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2017-07-13 16:39:57

【七夕マリア】

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【七夕マリア】

 

 

長崎は土地柄で教会が多い。

自分は市内の生まれだが、3歳の時に隣の諫早に引っ越した。

諫早には長崎ほど教会はないように思う、と言うか自分は一つしか知らない。諫早駅から川向こうを眺めるとみどりに覆われた急な高台があり、そこにひっそり十字架を見せる白い教会が建っている。

 

3歳で越してきた時、その教会に隣接するカトリックの幼稚園に入れられた。両親は山口県出身で、キリスト教とは全く関係ない浄土真宗であり、後に何度も出席するお葬式もすべて南無阿弥陀仏であったが、幼稚園のその一時期だけキリスト教的雰囲気の中で自分は育った。

 

幼稚園の門の上には、マリア像があった。

まるで走ってくる子供を迎え入れるように、両手を下に広げた白い石膏のその像は、ぱっと見、目がはっきり確認できないが、まなざしをこちらに向け、優しく微笑んでいた。

だが雨の日などふと見上げると、微笑みながら大粒の涙を流しているようで、少しドキッとしたことがあった。

 

園内に入ると、神に仕えるシスター達が数人いた。

その中でも一際やさしい笑顔を持ったおばあさんが園長先生だった。

普段の園内は、他の幼稚園とさして変わらなかったと思う。

ただ違うのは、年に数回、隣の教会でお話があることだった。

そこでされた話の内容はほとんど憶えていないが、ある日の話の後、

「これから皆さんにマリア様がイエスキリストをお産みになった馬小屋を見せてあげます」と言われ、それをみんなで見た事はよく憶えている。

子供達は祭壇に向かって、それぞれの席から真ん中の通路に向かって、ちょうど葉っぱの模様が真ん中の茎に向かっていくようにゆっくり合流していきながら、自分の順番を待った。その日は曇っていて、子供達は教会に入る時から浮かない気分だったが、でもだんだんわずかな期待感が厳かな気分と相交わりながら、ひとりひとり神妙な顔で列を進んでいった。

いよいよ自分の番がきた。

歩きながら、ややのぞき込むようにしたが、ジロジロ見ることができる雰囲気ではなく、祭壇に飾られたその小さな馬小屋の様子をわずか数秒見ることができた。

あったのは、ただの瀬戸物の人形だった。

なんだか拍子抜けだった。

シスター達の口吻から、何か飛び出る映像でもあるような気がしていたので、列を折り返すと全く興味は失せ、何の感想も持たず列の一人として教会を出た。

でもその後、なぜか度々思い出す。

あそこに飾ってあったマリアは、わらの布団に上半身を起こした姿で赤ん坊と抱く普通のお母さんだった。その笑顔も門の上のマリアとは少し違っているような気がした。

 

十字架のキリストと馬小屋のマリア。

なぜキリストは神様なのに十字架に杭でうたれているだろう。

ほんの少し首をひねるが、それ以上知ろうとは思わない。

杭で手と足をうたれるなんて痛そうだ。

知りすぎると、その痛みが少しだけこっちに来そうな気がした。

だがマリアは違う、馬小屋にいても美しく輝いている。

マリアは暖かく、キリストは寒い。

希望と絶望が同じ場所に!?

ひょっとすると幼児の自分は、無意識にそんな風に感じていたのではないだろうか。

今となってはわからない、でもあの頃、自分にとって教会は、ただシスター達に連れて行かれた場所ではあったが、普段の生活の中で唯一、別世界に連れて行かれた場所でもあった。

 

ある朝、雨が降っていた。

子供達の黄色い合羽が三々五々門をくぐっていく。

外履きを脱ぐ場所に行くと、天井から笹竹が自分達に被さるように垂れ下がっていて、たくさんの短冊が目の前にぶら下がっている、何だと思うとその日は七夕であった。

それぞれの願いが書いてあるその短冊には自分の短冊もあり、そう言えば昨日書かされたのはここに吊される為だったのかと思った。

話も聞かされている。

織姫と彦星が会う一年に一回の七夕の日、しかし雨の日は無情に二人の逢瀬を阻み、その降っている雨は織姫の涙でもあるという。

その時、ポツン、ポツン、笹をはじいて自分の顔に雨のしぶきがかかった。ふと門の上のマリア像を思い出した。

これはマリア様の涙かもしれない。

十字架に架けられたキリストへの悲しみの涙、すべての人に微笑みを与えながらも、雨の日だけ泣くことができる彼女の涙かもしれない。

この幼稚園にいて天上の女の人と言えばマリアであり、初めて聞く織姫という人は頭によぎりにくかった。

園内に上がると優しく笑みを携えたシスターが待っていて、脱いだ合羽をワイヤーに干すのを手伝ってくれる。その間に上履きに履き替え、自分のクラスに向かった。屋根ギリギリから少し斜めに吹き込む雨に片っ方の手を伸ばし、手のひらで雨を受けながら歩いた。

