劇場版ガンダム00の舞台となった西暦2314年以降、地球上にイノベイターとして変革する者が次第に増えていった。しかし、イノベイターとなった本人達も戸惑いを感じたに違いない。それは自ら望んで志願してそうなったわけでもないし、事前に説明を受けていて認識が広まっていたわけでもないのだから。

どうやら自分は他の人達と違うらしいという自覚を感じ始めた場合、それが例え優良な方向性の変化であっても、戸惑いを覚えるのが人間というものだ。人間はみんなと同じであるという事に安心感を覚える傾向があり、仲間外れや孤立を恐れるものだから。また仮に、ある日突然何者かによって「あなたはイノベイターです」等と告知をされたとしても、自分には身に覚えの無いことだろうから急には信じられないし、どうしたら良いのかもわからない。自分は自分以外の何者でもないのに、周囲から別の生き物みたいに区別されたら、ショックを受けるのが当然だ。

周囲の仲間達から差別的な扱いを一切受けなかった刹那でさえ、自分がイノベイターに変革した事に戸惑って心を閉ざしかけていた。ましてや、デカルトのようにモルモットとして研究対象にされ、軟禁状態やプライバシーの侵害等の差別待遇を受けた場合、周囲に対する反感や我が身の不運を呪う気が起こるのも無理はない。自ら望んでイノベイターなどになったわけじゃない。なのに、どうしてこんな目に遭わなければならないのか?自分に過ちや責任があるわけじゃない分、差別される事に納得出来るようなことではない。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

しかし、人々がイノベイターを恐れたり異端扱いしたくなる心境もわからなくはない。イノベイターへの進化は人類という種族にとって悪い事ではないとしても、変化には常に不安や恐怖が伴うものだ。人類が今までとは異なる存在になる…それがどんな未来を生み出すのか?本当に良いこと尽くめなのか?意外な落とし穴やデメリットは無いのか?などの、不安や懸念が過ぎってしまう。

ましてや、自分以外の誰かが突然イノベイターとして覚醒するかも知れない。覚醒した者は自分達よりも様々な面で優れているというのだ。体力的にも寿命などの面でも優れていて、状況把握や空間認識などの感覚も研ぎ澄まされているという。周囲のみんながイノベイターに覚醒して、自分だけが進化に取り残されたらどうなってしまうのだろう?自分だけがいつまで経っても旧人類で、何もかもがイノベイターより劣ったままで劣等種として扱われたら?実際問題、イノベイターへの変革は遅かれ早かれ全員がなるというものじゃない。イノベイターとなり得る因子を全く持たぬ者も存在するはずで、その人は望むと望まざるとに関わらず、ずっと今のまま変わらないのだ。

また、脳量子波という能力については特に誤解や偏見による嫌悪感を伴うようにも思う。

実際は、イノベイターと言えども脳量子波で他人の心を完全に読み取れるわけではない。恐らくは相手の感情変化等が何となく感じられるというレベルであり、その鋭敏な直感を踏まえた洞察によって相手の思考を予測出来るという感じではないかと思われる。劇中でデカルトがマネキン准将の思考を読んだような描写があるが、他のSF作品に出てくるエスパーのテレパシー能力のように、相手の思考をダイレクトに読み取れているとは思えない。だからこそ本格的な意識共有には、刹那のようなイノベイターでさえトランザムバースト等の発動が必要だったわけだ。

しかしその事実を理解して知る者は、現実にイノベイターになった本人や、イノベイターの研究をした専門家だけだろう。一般人は概略的な情報から勝手にイメージを膨らませて、少しでも不安に感じることを事実のように信じ込んでしまう。脳量子波によって出来る事を、事実以上に余計な方向に勘繰るはずだ。イノベイターは他人の心に勝手に入り込んで、心の奥底まで暴き出して覗き見するらしいとか。イノベイターはその能力を使って悪事を働くに決まっているとか。イノベイターは、自分達が優れているからといって、従来の人間を見下しているに違いない。そのうち、イノベイターの数が増えてくれば、自分達の生活が脅かされるに決まってる…などと。また、イノベイターが世間に知られるようになったタイミングもマズかったようだ。ELSとの遭遇があった後からイノベイターの存在が公に知られるようになった為、イノベイターをELSによる汚染者のように誤って捉える者もいたらしい。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

人間の能力や体質等には、生まれつきの個体差があるのは今さらの話ではない。しかし、これまではその差は比較的小さかったし、それ以上に、本人の努力や鍛錬によって能力を伸ばしたり補ったり出来る要素が強かった。だから、人は自分の頑張り次第でどうにでもなると思うようにして来たし、ある程度の個人差による不平等や不条理は、諦めていたり納得したりして克服して来たのだ。そういうのは仕方ないのだと。

だが、イノベイターへの変革は、ヒトの個体差レベルの違いではなく、種として新たな進化の形なのだ。ある意味イノベイターは突然変異のミュータントであり、これまでの人間とは別の生き物に近く感じてしまう。基本的な平均寿命が倍になったり、全身のあらゆる基礎能力が底上げされていたり、脳量子波による新たな知覚を手に入れているなんて、これまでの人間の常識を超えた差異だ。それは理屈ではなく、生理的な感情レベルで一般人には受け入れ難い存在だったのかも知れない。

イノベイターといっても同じ人間だ…という考え方を皆が出来ればいい。姿形もこれまでと変わらないし、同じ地球に生まれ育った者同士だと。これまでと変わらぬ形で人間の両親から生まれた子供達の中に、たまたまイノベイターとなる者がいるだけだと。これまでにも肌の色などが違う人間同士も共存出来ていた。それと同じようなモノだと思えばどうということはない…と、そう言える人ばかりなら良かったのだろうが。

でも現実には、その肌の色が違うだけの人間同士さえ、過去には差別や弾圧などをして来たのが人類の歴史だ。次第にそれを克服はして来たが、そこに至るまでには長きに渡って紆余曲折があった。イノベイター問題に関しても、理性的な判断だけで簡単に解決出来るものではないだろう。劇中でも連邦政府は、このイノベイター問題に関しては早々に対策を打ち出してインフラを整備しなければならないと危惧していた。しかし、ELSへの対応問題等他の案件にも忙殺されて、イノベイターへの事前対策準備は間に合わなかったようだ。