中東使節団を襲撃し亡き者にしようとしたコロニー開発公社への武力介入ミッション時、久々にマリナとの再会の機会を得たはずの刹那。だが、ライルの「挨拶しなくていいのかい?」という進言にも素っ気無く「その必要を感じない」と答えるのみで、結局マリナと顔も合わさずに去っていった刹那。マリナは今も刹那を案じているだろうに。刹那の顔を見れば喜ぶなり安心するなりするだろうに。


ミッションを終えて帰還したライルと刹那をフェルトが「お疲れさま」と出迎えて、労をねぎらうようにドリンクボトルを差し出した。ライルは「気が利くねぇ、いい女になってきたんじゃないの?」などと軽口を交えながらも感謝して受け取ったが、刹那はまるでフェルトもドリンクも目に入ってないかのように通り過ぎた。フェルトから「刹那、ミッションは?」と話しかけるが、刹那はその問いに答えるべくフェルトに向き合ってから「ヴェーダの情報のお陰で未然に防げた。スメラギに報告する」とだけ事務的に応え、またドリンクボトルを無視してフェルトに背を向け去って行った。「あの…これ…」と、受け取ってもらえぬボトルを持ったまま内心落胆するフェルト。フェルトが本当にドリンクを渡したかった相手はライル以上に刹那だっただろうに。喉が渇いてなくても受け取るだけ受け取るか、せめて「ありがとう」の一言ぐらい添えた上で辞退するぐらいはしても良かろうに。


刹那に悪意はないのだろうが、そんなぶっきらぼうで鈍感な刹那の態度を見て、ライルは「まったく…あいつのニブさは筋金入りだな」と呟いた。


マリナもフェルトも刹那を思って気遣っている。刹那が少しでも彼女達の好意に応えるなり、せめてあの無愛想さをどうにかしたら良いのにとライルは歯がゆく感じていたのだろう。アニューを失ったライルからすれば、刹那は羨ましいほどの状況なのに、当の刹那本人はそれに気付いているのか気付いてないのか判然としない。イノベイターといえば、本来なら脳量子波で相手の感情も含めて周囲の状況を敏感に察知する能力があるはず。なのに、刹那は身近にいる女の気持ちすらも気付いていないかのように振舞う。ライルの目から見れば、刹那は罪な男に見えたことだろう。イノベイターと言えども万能ではなく、刹那は女心に鈍感で男女関係には疎いまま。


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果たして刹那はマリナやフェルトの気持ちに全然気付いていなかったのか?それとも気付いていたのに無視して邪険に扱っていたのか?


恐らくマリナやフェルトの思いを、“感じ取っていたか?いなかったか?”という点に関しては、刹那は感じ取っていたような気がする。イノベイターの能力としても、元々の普通の人間の感覚としても。でも、感じ取ったからといって、どう振舞えば良いのかが刹那にはわからなかったような気もする。純粋種のイノベイターとして革新を遂げても、刹那の生い立ちが変わるわけじゃない。刹那のこれまでの人生で培われた、その経験や記憶や性格がガラリと変わるわけでもない。刹那は子供の頃から戦場に立ち、戦いの中でしか生きたことがない。神の名の下に戦う為に家族までその手で殺めてしまった。平和な世界に住む普通の人の経験することのない経験をし、普通の人ならば当たり前に経験する青春も恋愛も知らない。


イノベイターになった今でも、そのことに変わりはない。過去は変わらない。過去によって培われ出来上がったモノも、そう簡単に急には変えられない。


マリナに対しては、今はまだ顔を合わせるべき時期ではないと刹那なりに考えていた気もする。マリナも刹那も、今はもう互いに相手の生き方を認め合っている。平和を目指す方法(戦い方、アプローチ、方向性等々)が異なるとしても、それをどちらが正しいとか間違っているとか決め付けずに、歩む道が異なっても同じ目標を目指す者同士だと認めていると思う。逆に言えば、同じ目標を目指しているけれど、今はまだ互いに別の道を歩んでいて、それぞれがまだ目標に到達していないのだ。それぞれ別々のやり方で目標を目指すと歩み出した以上、次に会うべき時は互いに目標に到達した目的地だと心に決めているのかも知れない。そして刹那は、マリナも同じように考えているはずと刹那なりに思っている気がする。まだ志半ばの時点では、顔を合わせて挨拶する必要を感じない…というつもりだったのではないだろうか。


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フェルトに対しては、本当にどう接して良いのかわからないのだろう。刹那はフェルトの好意には気付いているかも知れないが、それが恋愛に属する感情かどうかまでは確信がないし、そもそも刹那自身が恋愛感情とはどういうものかを本当の意味ではわかってない。刹那にとってフェルトはCBの同志であり、大切な仲間の一人だ。それ以上ともそれ以下とも思えないし、敢えて存在感を変える必要性すら感じない。フェルトにとってCBの面々が家族同然であるように、刹那にとってもそれは似たようなものだと思う。刹那にも他に帰る場所はない。


ただ、刹那は家族に対してさえ、どう甘えて良いかわからないのだと思う。自らの手で既になくしてしまった本当の家族。刹那は家族に甘えた期間があまりに短く、そして二度と甘える権利さえない…自分の手で壊してしまったと思っているだろうから。いや、別の考え方をするならば、刹那のフェルトへの無愛想さは、ある意味刹那なりの甘えのひとつだと言えるかも知れない。フェルトの気遣いを無にするような態度を取っているにも関わらず、刹那はフェルトから嫌われる心配とかしていないし、フェルトの自分への優しさが失われるとも思ってなさそう。つまり、刹那はフェルトの存在を不安視していない。フェルトを粗末に扱ってしまっているのは正しいことだとは言えないが、刹那はフェルトには余計な気を使う必要のない相手として信頼して、その好意に遠巻きに甘えているようにも思える。