 

幼稚園を卒園してキリスト教とは全く縁遠くなったが、人間に地層があるとすれば、あの初期の一時期だけ、神聖な教会の白い地層が一筋、自分の中にある気がする。

 

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2017-02-25 14:33:15

【瘡蓋未来】

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【瘡蓋未来】
  カサブタミライ



ある冬の校庭の一画で、体操着の子ども達が体育座りで整列をしている
その前に立ち、男の先生が何か話をしていた。
遠く端っこに古い体育館が大きく見えるだだっ広い校庭の真上からは、

風がピューッと斜めに吹き降りていて、それがさっきから先生の髪を横になびかせている。

先生の話も風に吹かれてきれぎれに飛んでくるので、後ろの方に座って
いたオレはうつむいて、目の前にある膝小僧を右の中指の爪で
カリカリかいていた。
瘡蓋だ。

これを剥がすと痛い。

遊んでいる時よくひっかけて、一瞬「痛!」となりそこから汁が出たり

する。なので最初は用心したが、指の腹でなでたりしていると、

ザラザラ固く感触が気持ちいい、その模様は血が噴き出して固まり、

ちょっとした溶岩が流れた跡のようだ。

よく見ると、皮膚との間に微妙な隙間が出来ていた。

その隙間にそおっと小指の爪を入れてみた。

なんだかメリメリ剥がれていく気がして、さらに剥がすと、

あれ!?痛くないかも。

するとパカッと取れた。

剥がれた跡を見ると下には真っさらな白い皮膚があった。

怪我はこうして再生するのかとその時初めて知った。

 


中学の時、卒業の数ヶ月前に仲良かった友人とケンカした。

不穏な空気が流れ、終いには殴り合いの果たし合いでも起きそうになった

が、無事に二人は卒業した。

それ以来ずっとそのままになっている。

先日田舎で昔の友人の集まりに行った。

入口で自分の名札と参加者の名前が記された座席表をもらった。

「やあ!」と懐かしい顔に挨拶しつつ座席表を眺めると...ある!彼の名が。

周りで談笑する輪の外に目を懲らし確かめると、いた!たぶん彼だ。

オレはすぐさま歩み寄り握手を求めた。

みずみずしい気分になり、真正面で目を合わすと彼もすかさず
握手に応じてくれた。

久しぶりの対面に感情がせり出してきて、彼の中学時代の呼び名を叫ぶように口にだした。

すると、ん!?

空気が少し変わり、彼はキョトンとしている。

その直後、「なんか勘違いしちょーへん?」とは、目の前の彼の言葉だ。

名字は同じだが、彼ではなかった。

確かに握手した時、随分顔が変わったなあと思ってはいたが。

ハハ、完全にオレの勇み足、だがあの瞬間、心の中に小さく張り付いて

いた固い何かがポロっと剥がれた。

彼への挨拶はいつかの次回に期待しよう。

 


先生の号令で、子ども達は立ち上がり、

指で瘡蓋をつまんだまま、お尻の泥をパンパン両手ではらった。

空からの風が目の前を吹き、体育帽からでている髪を凪ぐ。

目をこすりこすりしながら瘡蓋をポケットにしまった。

「また破けたりしないかな?」

膝小僧に現れたまだ弱々しい赤ちゃん肌を少しなでて、

進む先生の元に駆けていった。
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2017-01-09 18:16:39

【宇宙と正月】

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【宇宙と正月】




元旦の朝まだ暗いうちに実家の近所を軽く走った。

実家は宍道湖という大きな湖を見渡せる丘の上の団地の中に建っている。

湖の手前には、視界の右から左に堤防が連なっていて、その堤防の上を

湖北線と言う松江と出雲大社をつなぐ国道が走っている。

堤防下から実家の丘の間は、田んぼが広がる盆地で、オレは実家に帰ると

その田んぼ道をよく走る。

 

