【書籍】 『耳こそはすべて』 ジョージ・マーティン著 | 自然と音楽の森

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自然と音楽の森-Sept22GeorgeMartin


◎ALL YOU NEED IS EARS

▼耳こそはすべて

☆George Martin

★ジョージ・マーティン (吉成伸幸/一色真由美 翻訳) 河出書房文庫

first issued in 1979


 今日はCDではなく書籍です。

 音楽に関する本も、話題になるものであれば取り上げてゆくことにします。

 映画もそのうちに。


 ジョージ・マーティンがいなければビートルズはビートルズたりえなかった。

 僕はそう思ってきましたが、この本を読んでそれがよく分かりました。

 誰でもいいわけではなく、ジョージ・マーティンでなければならなかった。

 

 この本は1992年に文庫として出たもので、僕は、記憶があやふやだけど、東京にいた頃にどこかの書店で見つけてすぐに買いました。

 (書いていて思い出した、浅草ROXのリブロだった気がする)。

 しかし、読んだのは今回が初めてで、実に20年間、ずっと、棚の埋め草になっていました。

 ページは全体的にやけ気味ですが、帯がついていて意外ときれいな本です。


 原書は1979年に書かれたもので、もう33年も前のことですが、内容に古さは感じません。

 なぜなら、僕がよく聴く音楽が60年代から70年代だから(笑)。

 さらにほっとするのは、1979年、ジョンがまだ生きている頃に書かれているために、ジョンに対して不必要なまでに感傷的になっていないことです。

 まったく普通に書かれている。

 生きている人なのだから当たり前のことでしょうけど、ジョンの死後に書かれた本がほとんどといっていいほどの現在において、この視点が実は結構新鮮に映り、それゆえに気楽に読むことができました。

 でもそれはあくまでも副産物。


 この本は、1980年にクイックフォックス社という出版社から出ていた本を1992年に文庫本にしたものですが、その出版社は今はもうないですね、少なくとも僕は聞いたことがない。

 さらに、2002年に、河出書房新社から、「ビートルズ・サウンドを作った男」として、単行本で出直していましたが、僕はそれは知りませんでした。

 しかし今では文庫、単行本とも絶版状態のようで、Amazonの古本価格が文庫が2200円、単行本が3440円より、となっています。


 ビートルズのことが知りたくてこの本を買ったのは間違いのないことですが、実際、ビートルズのことを書いてあるのは半分もないくらいです。

 予想外のことでしたが、でも、だからといってつまらないわけではありません。


 むしろ、だから面白い。


 帯に書かれているジョージ・マーティンの文章を書き出してみると、これがどんな本であるか、察しがつくと思います。


「1950年、この年は私がレコード産業に入った年であり、同時にエレクトロニク・テープによる新たなレコーディングの時代がまさに始まろうとしていた年だった。私は幸運だった。次のデジタル・レコーディングの時代までの25年間が、そのまま私の人生だったからだ。その意味でこの本は、エレクトロニク・レコーディング産業の歴史なのである。」


 つまりが、録音技術についての変遷が書かれた本なのです。


 ところがですね、僕はこう見えて(どう見えて?)かなりのメカ音痴で、書いてあることを理解するにはなんとか至ったのですが、それを自分の言葉でここで説明するのはちょっと難しい。


 それでもなんとかやってみると、最初はSP盤で直接レコードにカッティングしていたものが、マーティンがEMIに入社した直後にテープによる録音が始まり、ステレオになり、ビートルズが出てきて4トラック・レコーディングになり、ビートルズ後期に8トラック、1970年代になって24トラックになった。

 それをマーティン自身の言葉で事細かに説明していて、音痴の僕でもよく分かりました。

 

 スタジオの音響についても説明が詳しく、スタジオの広さ、高さ、形状、壁などの材質、クラシック向きかロック向きか、といったことにまで話が及びます。

 録音時のマイクの置き方、角度など、スタジオの音についてはほとんどのことに言及しているのではないかというくらい。

 

 ジョージ・マーティンという人はきわめて理知的で、科学者的な目を持ち、分析能力に優れていて、意見をまとめる能力もあるし適応力も高い、人として素晴らしいと読んでいて思いました。

 僕はマーティンを半分冗談で「先生」と呼んでいて、ビートルズにとっては先生のような存在で、ビートルズの思いつきを形のあるものにしてゆく上では欠かせない人だとは分かっていましたが、ここまで凄い人だとは、申し訳ない、思っていなかった。

 だから、ビートルズはジョージ・マーティンがいなければ、あれだけの音楽は残せなかった、多分4枚目くらいで終わっていただろう、という思いをあらたにしました。


 もうひとつ意外だったのは、ジョージ・マーティンはお金に細かいことです。

 EMIから独立してAIRスタジオを作る話では、社員に対する給料など細かな金額にまで話が及んでいて、そこまで書いていいのかと思うくらい。

 経営者としても能力があるのでしょうね。

 

