居眠りアテ(2)
居眠りアテ(1)に続けます。
アテは、お姉さんという意味のタガログ語です。
●シングルマザー奮闘記
と言っても、これもまた断片のみです。
離婚してしまえば、昼夜とフルに働いて生活と子育てをする。昼は、近所の食品スーパーの裏方で、朝9時から夕方5時まで。野菜のパックづくりが主だったようです。小さいスーパーだから、夕方にその前を通りすがると、アッ、やってます。Ｇパン姿、スーパーの前掛けをかけて、長い髪は後ろで束ねていました。
終了後は帰宅して、夕食をつくって子供達と食卓を囲み、その後は仮眠をギリギリまでとる。そして時間になるとシャワーを浴びて夜9時からスタートのpスナックへと自転車で出かける。
ｐスナックはam1ないしは2時まで。
スナックに出かける前に、お客さんにコール電話をすることもある。だから、アテのファンが同伴（義務づけはない）を望む場合以外は、自ら同伴にお客を誘うことはしない。･･･そうです。
就寝はam2～3時。翌朝起床は、7時。子供たちの朝食と弁当を作って送り出し、自分も出かける。つまり、睡眠時間は、4～5時間というところ。
スナックでは、客の要求に応じてジャンケンゲームをやる時もあり、これでウォッカ連杯をやると、てきめんに深酔うことになります。翌朝がかなり辛いことを覚悟してやる訳です。
以上が、昼夜アルバイトをせざるを得ない子育てシングルフィリピナの標準的な生活スケジュールだと思います。
家庭のことでは････
思春期に入った上の女の子が、問題行動を起こした時期があった。中学校の上級生に悪い子が居て、夕食時や自分がスナック出勤の時間になっても帰って来ないというのが、幾度か続いた。
彼女は、スナックのママに欠勤を連絡して、夜10時くらいまで、自転車で子供が行きそうな場所を探し続けたことがあった。
携帯電話を欲しいと言っていたのを買ってやっていないから、連絡のとりようがなかったそうです。そして結局、高額になってしまう有料ソフトを使わない約束をして、その出来事以来、買ってやったそうです。
傍目で見て聞いていても、お父さん役とお母さん役のどちらも日々やる訳ですから、子供達がグレないで健康に育つだけでも、大したものだと思います。
●ＴＣＡでホームヘルパー2級へ挑戦
居眠りアテの希望は、夜の食事を子供とゆっくり出来ること、夜の時間はずっと子供達と一緒に居てやりたいということ、でした。しかし、食品スーパーのアルバイト収入だけでは、生活できない。
それに、まだまだやれるが、いつまでも、スナックのホステスは続けられない･･･そう思ったのです。
元のホステス仲間で、既に老人ホームで働きだしたフィリピナ達から聞いて、ホームヘルパー2級をとることにしました。
東京のJR東日本駅近くの東京ケアギバーアカデミー（TCA）という学校に、毎週2日間、三ヶ月間程度通って勉強すれば、それだけで2級のライセンス（資格）を取得できるというのです。
ホームヘルパー2級の学校は、色んな会社が乗り出してやっていて、比較的近くでもやっているのですが、TCAは、なんと、正式教材は日本語で作られているが副教材は英語で解説されていて、先生が英語混じりで教えてくれるそうでした。
彼女が通っていた時も、外国人が多く、チリの女もいたし、圧倒的に自分と同じような元タレントのフィリピナが多かったというのです。
夜の仕事を続行しながら、遠い東京都心まで電車で通学する訳ですが、授業日の前夜に飲み過ぎていると「居眠り」をやる。どうやら、居眠りアテはよく居眠りをする生徒だったようです。
夜のスナックで、彼女が居眠りで他の生徒仲間から笑われていると、身振り手振りで再現し、自分のことなのに明るく話してくれるのを何度か聞き、こちらもスナックの女たちも大笑いしたことでした。
●老人ホームの福利厚生のこと
大半の在留シングルマザーたちは、夜のホステスを長い間やってきています。昼間はアルバイターやパートさん。時給○○○円で働いているのがほとんどです。カンパニー（会社）という言葉は知っていますが、正社員となって仕事をやったフィリピナは少ないのです。
つまり、日本人だったら若い青年たちでも知っている「福利厚生」を知りません。
私は、居眠りアテに、夜の講義をしました。
時給ではなく月給、残業手当、ボーナス、有給休暇･･･あと、退職金かなっ･･･と。
アテは、ユウキュウキュウカに、びっくりしました。
えっ、はたらかないなのに、おかねもらえるの???
