王留美の心に歪みが生じた理由。それは、留美が王家の次期当主となるべく指名されて、先代当主から施された留美に対する徹底した教育と管理に由来するようだ。


2ndシーズン第6話「傷痕」にて、王留美はボディーガード兼従者の紅龍のことを、初めて劇中で「お兄様…」と呼んだ。愛情込めた呼び方ではなく、皮肉か嫌味を込めた呼び方だったが。紅龍は留美の実の兄だったのだ。なのに王家の当主は長男の紅龍ではなく妹で、その妹は兄を呼び捨てにする。兄なのにただの付き人のように付き従う。そのことも、留美の心の歪みを生み出した事情に深く関与していた。


それは2nd第21話「革新の扉」の中のワンシーンが物語る。ネーナの裏切りで手負いとなった留美が、質問ばかりしてくる紅龍の態度に業を煮やしキレて感情を顕にしてこんな事を言った。「質問ばかりしてないで自分で考えなさい!あなたがそうだから、私が王家の当主にさせられたのよ!お兄様に当主としての器がなかったから、私の人生は歪んだ。だから私は世界の変革を望んだの!地位や名誉、資産すら引き換えにしても…!そう、私は人生をやり直し、私だけの未来を手に入れる。…最後まで付き合ってもらうわよ、紅龍。あなたにはその責任があるわ」と。


この台詞だけでも、大体のことは想像つくが、小説版にはさらに詳しい描写がある。そこから要点をかいつまんで自分なりにまとめてみる。


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紅龍は、ガンダム00の登場人物の中でも、かなり高感度の高い人物だと思う。常に控えめででしゃばらず、それでいて必要な時には素早く的確な行動をする。武術に長けており俊敏な動きを見せ、勇敢に敵を倒す。留美の傍らに常に静かに控え、決して臆することなく身を挺して守ろうとする。礼儀正しくて心配りがあり、良識と優しさを感じさせる。物静かで大人しい口数少ないタイプでもある。


しかし、その控えめで大人しくて善良で優しい面が、王家先代当主の目には頼もしさに欠けると映ったのかも知れない。普通の家庭、一般的な社会では、紅龍のような人間は好まれる。しかし、王家のような特別な名家の統率者としては、その優しさ善良さ控えめな面は仇となる。大組織のトップとして事業を伸ばし続け王家を発展させて行く上で、求められる資質は一般人として“イイヒト”であることではない。強い決断力、統率力、発言力等々を周囲に示し、時には強引に相手を従わせるようなアクの強さも必要だ。他人を魅了するカリスマ性などもあるに越したことはない。自分の意志を貫き、自分の主張を押し通す我の強さも必要になる。


そういった『当主としての器』が、先代の目から見た場合、紅龍には感じられなかったのだろう。むしろ留美の方にその素質を感じたに違いない。また妹である留美の方が当然年齢が若い。今からでも徹底的に英才教育を施して、帝王学をイチから叩き込めば、兄よりも当主として育て上げられる余地がある。そこで、先代は紅龍に見切りをつけて、留美を後継者として徹底的に鍛え上げることを決意したようだ。その日から留美にとっての地獄が始まった。日常生活を徹底的に管理され、自由を奪われて束縛されるようになったのだ。


留美は先代当主のみならず、その教育係の教師や世話をするメイドにまで常に監視され、不平不満を漏らすことも許されず、王家の当主になる為だけの日々を送らされたようだ。それはまるで奴隷であるかのように。好きな事をする自由時間も、のんびり休む時間もロクに与えてもらえなかったのかも知れない。留美の人生は自分の為のモノではなく、王家発展の為に生きるのみのようにされた。


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また、社交界デビューを果たし、政財界の人間との接触も、留美の心を腐らせたみたいだ。ただでさえ若く美しい娘は色目・欲目に晒される。その上大富豪の王家の次期当主となれば、様々な欲や打算で近付いて来る人間が多くなるだろう。露骨に妬みや敵対心を見せる者もいれば、どうにか取り入ろうと媚びへつらう者もいるだろう。そのどちらも醜悪な存在だ。しかし、そういう人間達の前でも笑顔を作り、付き合って行かねばならないのが、名家の当主というものなのだろう。好きでもない相手…むしろ、醜い心が滲むようで嫌いな相手に作り笑顔でそつのない会話などもしなくてはならない。留美の若くて純粋だった感性は、こうしたものに耐えられなかったのかも知れない。表と裏が全然違う世界。華やかな見た目の裏側には、ドロドロした醜いものばかりが腐臭を放っているように留美には見えてしまったのかも?


自分の本当の心や感受性を、麻痺させて押し殺さなければやっていけない。そうやって自分の心を抑圧し続けているうちに、留美の精神は歪んで枯れ果ててしまったようだ。「世界が灰色に見えはじめたのはこの頃からである」と、小説では描写されている。10代といえば通常は青春真っ只中であり、普通なら留美の目に映る世界は、まだまだ将来への希望に満ち溢れていて、光と彩りに満ちた風景のはず。しかし、感性豊かで繊細な年頃に、あまりにも特殊な大人の世界を見せられ過ぎ、自分の未来を自由に思い描く機会を奪われて、留美の感性は色を失った。


その後先代当主が急逝し、15歳にして王家の当主となり、留美を頭ごなしに抑え付ける存在はいなくなった。留美は王家のトップになったのだから、全て留美が実権を握り支配出来るようになったはずだ。勿論、王家を守り存続させる使命は帯びているが、それでも留美が自由に出来ることは大幅に増えたはず。しかし、自由を再び手に入れたはずなのに、留美の心は元には戻らなかったようだ。世界は相変わらず灰色のままだった。色褪せて…色を失ってしまった世界は変わらなかった。だから王留美は当主となって、どんなに恵まれていても、何を手に入れても、今でも世界が嫌いなのだろう。金や権力や名声があっても世界は留美にとってはつまらない。


だから何でもいいから世界を変えてしまいたい。どのように変えたいのかはわからないが、ともかく変えてしまいたいのだろう。留美には恐らく「こういう世界にしたい!」等という、具体的に理想とするビジョンさえもないような気がしている。ただひたすらに今の世界が嫌なのであり、どうにかして色付の世界を取り戻したいだけだ。だから、自分で世界を変えるというよりも、誰かにそれをやらせたいのではないだろうか?自分で世界の色を取り戻す方法はわからない。だから、誰かどうにかしてくれと、望んでいるばかりのような気がする。