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2014-08-19 12:35:50

【台風に寝る】

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【台風に寝る】





外から誰かが何度も何度も蹴っているようだった。

「それなのにあんたは!」と母親は少々怒り気味だ。

長崎の台風はいつもすごかった。

母親がいつも一人食いしばっていた記憶がある。

父親は、港湾関係の仕事で、これまた台風の時はそっちが大変で、

家どころではなかった。

どの台風も強烈な記憶があるが、ある真夜中、母親は一人格闘していた。

裸電球が、ぐうぐう寝る子供達の上で、大きく揺れ、

まるで怖いおとぎ話のように、影が右往左往する、

時にはそれも全く消え、闇の中で、窓ガラスの向こうの木戸を

母親は必死に押さえていた。

幼い中でも、唯一頼りになりそうなのは自分で、

「起きろ!」と怒鳴ったり、足蹴りしたが、

オレは気持ちよさそうに、すやすや眠っていたらしい。




小3で長崎を引っ越すが、それ以来、恐ろしい台風を経験した事はない。

各地で台風被害を被った人達には全く申し訳ないが、

それからは、割合気持ちの良い記憶が残っている。

小中高とクーラーの無かった自分の家では、夏となると、

毎晩うだるような暑さに、汗をムラムラさせていた事を思い出す。

だが台風となると、それが一気に解消した。

天空からの風が轟々と落ちてきて木の葉をヒューンと飛ばしていく。

ガタガタ言い出した窓に手をかけて、バーンと開けると、

いきなり風が勢いよくこっちの方に侵入してきて、

まるで全身を風の管の中に入れているようだった。

つい先日も、9階の自宅で窓を開けっ放しにすると、ビュウビュウ

風が突っ込んできた。

しかし音はすさまじく、そして時折吹き込んでくる雨で、

熟睡とまではいかなかったが、

その臨場感は、まさしく台風に寝ているようだと思った。

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2014-07-31 18:50:48

【ベルサイユの赤い暴走】

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【ベルサイユの赤い暴走】





ベルサイユを前にしてオレは少し躊躇した。

頭にひとつの言葉が浮かんだからだ。

タイムスリップ!

黄金の高く連なるたくましい柵の向こうで、ルイ王朝の巨大な宮殿が

時空への扉をわずかに開いて、こちらを見ていた。

夕方6時を回っていたが、夏時間で陽は十分高く、

4人の影を長く重ねながら、宮殿に対峙するという構図にはならなかった。




先日ベルサイユ宮殿を訪れた。

観光にはそれほど行くほうではないが、ベルサイユだけは一度見たかった。

今までチャンスがなかったが、今回たまたまパリで一日空き、

さらに、フランス人の友人のBPが、どこかへ連れて行ってくれると

言うので、すかさず「ベルサイユ」と答えた。

お昼2時の約束が、BPがホテルの階段を登ってきたのが夕方だった。

もう遅いからいいよと伝えると、ベルサイユは見といた方がいいと、

BPは車を走らせてくれた。




ヨーロッパの歴史は詳しくない。

しかしベルサイユとフランス革命には興味がそそる。

子供の頃、漫画ベルサイユのバラがはやったせいか、アニメ、漫画、

映画で、ベルサイユの話はよく目にした。

仮面をつけた剣士が、ベルサイユを舞台に活躍する話などだが、

最後は必ず、華麗だった世界が、一人の美女の獄門台で結末を終える。

正義であるはずの人々が自由を唱えながら、悪魔に化していくようでも

あり、いつも少し怖かった。

自分にとって、ロマンティックなかっこよさを感じながらも、

オカルトを覗くような気分にもなるのがベルサイユだ。




そのオカルトだが、ベルサイユには有名なタイムスリップの話がある。

1901年、二人のイギリス夫人が観光でベルサイユを訪れ、庭園を

歩いていた。

ある場所で、二人とも不意に気持ち悪くなる。

それでも歩いていると、すれ違う人たちの服装がやけに古いのに気づく。

尋ねてみると、言葉のイントネーションも今のそれとは違う。

そしてある庭園で、絵を書いている高貴な女の人を見た。

だがそこで兵士に追っ払われ、逃げるように歩くと、振り向けばその兵士は

いなく、気がつくと他の観光客のいる場所に戻ったというのである。

後の研究で、彼女達が見た女の人は、

幽閉されていたマリーアントワーネットであった。

彼女達はまさしく革命前夜のベルサイユを歩いたのである。

この話、自分の頭から離れない。




そして今回のベルサイユだ。

車で到着してベルサイユを見ると、思っていた雰囲気と違った。

数多くの人々の情念やら欲望がこのでかい建物にはち切れんばかりに

まだ存在し、建物はさぞ、巨大な幽霊屋敷のように見えるのではと

思ったが、外観は、意外にも現代的な美術館のようであった。

何らかの恐れのようなものを抱いてやってきた自分であったが、

観光客の多さから、あっさりと門の中に入りみんなと歩いた。

建物の横の通路から後ろ側に抜けると、もう園庭があった。

これも違うと思った。

もっとでかいはずだ!