 ビートルズが大成功を収めて、ジョージ・マーティンには幾らお金が入ったか、というのは誰しも興味があるところでしょう。

 ほとんどゼロだったそうです。

 というのも、マーティンはあくまでもEMIの社員であり、会社の仕事の一環としてプロデュースをしていたまでで、会社からもらう給料、あまり高くない、それだけだったと。

 ビートルズについてアメリカに行ったりということは会社のお金で出来たようですが、プロデューサーにもいくばくかのお金が入るべきだという考えが独立したいという思いにつながったようです。

 あの忌まわしいビートルズのアップルのごたごたを冷静に外から見ていて感じたことを書いていて、それは一見すると冷たいように感じるけれど、EMIのいち社員であった以上は仕方のないことなのです。


 ただし、間違わないでいただきたいのは、お金にうるさい、お金に汚い、ということでは一切ありません。

 本文で、お金はもらっていないけど、ビートルズの素晴らしい作品を一緒に作れたことは誇りであると書いています。

 お金の話はあまり気分がよくないことがままありますが、ジョージ・マーティンは必要なことをその通りに冷静に書いているだけで納得ができ、読んでも嫌な気分にはなりませんでした。


 そもそもプロデューサーというものが注目されるようになったのが1970年代に入った頃で、しかも意外なことに、世の中がそういう流れになった後で、「あのビートルズのプロデューサーだったジョージ・マーティン」という敬意を持った見られ方をするようになったということです。


 つまりいずれにせよ、ビートルズを通して、プロデューサーの地位を高めたのもジョージ・マーティンの役割だったということです。


 意外なことはさらに続きますが、この本をジョージは、これから音楽プロデューサーになりたいという人に捧げる、その人たちのテキストのつもり、という姿勢で書いていることです。

 1979年頃になると逆にアーティスト自身がプロデュースをすることが多くなり、デジタルレコーディングも始まって時代が変わろうとしているけれど、基本的はことは変わらないはずだと説いています。


 ジョージ・マーティンのもうひとつのロック界への貢献は、カリブ海のモンセラット島にAIRスタジオを作ったことでしょう。

 彼は、無謀にも、船にスタジオを作りたいという夢を抱いていて、一度はほんとうに船を探すところまで話が進んだのですが、プロデューサーとしてはやはり音には妥協はできず、船のスタジオは断念しました。

 その代わり、カリブ海の美しい島に絶好の場所を見つけ、スタジオを作り、ザ・ポリス、ローリング・ストーンズ、ピンク・フロイドをはじめ多数のアーティストが録音に使った結果、ロック界でも有数のスタジオとなりました。

 ただ、そのおかげで、マーティンは当初は自分が映画音楽などの作曲に使いたくて作ったはずが、他のアーティストの予約で埋まってなかなか自分が使えないと嘆いていました(笑)。


 この本を読んで、ビートルズに対しても漠然と感じていたことがよく分かりました。

 それは、保守的な部分と前進的な部分のバランス。

 技術革新で新しいものが次々と現れるけれど、音楽は基本は人の心、失ってはいけないもの、守るべきものもある、それは音楽に限らず世の中全般についてもいえること。

 ビートルズの音楽を聴くと僕はそれを強く感じてきましたが、やはりそういう考えの人がプロデュースをしていたのだから当たり前だったんだと分かりました。

 

 ビートルズの話も少ししましょうか(笑)。


 1962年、ビートルズが初めてPARLOPHONEのオーディションに来た時のこと。

 緊張する4人に向かって、ジョージ・マーティンは、何か言いたいことがあれば何でも言ってくれと話したところ、ジョージ・ハリスンがこう言いました。

 「あなたのネクタイが気に入らない」

 それを聞いたジョンとポールは、まるで中学生のように相手の肩を叩きながらひゅーひゅー言って喜んでいたのが、マーティンが見つめると神妙な顔つきになった、ということ。

 しかしマーティンは、それがあったからこそ、この子たちはカタにはまらない魅力があると、直感した、というよりははっきりと分かって4人が気に入った、ということでした。

 ちなみに当時は、他のどの会社もビートルズは不合格になっていて、あまり見込みがないと思われていたのですが、マーティンにはそんな偏見のようなものがなかったということです。

 ここにも、人間としての在り方について考えさせられるものがありますね。


 当時はクリフ・リチャードが大成功して、ジョージ・マーティンもポップスでもっと成功したいという意欲があったところに、ブライアン・エプスタインと出会い、ビートルズを聞いて、これはいけると直感したそうで、タイミングもよかったのでしょうね。 

 なお、マーティンは、基本はアーティストに任せるけれど必要と感じた部分は積極的に口を出すというタイプであり、個性を見極めた上でどれだけそこを伸ばせるかに尽力する、そういう人であることも分かりました。


 お金の話に少し戻りますが、ジョージ・マーティンは、売れなくてもいい音楽が作れればそれでいい、とはまったく考えていませんでした、少なくともこの本が刊行された頃までは。

 むしろ、いかに売るかだけを考えていたといったほうがいい。


 売れたからいい音楽、売れないからよくない音楽、或いはその逆、という考えは、僕も音楽を聴いてきた中で、必ずしも関係があるものではないことは理解したつもりだし、他の人の音楽の趣味についてはもちろん何を言うでもありません。

