諸君、ご壮健かな。
私はトレインに乗っていた。
その日のトレインは。
激混みでもなく、すいてもいない。
そう、いわば。
ちょうどいい。
混んでいれば圧迫感で息苦しく。
空いていればお腹がコトコトしてくる。
快適空間をありがとう旧国鉄。
私はひとつの座席に座る。
ふうっと息をついて前を向く。
むう。
わたしは向かいに座る男に興味がわく。
刈り上げられた頭。
岩のような肌質。
鋭い眼光。
完全に本物だ。
その男。
さっと立ち上がる。
そして、無言で近くの老婆に席を譲る。
「ありがとう…ございます…。」
聞こえるかどうかの声で。
老婆はお礼をいって、ゆっくりと座った。
萌えだ!
これは完全体の萌え。
萌えとは落差にしか生まれない。
その私の定説が証明された貴重な瞬間だ。
あたたかい。
綾波レイの気持ちが今ならわかる。
ほんわか。
嗚呼、一歩早く譲れなかった自分が恥ずかしい。
そんなときに、現れたトンチキな男。
途中の駅で停車し、ドカドカとのりこんでくる。
年のころは二十歳くらい。
革の上下を針金みたいな体にピタッとはりつけて。
周りににらみを利かせながら入ってくる。
そして例の男の背後にたつと。
(つまり私の目の前。)
背中に時折当たる、刈り上げの本物(以後、刈本)の方をちらっと見る。
そしてあろうことかその細い男(以下、細男)は舌打ちをしている。
いけない細男!
後ろにいる刈本に触れてはいけない!
奴はアンタッチャブルだ!
触れたら死ぬで、怪人21面相。
わたしは息を飲んで、後ろを見る細男の横顔を見つめた。
(つづく)