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2016-11-06 08:05:39

【三船敏郎の逆襲】

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【三船敏郎の逆襲】




古本屋で「おっ、こりゃあ買わなきゃ」と分厚い資料本を見つけた。
戦後から現代までの当時の事件や文化を年代別に記してある。
何かのひらめきを求めてオレはこの種の本をよく買うが、新聞社が
まとめたらしく記載は丁寧だ。
白い背表紙を見ると“毎日ムック”と本の名前があり、その下に
口をむんずとへの字に食いしばり、「やっ」と刀を突きだした
サムライ姿の三船敏郎が写っていた。
なんだか本物の侍が写っているようだ。


強風吹き荒れる宿場町。
一匹の侍と十匹のならず者が向かい合い、ジリッ、ジリッっと
距離をせばめていく。
ならず者の一人がピストルを持ったまま言い放つ、
「あんまりこっちに来るんじゃねえ!」
すると侍はニヤッと一閃ふところに忍ばせた出刃包丁を
ピストル野郎に投げつける、出刃が相手のカイナに刺さるやいなや、
たちどころにならず者達を切り捨てた。
黒澤明監督“用心棒”のクライマックスだ。
ピストルのならず者仲代達也もなかなかかっこよかったが、
サムライ三船敏郎の迫力は群を抜く。


長くテレビで放送されることを拒否していた黒澤映画が初めてテレビの
ロードショウで流されたのは自分が高校の時だったように思う。
それまでの映画はテレビの画面に合わせていたが、黒澤映画から、
上下に黒い影を入れるシネマスコープで流されるようになった。
だがその頃、自分には黒澤映画についての知識はあまりなく、
撮影中の映画“影武者”にスピルバーグやジョージルーカスが
表敬訪問して最敬礼だったとかなんだか日本人を喜ばせる様なニュースを
聞くが、本当かいな?という半信半疑の気持ちがあった。
その頃、日本のロックはしょせん外国のロックに勝てないという
思い込みがあり、映画もそうだと思っていた。


三船敏郎の事も、その迫力のある顔の割にはいつも冴えない素浪人役を
やっている人で、国際スターらしいが、サムライばかりやって
なぜ国際スターになりうるのだろう?と思っていた
ジョンベルーシーが、サムライ姿の三船敏郎のパロディをアメリカの
コミックショーで演じて、それを日本側が抗議した事あるが、
「僕はミフネを尊敬しているんだ」という答えが返ってきて
ふ~ん、そうなのかなあと思ったこともある。
母親は侍というと、学生時代に夢中になったらしい新諸国物語の
東千代之助や中村錦之介がごひいきで、彼らの事を話すと
学生時代を思い出すらしく、ちらちらハートマークの様な物が
飛び出していて、子供心にはそれが煙たく、なんとなくよけたくなる
感じがしたが、三船敏郎の事は「おお世界の三船」と言ったきりで、
その後は何も語るでもなく、机の上のたくわんを
ボリボリ囓っているような有様で、興味は全く無さげであった。
もう一つその頃の三船敏郎で思い出すのはベッドのCMだ。
ふかふかの白いベッドの上で金髪美女が気持ちよさそうに寝ていて、
そこに別カットの三船敏郎が登場し
「う~ん寝てみたい」と意味深なセリフを吐く場面があった。
う~んと来たらマンダムだろうと思いながらも、
高校生の間でそのセリフが少しだけ流行った。