10年程前、日光の東武ワールドスクエアーに行ったことがある。

広い敷地に地球上の建造物、遺跡のミニチュアが、ある一定の縮尺で

精巧に作られていて、ちょっとした地球一周旅行が楽しめる。

日本の建造物なんて、世界の建造物に比べればどれも小さい小さい、

ちょっと、がっかりした。

その中でもベルサイユは広大で、ひとつの都市のようだった。

貴族たちを収容する建物なのに、こんなに巨大なのかと

驚いたはずであったのだが。

後で知るが、見学しているのは王宮であり、

実際は、門の手前すべての町がベルサイユであった。




不思議の国のアリスのウサギが出てくるような庭園を横に見ながら、

中庭のプールのような池を脇を歩くと、庭園の端まで来て、

これでおしまいかと思った。

だがそこから降りるようになっていて、正面の遥か彼方まで園庭は

続いていた。

「でっけえ!」

声には出さないが、空を仰ぎ見ながらその下に目をやるみんなの表情が

そう言っていた。

そして3人が一様に自分の顔を見たので、これ以上自分の興味に

みんなを付き合わせるのをあきらめた。

このでかいベルサイユを、夕方のわずかな時間で見ることは不可能だ。

次回再び時間があれば、一人で来てみたい。

その時もし、一人の日本人が、ベルサイユの奥の庭園で行方不明になった

とのうわさを聞いたら、紐解いて欲しい、

ベルサイユの古い歴史書を。

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2014-07-25 16:31:52

【キュウリとクワガタ】

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【キュウリとクワガタ】




朝起きて虫かごを見ると、

中身がきれいにくり抜かれたキュウリが、転がっていた。

クワガタにキュウリをあげる事を誰に教わったか忘れたが、

長崎にいた幼い頃、

毎晩、クワガタの虫かごに、キュウリの端っこを斜めに切ったのを入れた。

すると、朝になると、きれいに外皮だけ残して中身を平らげていた。

最初それを見た朝、?マークがオレの頭に飛ぶ。

あのチロチロ伸ばすオレンジ色のベロは、

木の樹液をすするだけの役割しかなさそうなのに、

それが、キュウリをムシャムシャ食べるのだろうか?

しかも、クワガタはあんなに細く、フンもあるような、無いようなで、

もしかしたら何か違う昆虫が来て、代わりに食べたのかと最初思った。

それくらい、クワガタの胴体と同じくらいの大きさの物が、

毎朝きれいに消える事に、不思議な気持ちがあった。

虫かごは、二段ベッド脇の自分の机の上にポンと置いてあった。

カブトムシと違い、クワガタの夜は静かだ。

ある夜、目が覚めた時、二段ベッドの上から首を伸ばしてソッと見ると、

間違いなくクワガタがキュウリの上で、チュルチュルしていた。

それ以来しばらく、子供の頃は、キュウリが何となく苦手となった。




もちろん今では、キュウリの漬け物なんて大好きだ。

先日、調布の深大寺を初めて訪れた。

東京の大動脈のひとつ20号線からちょっとだけ外れた場所なのに、

まるで田舎の村のような雰囲気がある不思議なエリアだった。

「東京なのに」何度かそんな想いが頭をよぎる。

その参内にキュウリの一本漬けが売っていたのでそれを買って、

歩きながらかじった。

バリバリうまかった。

ちょっと蒸し暑かったので、買う前に、ソフトクリームを買うかどうか

少し迷った経緯があったが、食べてみると、

暑い時には、冷たい物よりこっちの方がいいじゃんか、なんて思った。

深大寺周辺にはそば屋が多く、そば屋の前には水車が回っていたりする。

小川が流れ、水車がキイキイ音を立てて回る。

その音を聞きながら、キュウリを食べるオレは、と言うか、

キュウリを食べるときはいつもかな、

また、あの夜のクワガタを思い出す。

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