ELSが脳量子波を発する人間に引き付けられているという、かなり確度の高い仮説が導き出された際、連邦政府はイノベイターとなり得る因子を持つ人物を『脳量子波遮断施設』に避難させることを決定した。これはビリーやミーナの進言を受けたクラウス・グラードが、議会に対して対処を提案し迅速に実行に移されたことによるものだ。この対応は、脳量子波を発する人達をELSから保護する為の適切な措置としてスメラギも良い判断だと評価してた。


ところでその脳量子波遮断施設はどこにあるのか?イノベイター予備軍として保護対象となった人間の人数がハッキリしないので、脳量子波遮断施設が何箇所ぐらいあるのかも定かではないが、とりあえずルイスが避難していた遮断施設は、軌道エレベーターの低軌道リング上に設置されていた。ガンダム00の世界では、宇宙開発はある程度進んではいるが、宇宙居住者の数はまだまだそんなに多くはない。ルイスもそうだが、イノベイター予備軍の人々も多くは地上で暮らしている一般市民だったように思う。


ファーストガンダムなら、「スペースノイド」と呼ばれるスペースコロニーでの宇宙生活者が、宇宙への適応の中で新人類ニュータイプへの進化を遂げていた。けれど、ガンダム00の世界では、まだスペースコロニーへの移住は大して進んでいないし、イノベイターへの進化条件は宇宙生活とはあまり関係していない。地上に落ちたELSに襲われたアーミア・リーも、地上で普通に暮らしている一般の学生だった。逆に、相当期間宇宙に居た沙慈はイノベイター化の気配もない。


となると、宇宙生活者を宇宙の施設に収容したのではなく、地上の人間をわざわざ軌道エレベーターで宇宙に上げて避難させたことになる。そもそもどうして脳量子波遮断施設を、低軌道リング上などという妙な場所に設置する必要があったのか?脳量子波を遮断するだけなら、地上に設置した方が工事も簡単だし避難等もし易いのに?軍の施設内でもなく、低軌道ステーション内でもなく、低軌道リングの表面にポツリと。


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つまりこれは、イノベイターとなり得る因子を持つ者への、保護救済措置であると同時に隔離措置でもあるのだろう。脳量子波遮断処置を施した施設内でイノベイター予備軍を守る意味も事実だが、イノベイター予備軍の発する脳量子波のせいで、他の人間が巻き込まれないようにするという意味合いも含まれている。連邦政府も人道上の問題があるので、イノベイター予備軍をELSへの生贄にする気はなかっただろうが、万が一脳量子波遮断処置が完璧ではなく、漏れ出した脳量子波にELSが引き付けられたとしても、地上に被害が及ばない事を(低軌道リング上の施設だけで済むように)視野に入れてもいたように思う。全人類に対して、イノベイター予備軍はまだまだ少数派だ。大多数を守る為にマイノリティーを切り捨てて犠牲にすることは、政治的に現実的に十分あり得ることだ。


出来ればそうならずに済むことを願いながらも、それも視野に入れて想定しないわけじゃないだろう。


また、イノベイター予備軍をELSから守るだけの意味合いでもない。もしもELSが脳量子波に惹かれて来ているという事実が、ネットなどで一般に漏れたらどうなるか?そして、誰がそのイノベイター予備軍なのかという個人情報が漏洩したら?もしくは、きちんとした根拠ある情報として漏れる事がなくても、憶測やデマ、噂などで「アイツがイノベイターじゃねぇのか?」なんて話で個人攻撃が始まったら?脳量子波を発する一部の人間のせいで、全人類がELSに襲われて滅亡する危機に遭わされてる等という扇動が市民の間に広まったら?そういった風評で(いや、この場合全くのウソでもないのだが)市民が暴動を起こして、まるで魔女狩りのように無法なイノベイター排除運動などを起こす可能性だってあり得る話だ。


そうならない為にも、予めイノベイター予備軍を一般市民と隔離しておく。そういう連邦政府側の施策でもあったのではないだろうか?パニックとなる火種が僅かでもあるなら、それを排しておくのは危機管理の一環だ。イノベイター予備軍も人類であり同胞である。市民である事に変わりはない。そして、イノベイター予備軍を切り捨てても、ELSが一切地球に来なくなる保証などどこにもない。ELSの真の目的が脳量子波だけという根拠もないのだから。しかし、そうは思わない人間が出てくる可能性は十分にある。その為には脳量子波を発する可能性のある者は、一箇所に集めて保護・隔離しておく事が必要だったのだろう。その方が色んな面で状況を管理し易いから。