ところが“用心棒”を見た。
すごい!これが日本映画!?
三船敏郎に最後にバサバサ斬り捨てられた悪漢のように、
オレも「うっ、やられた~!」と見事にバッサリ、
それまで持っていた蛇足のイメージはすべて斬り捨てられた。
映像は斬新で、三船は若く苦み走り、アクションの切れが凄まじい。
それからだ、黒澤映画に興味を持つようになったのは。
上京して東京の名画座の安さに驚き、名画という名画を一時期
見まくった時があるが、黒澤映画も当然その中に入っていた。
だが気がついたことがある、黒澤じゃなく三船なんだと。
映画は役者だと思う。
学生時代、クラスにはいろんな奴らがいたが、一人のスター、
もしくは一人のマドンナがいればそのクラスは光っていた。
それと同じじゃないかと思う。
映画はスターとマドンナで光る。
黒澤映画は確かにすごいが、“生きる”以外の映画で、
三船敏郎がでてない映画はそんなにおもしろくない。
“男はつらいよ”も渥美清なしでその映画は存在できない。
昔、高倉健の映画を借りてきた事がある。
その映画は健さんがでているにもかかわらずあまりにつまらない映画で、
腹が立つほどだったが、健さんがでているので最後まで
なんとか見る事ができた。
これが他の役者なら一瞬で消していただろう。
存在感なのだ、存在感と言う核が無い限り、どんな有名監督が
メガホンを取ろうともその映画はおもしろくない。
三船敏郎のその存在感は世界を圧倒した。
もちろん黒澤明という偉大な監督がいなければあり得ないことでは
あったが、三船がいたから、黒澤は世界のクロサワになれた。


毎日ムックの背表紙を飾るサムライ三船敏郎を見ながら思う。
この人がいなかったら日本は大変だったんじゃないだろうか?
あの当時、外国映画などで描かれている日本人はひどい。
まるで、シェークスピアにいつも出てくる醜い出っ歯の悪徳商人
の様な奴ばかりだ。
サムライ三船はそんな時に登場した。
世界を渡る時、何らかのかっこよさを示せば、人間は肌の色関係なく、
理屈抜きに尊敬してくれる事をオレは知っている。
三船敏郎のかっこよさに外国人は驚き、それまでの日本人の描き方に
大幅に修正が入ったはずだ。
ニヤッと笑い、むんずと刀をかさし、エイやと気合いを入れる。
これが日本男児なのだと、彼は敗戦後の日本のでっかい象徴に
なったに違いない。
アランドロンがインタビューで尊敬する俳優はと聞かれる度に
必ず「ミフネだ」と答える。
稀代の二枚目にそれを言わせる三船敏郎が、
世界へ与えた影響は計り知れない。


去年末にスターウォーズの新作を見た。
毎年年末に大阪で企画している「宇宙戦艦ミソノフィーバー」の為、
前日に東名高速を機材車で西に走っていた。
車中で、同行のPA担当のナンシーが「スターウォーズ見ましょう」と
オレの袖をゆするので、よしそれならばと4Dまたは3Dのすごいの
見るかと息巻いたが、さすがに封切り直後で、席はわずかにあったが
全然別々の場所にあり、それじゃあせっかく女の子と見るのに
何か華やかさにかけると思い、4D,Dはあきらめ,
隣同士の席がある普通の映画館で見た。


映画はおもしろかった、が、今ひとつ。
フォースの戦いにシーンだ。
ジョージルーカスは黒澤明のサムライ映画の大ファンであることから
フォースの戦いは完全にチャンバラだ。
だが緊迫感がまるでない。
触れれば切れる刀の剣先に向かっていく以上、それ相応の覚悟が必要だ。
宮本武蔵じゃないが、
“切り結ぶ太刀の下こそ地獄なれ、踏み込み見れば後は極楽”
それぐらいの命がけの迫力を見せなければ、ただのお遊戯にすぎない。
スターウォーズはただのお遊戯だった。
そこで思うのが三船敏郎だ。
ルーカスは第一作から登場するオビワンの役を三船敏郎に依頼した。
オビワンは伝説の剣の達人で、主人公ルークやダースベイダーの
師匠となる。
彼がオビワンの役を断るが、もし受けていれば、チャンバラシーンが
完全に変わっただろう、実に惜しい。
三船敏郎は海外の映画に出演しても、日本という物を
しっかり守りきった人だ。
海外の監督が持っている日本に対するイメージの勘違いに対して断固と
して戦い、そしてほぼ完全に守りきった。
ブルースリーのドラゴン怒りの鉄拳にでている日本の俳優は、
間抜けに見えるからとの理由で、袴を前後ろわざと逆さまにはかされて
いるが、彼ならそんなことは絶対にない。
だから彼がオビワンの役をやったら、フォースのチャンバラの部分に
一大鉄槌を加えたことは間違いなく、ジョージルーカスも素直に
聞いただろう。
そしてスターウォーズそのものの作品の価値も、
今以上に高まったはずだ。
しかも三船敏郎の身体能力は恐ろしく高く、彼のオビワンとしての鬼気
迫る
チャンバラシーンを是非見たかった。


