【ベランダの宇宙怪獣】


東京へ出てきて3回目の引っ越しだった。
遂にやったと思った。
とうとうフロ付きのアパートだ。


22か23だった。
一から出直して、かっこよくやったるわい!と意気込んだ。
それには先ず部屋をかっこよくせねばならない!
なんせオレの部屋はもうフロ付きだゼ、バカヤロウ!
その頃オレは、原宿の革ジャン&50s家具の店で働いていた。
思うかっこいい部屋の構想はすでにあった。
ソファーがあり、カウンターのあるロックの部屋にするのだ。
畳にあぐらかいて、電球の下でカップラーメンをすする生活は終わりだゼ。
ソファーは、友達が粗大ゴミから拾ってきたもらいモンがあった。
だが、カウンターはどうする。
もちろん買う金なんてありゃしない。
しかしオレは決めた!カウンターを置くゼ。
意気込んだ男は何かを思った。
部屋に備え付きのタンスに手をかける。
そしてそいつをひっくり返してキッチンに横付けにした。
バ~ン。
そこで用意のペンキで黒と白に塗りたくる。
乾くのを待って最後の仕上げだ。正面にエルビスのポスターを貼った。
かの有名なエルビスカウンターのできあがりだ。
その上に世界のあらゆるロックの小物が置かれる。
大人から見たらガラクタにしか見えない物が、カウンターの上で燦然と輝く。
知り合いのおっさんからカウンターチェアを安く調達すると、完璧すぎる
ロック生活をオレは遂に手にした。


オレの部屋にもう一人の住人がいる事を知ったのは、それから数ヶ月経った
夏のある夜のことだった。
その夜オレは、仕事の後に原宿で仲間と飲んだ。
そして終電近い電車で帰ってきた。
駅から家までは遠い。
あの頃はまだがぶ飲みはしない。
いつも足取りはしっかりしていた。
用水路のような川に沿って、月明かりの中を歩く。
ど田舎から出てきて、あの原宿で仕事して、ちょっとワルぶって、ダチも最高で、
フロ付きに住んで、部屋もかっちょよくなって、何か透明な満足感がオレを
支配していた。


家は2階建てのアパートの2階だった。
階段登って鍵を開け、照明つけると、自慢のクーラーにスイッチを入れる。
そして窓の黒いソファーに座った。
部屋が涼しくなってきて立ち上がろうとしたその時だった。
背後のガラスの向こうに誰かいた。
「ドキ!」
向こうはベランダだ。
サッシの曇りガラスに白い影が写っている。
何か強い精気を感じた。
「誰かじゃない、何かだ」
ソファーをずらして近づく。
そしてガラガラガラ、サッシをちょっと開けて恐る恐るベランダをのぞくと!?
「ギョ!」
真っ白い大きな花が下からオレを見ていた。
「なんで!?」
人の顔くらいある、大きな花だった。
サッシを大きく開けた。
サボテンの花だった。
トゲトゲの胴体の横っちょから、ぬっと突き出て咲いていた。
それはバイトの社長が、引越祝いにくれたものだった。
結構でかいサボテンだったので、ベランダに出したまま忘れていたゼ。
「こんなにでっかい花が、こんな真夜中に咲くのか!?」
開けっ放しのドア枠に腰掛け、足をベランダに放り出した。
ウルトラセブンで、窓の外にこっそり置かれた植物が宇宙怪獣になる話がある

が、その事を思い出した。
「君もいたんだな」
隣の家の屋根とオレのアパートの屋根の狭い夜空をふたりで見上げた。
再び横を向くと、花の、白く妖気の様な美しさにゾクゾクっとした。
ありがとう、かっちょいい部屋に君も入るかい。


そのサボテンはそれからずっと、一年に一度、夏の一晩だけ花を咲かせてくれる。