 

 

昨日のお昼に東京から新幹線に乗りこちらに着いたのは夜だった。

大晦日だから自由席もそんなに混んでないかと思ったが、そんな甘い観測
はとんでもなく、やっと座れたのは伯備線の伯耆大山駅からだった。

松江駅に妹が迎えに来てくれ、実家の玄関をただいまと開け

母親からほら喰えと出された食事を食べると9時にはウトウト辛抱できな
くなり、
敷かれた寝具に滑り込むと目を覚ましたら元旦の朝だった。

まだ暗く、みんな寝静まっている。

天井を見上げて目をパチクリさせるとふと思った。

「朝日が拝めるかも」

布団からゆっくり出てジャージに着替えると

シューズに足をトントンさせ、家の玄関をツーッと閉めた。



 

元旦の暗い朝にこんな所を走っているなんて!

毎年元旦の朝はいつも布団からゆっくりで、髪の毛がはねた頭であくび顔がでっかいはずだが、少しブルッと震える外の空気に身を置くのは新鮮だった。

ちょっと右の股関節を痛めていて歩いているのと大して変わらない。

それでも堤防下まで来ると、角の溜池を曲がり、今度は堤防沿いの田んぼ道を走った。

頭上を走る車はまだ少なく、その代わり空が少し明るくなってきていた。

朝日の先っぽらしき光が堤防の上から飛び出している。

年末はいろいろあってバタバタだった。

でも気づけばこうして新年だ。

正月というのはやっぱりいい、節目って言うのは大事だ。

だけど、あの朝日浮かぶ宇宙空間はどうなのだろう?

暗い空間で、無限に近い無機質な時間の流れがあるだけなのだろう。

そんな場所で生きたらどうなのだろう?と頭をよぎった瞬間ウウっと首を
振り、とんでもない、まっぴらごめんだと思った。

節目のない時間の中で生きたら人間はきっと狂うだろう。

一年一年に区切りをつけたのは人間の偉大な発明に違いない。

でもまてよ!将来人類が宇宙に進出して、その星々で地球の暦を使い出し
たら!?
今の正月と同じ時間に宇宙のどこかで正月を迎えている。

それも素晴らしいかも知れないなんて思い巡らしていると、
いきなり背中がゾワッとした。

誰かが迫ってきている様な気がしてすかさず振り向くが誰もいない。

「ははあ~!また来たか」とは数年前の事だ。

数年前の冬の夕方、この場所でフードを被ってうつむいて走っていると

フードの視界にいきなり足が見えたと思ったら誰かとすれ違った。

日は暮れかけていてこんな場所で誰だろうと思いすれ違いざまに振り返る
と、
いきなりギョとする程遠い場所におじいさんが立っていて
こちらをジッと見ている。

オレ今なんか変なのを見てるなあと思うと案の定、視界からおじいさんは
ヒョンと消え
気がつけば辺り一面田んぼだけだった。

頭上では国道を走る車が次々とヘッドライトを点けてビュンビュン飛ばし
ているが、
そことここは別世界だ。

再び走ると背中がゾワっとしてくる、どうも付いてきているようだ。

やれやれと振り返りその辺りを見据えて「バカヤロウ!付いてくるんじゃねえ!」と怒鳴った。

数度振り返りメンチを効かせそのまま走り去ると背中のゾワゾワは消えていた。



 

「あのじいちゃんかな?」また怒鳴って退散させようかと思ったがやめた。

今日は正月だ、しかも元旦なりたてのほやほや。

振り返り誰もいない田んぼ道に向かってでっかく話した。

「今日は2017年正月、あけましておめでとう、

ここにいるのもよしだけど、時間はどんどん過ぎて行く、

これからどうするかも勝手だけど、とにかく新しい年になったよ。」

そのままゆっくり背中を見せて立ち去った。

田んぼを抜け家の丘の坂を登っていくと途中に一畑電車の無人駅がある。

そろそろ電車があるのか、数人が坂を下りて来ていた。

見知らぬ人だが、あけましておめでとうございますとお互いに頭をちょこっと下げる。

すっかり辺りは明るくなり、遠く宍道湖の上の昇りたての朝日がまぶしかった。


 

ちょっと遅くなったけどあけましておめでとう!
みんなにとって素晴らしい一年になりますように。

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