劇場を出た後、ナンシーがとことこ寄ってきて
「セイジさん、フォース買わなきゃだめでしょう」と言うので
その辺りを見るとフォースがガラスケースに入って売られていた。
結局買わなかったのだが、オレは少し後悔する。
翌日のミソノフィーバーで最初に自分が登場し、軽く挨拶をしたが
その時フォースを持って出れば良かったなと思ったからだ。
だがもし40年前に三船敏郎がオビワンを受け、
切れ味鋭いフォースのチャンバラシーンがこの新作に引き継がれていたら
ひょっとして買ったかもしれないなと思ったりした。

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2016-10-06 20:39:13

【マグニチュード沙保里ちゃん!】

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【マグニチュード沙保里ちゃん!】

 

 

吉田沙保里が敗れた朝、時空がねじ曲がるぐらい衝撃を受けた。

あってはならない現実が目の前で起き、心がもう、どうしようもなくな

り、なんとか時間が戻らないかと本気で考えるが、そんなことができる

わけが無く、自分の三半規管に少し異常をきたした感覚になり、

自分の感情をどこに持って行っていいのかわからなくなった。

その日一日つらくやる気がでず、ため息ばかりがでて全く力がでない。

ひょっとしたら日本が戦争に負けた時の日本国民が受けた感情は

こんな感じだったのでは!?とさえ思った。

なぜかふと頭に浮かんだのはバンド連中だ。

意外とスポーツに興味の無い人が多い。

話しても同じ軸で話に乗ってくれる人はほとんどいない。

それがこの日ばかりは本気で本気でうらやましかった。

このつらさを彼らは味あわなくてすむのだ

 

 

リオデジャネイロオリンピック前から自分の一番の関心は

吉田沙保里だった。

彼女が見せる気合いが好きだ。

図抜けた反射神経で相手につけいる隙を与えず、

瞬間見せる野獣の目が鋭く光るともう相手を仕留めている。

それでありながら普段の彼女はいつも素のままであっけらかん。

国民的スターの要素を余すところ無く持っている。

思いっきり泣きじゃくったり豪快に笑ったり、からかわれて恥ずかしがっ

たりそれでいて無敵の女王なのだから、まるでマンガのヒーローのようだ。

だがそのヒーロー、自分は今回どうにも胸騒ぎがした。

果たして勝てるだろうか?

負けるのが怖く、オリンピック前の試合には出なかったというニュースを

聞いて、らしくないぜ!そんなことしちゃあだめだと

心で叫ぶ自分がいた。

前回もその前も直前で負けたから金メダルが取れたんじゃないか。

日本時間の深夜にあった準決勝は、無難に確実に勝ち、

彼女の勝利の方程式通りにいっているように見えたが、余りにも慎重で、

勝つというより、負けないようにやっているようにも思えて

不安の払拭にはならなかった。

決勝は朝方だというので、ベッドで寝ていたが、

やばい寝過ぎと思い飛び起きた時がまさに決勝が始まる直前だった。

ギギーと椅子をおしりに引っ張り浅く腰掛けると思いっきり前傾で

テレビを凝視した。

「いけ!絶対に勝ってくれ!君は負けちゃいけない」

出場レーンに二人が立つ。

吉田沙保里は冷静に見えるが、いつも「よしそれだ!」とうんうん

首を振って相づちを打てる程の気が出てないような。

対するアメリカの選手はどうか!?果たして強いのか?

