イオリア・シュヘンベルグ…ソレスタルビーイングの創設者であり、稀代の発明王。イオリア計画の要となる量子型演算システムや太陽炉、イノベイド等の先進技術の発明または基礎理論の構築・提唱をした人物。軌道エレベータ建設と、それによる太陽光発電システムの提唱者でもある。


CBとその計画を代表する存在の為、名前はよく出るのだが、実は意外にご本人の登場場面は極めて少ない。第1話「ソレスタルビーイング」での、戦争根絶とその為の武力介入宣言をした声明ビデオ。そしてリボンズによるヴェーダ掌握の際のコールドスリープで眠る姿。そして、その後のシステムトラップ発動からトランザム・システム開放に至るビデオ・メッセージ。その後は2ndシーズン中は全く顔を見せず、劇場版のエピローグにて若き日のイオリアが登場するといった程度に留まっている。最後ぐらいはまたビデオメッセージ等で真相を語ってくれるかと期待してたんだが。


当初は、イオリアって実はヴェーダの作り出したCG映像のみで実在しないんじゃないか?とか、イオリアは本当は200年前の人物じゃなく実はまだどこかで密かに生きてるんでは?とか、ヴェーダに脳または人格を移植してあるんじゃないか?という噂もあった。または、実は地球人じゃなく異星人なんじゃないか?とか、未来からタイムスリップして来た未来人では?等という説もあった気がする。GNドライヴやヴェーダ等の先進技術を持ってることも、異星や未来からもたらされた技術なら辻褄が合うと。しかし、劇場版のエピローグで若き日のイオリアが思いを語るシーンが描かれて、それらは一気に払拭されて「本当に生身の人間として存在してて、ヴェーダとかの画期的な発明もしてて、本気で平和と人類意志の統一を夢見てたのねん?」というのが明らかとなった。


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非常に謎の多い人物だが、劇場版での短い映像からもいくつか彼の人となりを読み取れる部分がいくつかあると思う。まず第一に、彼の友人でありチェス仲間でもあるE.A.レイの言葉より、彼が人間嫌いで人里離れた孤島に一人で暮らしている事が判明する。まぁ天才は得てして他人からはあまり理解されないものだし、天才の語る言葉は凡人には理解出来ずコミュニケーションが難しい(論点のレベルが違ったり、話が噛み合わず会話が成立しない)というケースもあって結果的に厭世的になったのかも。一般人から見ればイオリアは理屈っぽい変わり者に見えただろうし、イオリアから見れば多くの人は自分を本気では理解しようとしないと感じたのだろう。


イオリアは心を許している数少ない友人であろうE.A.レイに対しても、あまり打ち解けた表情を見せてなかったし、友人を背にして無愛想でもあった。レイの方がそういうイオリアを理解して鷹揚に歩み寄ってくれるから成立している友情のように思える。もしもレイの方からイオリアに連絡を取らなければ、イオリアは研究にばかり没頭して音信不通になりそうな気さえする。ただ、イオリアの部屋には楽器がいくつも置いてあり、音楽をこよなく愛していたらしく、そして自らも演奏もするらしいという、単なる技術バカじゃない情緒性も少しは窺える。イオリアは月面のヴェーダの間や、声明ビデオの背景の室内映像から推察するに、重厚で伝統的な装飾の部屋を好んでいたようなので、好みの音楽も恐らくはクラッシックだろう。ジャズあたりはもしかしたら聞いたかも知れないが、ポップスやロックは好まないように見える。


イオリアはこのように偏屈な人間嫌いの人物のように見えながら、実は意外とロマンチストで心のどこかでは人間を信じたいと思っていたような気がしている。イオリアは決して人間に対して楽観的な解釈はしないタイプだと思うので、人の心の中の醜さや凶暴性、独善、裏切りといった闇の部分も重々承知してただろう。だから、他人を無闇に信用し過ぎることはなく、その辺が組織内部の裏切りも想定したシステムトラップ等の仕掛けとか、念には念を入れたような慎重な計画運びにも現れている。しかし、一部の人間による裏切りがあっても、それを短絡的に人類全体への不信や失望に繋げることもなく、最後まで人間に…自ら命を掛けて戦おうとするガンダムマイスターに希望を託すというメッセージを遺している。ソレスタルビーイング…つまり自分の立てた計画の為ではなく、マイスター自らの意志で真の平和を勝ち取る為に戦えと告げている。そこには彼なりの人類愛や、人を信じてみたいという願いが込められているように思う。


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しかし、イオリアがそんなにご大層な立派な人物かというとそれも少々疑問である。彼は自分の嫌悪する人間は「知性を間違って使い、思い込みや先入観に囚われ、真実を見失う者達」と語っているが、それを偉そうに語れるほど本当に生身の人間達と触れ合ったことがあるのか?と問いたくなる。いや、イオリアの言ってることは間違いではなくて、本当になまじっかの中途半端な知性が勝手な思い込みや他人への見下しなどとなり、争いや不理解の原因になるのは事実だと思う。でも、このセリフは人間嫌いで孤島に引き篭もっている人間が語るには頭でっかちな話に聞こえてしまう。