 でも、僕はビートルズの後でビルボードのチャートを中心に音楽を聴いてきたので、マーティンの、売れなくてもいいとはまったく思っていないという考えは、まったくもって素直に理解し納得し共感することができました。

 ポップソングから自分だけの意味を見つけるのが好き、というのが、僕の音楽に対する心の在り方です、一応念のため。


 ビートルズの話ですね(笑)。

 SGT. PEPPER'Sの録音については1章を割いていて、やはり録音技術的にも革新的なアルバムだからそれは当然のこととして読みました。

 そのセッションで最初に録音したのが、結局はアルバムには収められなかったStrawberry Fields Foreverでしたが、これはテンポとキイが違う2つのヴァージョンをテープ操作でつなげたものであるのをこと細かに説明していて、なるほどと。

 ジョンは4人の中でいちばん技術的なことに関心が薄くて、例えばこの曲の場合、後半をこんな風にしたいというイメージだけをマーティンに告げてあとはすべて任せてしまい、出来上がったものをジョンに聴かせると納得してくれた、という話も興味深い。

 だから、ジョンはソロになって自分で「プロデュース」していますが、技術は完全に誰かに任せていたに違いない(笑)。


 ビートルズといえばダブルトラック・レコーディング。

 よく聴くと、特にジョンのヴォーカルはたまにずれているのが分かりますが、ジョージ・マーティンは、ずれているからこそ響きが面白いと書いていて納得しました。

 歌は気持ちを表すものであり、基本的には1回ごとに違うのがむしろ当たり前だから、細かい部分を合わせるために、その時の気持ちを押し殺して合わせるほうがかえって不自然ですよね。

 ポールはダブルトラックを合わせるのがやっぱりうまかったそうで、それも納得。

 さらには、バリー・ギブと仕事をした時は、バリーは完璧主義者でダブルトラックの録音は「困った」と書いていました。

 でも、While My Guitar Gently Weepsのジョージ・ハリスンは、やっぱりずれすぎだろ、と思ったり・・・(笑)・・・

 

 ビートルズの話は書き出すときりがないのでもうやめておきますが、マーティンは最初はビートルズの中でもかなり重要な立場だったのが、SGT.の頃からだんだんと4人、特にジョンとポールとの距離ができてきたことを感じていたそうです。

 まあ、そうでしょうね。

 ただし、最後まで敬意をもって接してくれたことには感謝していました。


 ビートルズとの事実上の最後の録音は、そう、8トラックで録音されたABBEY ROAD。

 僕は、今でも、僕が聴いた中でいちばん音がいい、物理的な音の響きが素晴らしいアルバムはABBEY ROADであると信じています。

 マーティンは、ロックであれば24トラックまであれば十分で、それ以上の必要性を感じないとも書いていましたが、8トラックだとまだまだ足りないけれど、でもそういう信念がある人だからその音が素晴らしいのはやっぱり必然だと思いました。



 結局はビートルズ中心に書きましたが、レコード産業における音楽についての理解度が深まったというのが、読後感としていちばん強く残っています。

 今後は、他のアーティストでも、どうしてこういう音なのか、を考えながら聴くのも楽しくなってきました。

 まさにタイトルのごとく、聴くことに意味がある。


 ビートルズなんか見るのも嫌だというのでもない限り、レコードに(今はCDだけど、さらにネット配信もあるけど)録音された音楽を聴くことが好きな人であれば、目から鱗、面白くて楽しくてためになる本に違いありません。

 ただ、入手しにくい本ではありますが・・・



 ちなみに、僕は読むのが遅いので、少しずつ読んで3週間かかりましたが・・・

 500ページ近くありますからね。

 でも、新たな発見や興奮が次々と味わえて、少しずつ読み進めるのが楽しい本ではありました。


 

 ところで、この本のサウンドトラック盤ともいうべき5枚組CDボックスセットが出ています。


 PRODUCED BY GEORGE MARTIN 50 YEARS IN RECORDING


 クラシックや劇それにコメディなどを録音していた1950年代から、ビートルズを経て、アメリカ、ジェフ・ベック、ウルトラヴォックスなどなど、ジョージ・マーティンが関わった楽曲が5枚のCDに収められています。

 今回は聴いていないので、またの機会に、CDとして紹介できればと思います。

 


 そしてたまたまですが、「プロデューサー・ジョージ・マーティン~ビートルズを完成させた男」という映画が、限定ですが劇場公開されるというニュースに、つい先ほど接しました。

 僕はそのことはまったく知らないでこの本を半月以上前から読んでいたのですが、いい偶然ですね。

 映画は、DVDになったらすぐに買って観よう(多分札幌では公開されないだろうから・・・)



 本については、基本的には音楽に関係あるものを取り上げるつもりです。

 でもそのうち、話の中に実在する曲が出てきたとか、拡大解釈するかもしれない。

 さらにいうなら、まったく音楽とは関係ない本も、もしかして・・・