内の動きを静観することである。
まだ、日本政府とアメリカ政府との間で外交、安全保障の本格的な戦略協議を始める環境にはなっていない。
そのことを肝に銘じて、鳩山政権の行方をただじっと見守るのがいい。
とんだ迷走内閣でごめんなさい。
アイアム ソーリー。