イオリアの発明や研究は画期的で先進的なモノであり、どれも人類を豊かにする非常に価値の高いモノかも知れない。しかし、量子型演算システムやGN粒子の発見、太陽炉の基礎理論構築などは、素直にすぐに世界に公表することなく、CBの自分の計画の為だけの独占技術にしていたわけで。勿論、将来的には人類全体で共有して使ってもらおうと思っていたのかも知れない。あまりにも先進的過ぎて今の人類には早過ぎると思ったのかも知れない。イオリアの発明品も使い方次第では平和を脅かす軍事兵器となる。アルフレッド・ノーベルによるダイナマイトの発明が兵器の殺傷能力を高め、コンピュータが元々は砲弾の弾道計算の為に作られた計算機である事を考えても、画期的過ぎる技術は危険だという考えも間違いではない。


でも結局、イオリアも自分の持つ独自技術をガンダムという機動兵器開発に用いており、ヴェーダの情報処理能力も平和利用というよりも武力介入という軍事計画の為に利用されている。イオリア計画は主旨としては戦争根絶、人類統一という平和目的であり、敢えて武力によってそれを早期に成し遂げるという矛盾を覚悟したものなのだけど、果たして本当にそれしかなかったのか?という点においては疑問は捨て切れない。結果オーライで刹那達の活躍で人類は滅亡を免れて外宇宙進出を実現するに至っているけれど、イオリアの計画自体は本質的には、ハイテクを武器にしたマッドサイエンティストとテロリストによる、極めて独善的な計画だったと言われても文句の言えないモノだったと思う。


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イオリアは、孤島に引き篭もって他人との接触から逃げ出した人間であり、自分の高い知性を使って多くの他人の命を犠牲にする“正しいかどうかわからない計画”を、世界の人々の合意もなく勝手に推し進めた人物であることは忘れてはならない。自ら多くの人々と「わかり合いたい」のではなく、上から目線で「わかり合わせたいのだよ、私は…」と語ったのがイオリアなのだ。彼の英知は本当に素晴らしく凄いもので、彼の先見の明や洞察力は非常に大したものなのだけど、それでも「優れているから何をしてもいい」という事にはならない。


イオリアは自らの才能と努力により数々の技術を発明し、自らの私財を投げ打って、人生の全てを注ぎ込んで世界平和の為にこの計画を立案したのかも知れない。そしてその熱い思いと緻密な計画、実現の裏づけとなる財力と技術が強力な理念となり、世界の裏側で密かに共感者の賛同を得て、成立したのがCBなのかも知れない。私利私欲の為ではなく、人類の為にここまでやったのだと評価出来る面もあるかも知れない。


しかし、人造人間イノベイドの扱いなど、本来なら色々と人権・倫理問題になりそうな非人道的な事もCBはやっている。人間同等の自我を持ち得る存在に、目的や機能別に作られた人格を強制的に飢え付けるなどの行為。必要に応じて記憶の消去や人格の上書きまでイノベイドには行っている。自然に生まれた人類の革新を信じるのは良いが、自らの技術で人工的に生み出した生命体には、随分と酷い道具扱いをしてしまっている点は気になったりする。その差別や歪みがリボンズのような存在を産み出してしまうバックボーンになったとは言えないか?リボンズは、ある意味では生みの親であり自分に使命を与えた神にも近い存在のイオリアが、人間ばかりを重視するのを不本意に思って反発していたフシがある。何故高い能力を与えられた自分達が計画遂行の主役ではいけないのか?その疑問こそがリボンズの裏切りを生み、計画自体をも歪ませたとも言えなくはない。勿論CBの行動の全てをイオリアの独断で行ってたわけではないだろうが。


イオリアは決して神ではなく、そして人間としても不完全だった。飛び抜けて優秀だったのは確かだし、私利私欲や世界征服等の愚かな野望から行動を起こしたワケではない。そして心のどこかで人間を信じ、人類の未来を本気で憂いて心配していたのも確かだと思う。でも決して全てをお見通しだったワケでもないし、全てを思い通りに運んで成功したワケでもない。人類の頂点に立つような存在でもなく、むしろ思い込みが激しくて、独断専行の道を歩んでしまった。自分の大きな知性やチカラを(ある意味では)間違って使い、他人に対する思い込みと先入観で、他人との温かい触れ合いを知ることなく、自分だけの正義を遂行してしまった愚かな人間のひとりなのだと思う。イオリアは結局、未来を夢見ながらも自らは見届けられず、現実世界の中では幸せに生きられなかった愚かな人間なのかも知れない。


むしろ、自分が最後まで行く末を見届けない計画を遂行した点も、ある意味無責任であるとも言えると思う。イオリアは本当なら、せめて最後にはビデオでも何でもいいが、人類の前で計画の全てを明かして釈明すべきだったようにも思う。