強そうに見えるかどうかわからないが、彼女には何かの感情が顔に出ていた。

「とにかく何が何でもどうしても勝ってくれ!」

そして向かい合った二人の6分間が始まった。

「よし!」とオレの絶叫が朝っぱらから部屋に響く。

「いけ、いけ、いけ!」

しかしああ~という瞬間、背後を取られた彼女はポイントをとられ、

そのまま時間は無情に過ぎ試合はあっけなく終了した。

最後は彼女がマットで泣き伏せる姿がカメラに映し出された。

あの瞬間、背後を奪い合う刹那の瞬間、あそこに0コンマ何秒かの

執念の差が出た気がしてならない。

 

 

数日後、男子陸上がリレーで銀メダルという歴史的快挙を果たした。

その辺りからやっとショックから立ち直り出した。

そして次第に、彼女の今回の敗戦の世間に与えた激震は、

吉田沙保里が超スーパースターであることを、あらためて浮き彫りに

したのだと思うようになった。

未曾有の金メダルラッシュだった女子レスリングが、

吉田沙保里ただひとりが金じゃなかった事で

かすんでしまった感があるのはかわいそうだったが、

彼女の存在はそれだけレスリング界を覆っている。

ただちょっとオリンピックの舞台では泣き過ぎだったような気もするよ。

吉田沙保里にかっこよさを感じている自分としては、

あそこはスカッとアメリカの選手を祝福してあげた方がかっこよかった。

しかし自分を含めその場になるとできる人間はなかなかいないのは

よくわかる。

それは見ていた人間の教訓にすればいい。

 

 

絶対強者だった人が負ける事は少なくない。

逆に絶対強者のまま終わった人は、

自慢ばかりする様な人になるような気がする。

だからこそ思う、負ける事は大事だ、その後に意味がある。

その時は死にたいくらいに思う屈辱は、自分を大きく飛躍させる

強力無比なバネになる。

過去を未来で変えてやる!それしかないからだ。

だからなのかわからないが吉田沙保里は、引退を表明しなかった。

できれば東京オリンピックを目指したいというのを聞いて

「マジ!大丈夫!?」なんてほんの一瞬思ってしまったが、

やはりメチャクチャ嬉しい。

そんなこんなで、自分はまだまだ吉田沙保里から目が離せないのだ。

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2016-09-13 02:16:40

【上海パープルヘイズ】

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【上海パープルヘイズ】

 

 

この次々と打ちのめされる感じは何かに似ている。

何だ!?

自分の何かがガラガラと崩れ、その後に羨望という名のタワーが

ぐいぐい延びていく。

そうだ、これはオレが十八で東京に出てきた時の感覚に似ている。

まさか二度と味わえないと思っていたあの感覚を

味わうことができるとは。

上海だ。

 

先日中国ツアーに行ってきた。

数年前から誘いはあったが、提示されるギャラが経費ギリギリで

いつも渋っていた。

向こうのプロモーターにアメリカ人がいて、オレの渋りに対し彼から

驚きが混じったメールが届いたことがある。

「お前等、中国でライブがしたくないのか?」

彼の驚きとは裏腹に、実はまさしくその通りであった。

日本に対しいつもあんなにメチャクチャ言う国なんかでやりたかねえ

わい!と言うのが本当の自分の本音であった。

普段ならば経費さえ出れば大抵の国に乗り込んで行くが、

中国は到底そんな気にはならなかった。

だが今回、破格のギャラの提示があり、それならばと

上海、北京の2公演を受けた。

 