そうだよ、すぐじゃないけどね。
真面目に働いて半年とか1年経ったら、5日間とか7日間とか･･だんだんと増えるんだよ、それを休んでも、月給はダウンしない。
だから、わかるでしょ。あなたがフィリピンに、夏休みに子供達を連れて帰る時、帰っている間の給料が減らない。
でも気をつけて。休みたい時に休めないよ。みんな仕事仲間とのローテーションがあるからね。それは、フィリピンパブと一緒だよ。早めに、希望するスケジュールをマネージャーに言っておかないとだめだよ。
居眠りアテの目は、輝きました。ぱっちりと目が醒めたようでした。
●フィリピナのホスピタリティ
彼女は、通学期間中から、自宅近所の老人ホームで介護のアルバイトの声が掛かりました。通勤時間が5分というので大喜び。そして、2級講座の学校を修了したら、そのまま正社員雇用されるということでした。
ニラミつけられて、口を開けようとしないオバアちゃん。担当の高齢者の食事の模様です。食べてもらいたいのだけど、食べたくないそうです。
で、居眠りアテは、おばあちゃん、歯がきれいねぇ。歯をみせてぇ。･･･と。
アーンと口を開けて見せてくれた途端に、スプーンで食べ物を口に入れるそうです。
万事がこちの調子。もっと色々と聞いたのですが、私が忘れてしまいました。
心の交流も含めて、色んなテクニックを、フル装備しているのです。
アテ・フィリピナのくったくのない明るい笑顔。掌を握ってスキンシップ。常に笑顔で声をかける。
毎日の接し方が、凄い。
そしてそのうちに、高齢者の方々は、「マリアちゃんがいい」「マリアちゃんは今どこに居る」と、彼女が来てくれるのを心待ちに待つように、なってしまったそうです。
ホスピタリティといわれていますが、彼女のお年寄りに対するマインドなんですね。
どうしてそうやるのかというと、日本に来る前のアテがハイスクールまでの間、実の自分のおばあちゃんとおじいちゃんに、そのように接してきたからです。
いわゆる大家族ですし、前話で書きましたように、ゆっくりとした時間の流れの中で、子供たちは、一日中家族と接しているのです。
研修や授業で教えて貰ったことには、計り知れない大事なことが多いのでしょうが、それに加えて、フィリピン生活で、小さい時からの身についた訓練が、素養としてあるという訳です。
彼女の素養は、核家族化した日本人社会が無くした「国民的財産」だと思います。フィリピンの大家族社会は、その財産を持ち続けているのです。
マニラの都会っ子や、個人差があるんでしょうが、お年寄りは苦手だというフィリピナもいます。
居眠りアテは、全く、現場の介護職に適任なのです。
夜のホステス仕事でも、酔客のスケベ要求にもたじろがず、場合によっては、男性の両膝の上にまたがって、スキンシップ要求を満たしていました。
酔っぱらいのスケベおじさん達は、駄々をこねる小さい子供といっしょヨ･･･と言うのです。
彼女は、日本のおじさんのエンゼルとして今までやってきたのです。
そしてまた、「今度は、ロロ（おじいちゃん）、ロラ（おばあちゃん）が、相手ねっ。」と言っていたのが、印象深く私の記憶にあります。
ホステスとして日本人のおじさん達にお尻とオッパイを、もぞもぞと触り続けられるのに比べれば、何も問題が無い･･･と言うのです。
●夜をやめる
老人ホームアルバイトの間、そして正社員になつてからも、暫く夜のホステスも出てきていました。
老人ホームの介護の仕事だけでは、まだ少し、生活費に足りないと言っていました。激しい肉体的・精神的労働な割りに、月給がちょっと足りない･･･それがヘルパー2級の処遇ラインのようです。
正社員になって、夜勤が週に二回あるということになりました。
日本人介護職員が身体がきついからと言って辞めていき、補充がなかなか出来ない。老人ホームは労働力不足のようです。
老人ホームは、減ってしまった現有職員数で、夜勤のローテーションが組まれる訳ですから、居眠りアテも、正社員当初のスケジュールより夜勤が増えてしまったのです。
夜にアルコールを飲み、睡眠時間を減らして、激しい介護労働も維持することは不可能のようでした。
ついに、彼女は夜のpスナックを辞めてしまいました。
pスナックのママは、人気の看板ホステスだった彼女に夜もずっと来て貰いたかった。彼女がいると客足が多いのです。そして、彼女が居なくなって、お店は寂しくなってしまいました。
たまに、ママさんがフィリピンに帰省した時に穴埋めで、忘れた頃に手伝いに来ている程度だそうです。
私は、看板ホステスを無くしたママをなだめることはできませんでした。
「こうなると思っていたよ。彼女は、夜は継続できなくなるゾ･･そう思っていたよ」と、ママに、諦めさせる事を言うしかありませんでした。
正社員になって暫くして、彼女の職場の女たち、つまり、日本人おばさんとアテ・フィリピナたちが、何かの打ち上げ会の二次会で、古巣のpスナックに客として来ていましたが、元気そうでした。
今からは、日本のロロとロラのエンゼルで活躍して欲しいものです。
もう少し、介護の現場職員でも、ちょっとだけ月給が増えて貰えるといいんですが･･･。