若い方、が私のブログを読んで失望しました、というコメントを寄せてきた。
失望した、というコメントに接したのは2回目である。
自分の思い通りにならない、自分の懸念がなかなか解消されない、ことの展開が期待通りではない、そういう感想が、「失望」という言葉に込められている。
失望する前に、まず私たちは自分が出来ることをやり尽くしたかを考える必要がありはしないか。
やり方が良かったか、外に何かもっと有効な方策がなかったか、これから何をやれば有効か、そのうち自分では何が出来るか、自分で出来ることでやっていないことは何か、やり残したことはないか。
そんな風に一つ一つ丁寧に考えられたらいいのではないだろうか。
人を変えるためには、まず自分が変わらなければならない。
それが様々なことを成し遂げるための鉄則のような気がする。
私が最初に衆議院選挙に立候補したとき、選挙の実際や現場に通じている人は絶対に当選する可能性がないことを知っていた。
だから選挙を経験している市長や県議、市会議員は、どんなに誘われても名乗りを上げなかった。
誰かが立候補の意欲を持っていても、そのライバルが足を引っ張り、結局名乗りを上げることも出来ない、そういう状況の中で、不毛な会議が延々と繰り返されたようだ。
そういう環境の中での平成8年の衆議院選挙に、私は自民党の公認を得て、予想通り見事に落選した。
平成15年の衆議院の解散総選挙ではじめて当選させていただいたが、この間足かけ8年かかっている。
この8年の間に、衆議院選挙に1回、参議院選挙に1回挑戦しているから、初当選まで国政選挙に3回落選していることになる。
弁護士の世界ではそれなりに実績を上げ、評価もしていただいていたと思うが、国政選挙はずぶの素人。
そういう人間が、1355日毎日連続して駅頭での朝の挨拶をした。
当選後もほぼ連日駅頭に立つ。
国会開会中は朝8時から自民党の本部で会議があり、さらに朝早くブログを書く習慣になったため、駅頭に立つ時間が確保しづらくなったが、出来るだけ朝の挨拶は欠かさないようにしている。
100人規模の近代的総合法律事務所を創りたい、という理想を掲げていたが、自分に国政挑戦のチャンスが回ってきたことを厳粛に受け止め、政治の世界で仕事をするために、全てを擲った、というのが実情である。
事務所に所属していた全ての若い弁護士が独立、あるいは外の事務所に移籍し、事務所員も全員退所した。
実際に選挙を戦うためには、スタッフの人件費や通信費に莫大な費用がかかる。
家族には大変な犠牲を強いることになる。
こうして書けば、国政選挙に挑戦する政治家みんなが経験する、ありきたりの苦労話に終わるが、要は、自分が変わらなければ絶対に人を動かすことは出来ない、ということを言いたいのである。
誰かがやってくれるだろう、などという観客民主主義では困るのである。
そんなに簡単に失望なんかされては、困る。
それが、「失望しました」というコメントを読んで抱いた最初の感想である。
これからの日本を担う若者をそんなに簡単に失望させないために、私は何をなすべきか。
そんなことを寝ながら考えていて、ふっと気が付いた。
現在の私にブログへのアクセス件数がまだ一日5000件程度。
総合ランキングが283万3393人中573位。
日記・ブログのジャンルランキングがようやく158位、ということである。
月曜日までに、私のブログへのアクセス件数が10倍、20倍に急増し、コメントを寄せる人が何万人にもなれば、ひょっとして奇跡が起こせるかも知れない。
一部の議論にとどまっていた児童ポルノ禁止法の改正問題への国民の関心が急速に広がり、国民的な課題に変貌するかも知れないではないか。
そう気が付いてパソコンを開いたところである。
昨日最後のコメントの書き込みをした後で自分のブログへのコメントを確認したら、実に大事な情報が提供されており、さらにこれから私たちはどう対処したらよいのか、という現実的、具体的な提言まで頂いていたことが分かった。
さあ、私のブログを読んで頂いている皆さん。
皆さんが現在持てる限りの力を振り絞って、新しい世論を生み出して下さい。