直面した瞬間、脳みそをクルッと回される感覚。

人間、180度考えが変わる経験は滅多にない。

今回の中国がそうだった。

上海空港でチャーミングな女の子二人が出迎えてくれた。

それだけでホクホクだが、乗せられたバンで走ること1時間、

巨大な都市が目の前に現れだし、その全貌を目の当たりすると

頭が少しパニックになりだす。

アジアならなんだかんだ言ってもTOKYOが一番すごいだろうと思っていた。

だが、その鼻っ柱をギュッと握られてスコンと引っこ抜かれたようで、

外から見れば車の窓にポカンと口を開け上の方を向いている雁首が一つ見えただろう。

剣山が空に向かってそびえるか如くに乱立する高層マンションとビルディング、

それに混じり最上階が寺院のような形のビルが所々にある。

普通ならなんだか宗教臭く感じるが、乱立する近代と

全くうまくかみ合っていて、都市を構成する一つの色として

かっちり風景にはまっている。

かつてリドリースコットが東京からイメージを得たという

ブレードランナーの未来都市は、この上海こそふさわしいのでは

ないかと思った。

激しく猥雑でところどころ醜い、そしてそれが恐ろしく美しい。

「かつて、上海は多くの国のコロニーになっていました」

隣の席に座るアメリカ育ちのシャウピンが流暢な英語で教えてくれた。

そう言えば、かつて歴史で習ったことがある。

このモダンさはそんな影響があるのか?

歴史の渦の中、多文化と中国が激しく交わり、どくどくふくれあがる。

なんかこの町、とてつもなく歯止めがない。

 

やがて車は門をくぐり池の前にある古い建物の前に止まった。

ホテルらしい。

エレベーターで2階に上がるとフロントがあった。

建物の外観そのまま質素な白いフロアーで、植民地だったと聞いた

せいか、かつてはどこかの国が所有していた事務的な建物かなと

思ったりしたがそれはわからない。

デスクで男の人と女の人が愛想なく対応してくれた。

その点はいつものアジアだが、驚きはその後に待っていた。

各人部屋を割り振られ、案内された自分の部屋を開ける。

するとワオ!

フロントとからは到底想像できないスタイリッシュな部屋が

そこにあった。

ヨーロッパではたまに、計算されたデザインのカラフルなホテルに

泊まることがある。

しかしこの部屋はそのどれよりも素晴らしいと思えた。

ヨーロッパはセンスが突出するあまり、特にシャワーなんか

部屋までびしょびしょになる場合があるが、この部屋はちゃんと

実用も加味してある。

日本はコンパクトで実用的だが、デザインでは決まり切った型から

けして抜け出さずはみ出さない。

上海は古い建物にこんな部屋を設けるなんて、

う~ん味な演出をするなと、チンを軽くパンチでなでられた感じだ、

なんかやっぱりすげえゾ上海。

数年前オーストラリアに行く時、乗り換え地の中国広州で飛行機が遅れ、

急遽広州市内のホテルに泊まった事がある。

ひとりひとりにスイートルームをあてがわされたのは嬉しかったが、

豪華な調度品はゴテゴテして大げさで、スタイリッシュにはほど遠かった。

丁度クリスマスシーズン前で、フロントにはサンタが飾られていたが、

孔子か孟子かがサンタの服を着ているようなデコレーションだった。

同じ中国でも上海は全く別物らしい。

 

そしてディープ上海。

天空に思いを馳せるが如く上に上に突き刺すビル。

夜になると紫の霞を周りに漂わせ、遙か下界を見下ろす。

その見下ろす下界にはいくつもの道があり、

その道もいろんな表情を持つ。

翌日ひとり歩いてみた。

昨晩ディナーをつきあってくれた上海の大学生ケー君が

「東京は綺麗だけど、上海は汚いでしょ」と歩く道を指しながら

オレに語りかけた。

その通り道は汚いが、高架下の壁にはポップな落書きが至る所に

あったりして、なんだかニューヨークのようだ。

朝っぱらから市場の様な商店街は活気があり、

店前に出してあるバケツには蛇、蛙などがうじゃっといたので、

ゲーと覗くと、いるか!?っという表情でバケツをオレの方に少し

傾けられたりした。

はは、なんかおもしろい。

ただ恐ろしい景色が平然と人行き交うビルの下にあった。

手首手足の無い老人が、下半身だけ布の様な物をつけ、うつぶせで

昆虫の様に動き物乞いをしている姿に凍り付いた。

彼らは自分でここまで来た訳じゃないだろう、

きっと誰かに連れてこられて物乞いをさせられているのだ。

ホテルのロビーで、派手な顔をした二人の女の人を見かけた。

二人とも目が大きくきつい。

こちらを見た目の奥に、こちらを伺う光がわずか一瞬だが針のように

キラっと見えた時、整形だと気がついた。

顔に入れたメスの傷は修復しても、まわりへの猜疑心は彼女達からは

一生消えないのかもしれない。

 

上海、北京でのライブは、ここでは詳しく述べない。

また話す機会もあるだろう。

ギターウルフはいつもの調子でぶっ飛ばした。

中国の対バンも素晴らしかった。

特に北京のパンクは、歴史が古く最初のパンクバンドは家族親戚共死刑

になったという本当かウソかわからない噂がある。

若者はみな社会に不満を持ち、丁度SEX PISTOLSが生まれる前夜の

ロンドンはこんなだったんじゃないかと思ったりした。

北京のスタッフとして新たに加わった中国人の女の子がいた。

「ハルカで~す!」

いきなりなぜハルカ?とみんなに疑問符を振りかけながら、

ホテルのフロントで少しおどけた日本語で迎えてくれた。

ハルカの由来は聞きそびれたが、彼女が決めている日本名らしい。

英語が流暢なので留学でもしていたのかと聞くとそうでなく、

言葉を学ぶ事が好きで、世界をよく旅していると話してくれた。

日本には来たことはないが、ただ日本語も勉強していると言う。

キュートな顔立ちをしながら頭が切れ、声としゃべり方、

立ち居振る舞いがすこぶるかっこいい。

彼女をいち中国人と結びつけるには難しいくらい飛び抜けた

国際的雰囲気があり、きっと彼女なら世界のどの場面に行っても

人の中心にいて、にこやかに笑顔を振りまきながら話すのであろう。

彼女は北京ライブの後、会社が手配した大型タクシーを走らせ、

暗い夜にいきなりネオンが燦然と輝く、千と千尋の神隠しに出てくる

ような3階建ての中華料理店に連れて行ってくれた。

すでに深夜で、お互いに明日が早いこともあり、

わずかな時間を卓で囲んだ。

最後に少し、そのハルカちゃんと立ち入った話をした。

反日だ。

「確かに私も反日教育を受けました、しかし今では反日教育ばかり行う

教師はだんだん虐げられています。これからは私たちで新たな歴史を

作るしかないのです。」

と言った後、「そう思わない?セイジ!」とニコッと笑顔で返された。

 

北京空港から成田に向け飛行機が飛び立つ。

真下には中国の大地が拡がっていき、来る時とは全く違う気持ちで

景色をながめる自分達がいた。

今まで思っていた感情が180度劇的に、しかも鮮やかに変わる感覚は

生まれて始めてかもしれない。

その感動は激しく嬉しく、興奮が冷めない。

あの爆発しそうな上海、北京パンク、そしてやはり中国人。

ああ、またこの国に戻ってきたい。

イエー、チャイニーズロック!

 

PSお世話になった中国人日本人スタッフ、来てくれた中国人日本人、

キンヤくん、キクちゃんのお兄さん、

たったひとりで果敢に乗り込んできてくれた女の子、

みんなありがとう!

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