ガダルカナル戦書籍一覧


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マタニカウ川のちょっとした惨事よりつづき

マタニカウ川上流のマイケロ氏宅より一度ホテルに戻り着替えを終え、歩兵第十六連隊最後の戦友会長であられた故長谷川栄作さまの壕跡地を探してみた。

以下、過去記事
長谷川壕
長谷川壕 その二

上掲の二つの記事の後、長谷川さまとの最後の会話となった「小川より沖川へ向かい西方500メートル山沿いの大木の下が壕の位置であった」のお言葉通りに辿ってみることにした。

まずはキングソロモンホテル近くの小川を基点として西方へ


自分の歩幅は80cmなので凡そ600歩ちょい


小川より約500m付近の一番大きな木で該当した大木

砲兵台麓の「山沿い」も一致する。


宅地造成の際伐採された可能性も高いが、現存しているとすると此の木の下に長谷川壕があったことになる。


昭和十七年十月三十日より昭和十八年一月十五日までの二ヵ月半海岸線を守り抜いた長谷川壕の位置は間違いなくこの一帯である。


帰国後、新発田連隊史で位置を再確認してみる。
二ヵ月半の持久戦を経て米軍の進攻を受けた昭和十八年一月十五日の要図である。

長谷川准尉は第一大隊指揮班であったので↑要図の第一大隊位置と「小川より500メートル西方」の証言が一致する。


こられの証言と資料、そして現在の現地の状況を加味してグーグルアースに書き込んでみると・・・

赤丸、大木位置、概ね一致していると思われる。

故・長谷川さまの証言では小川から沖川にかけて多くの蛸壺があり、その蛸壺がそのまま墓穴となって戦友の方々が白骨化していったと仰られていた。

宅地造成の際、多くの御遺骨があったのではないかと想像するが纏めて一箇所に埋葬し直したという証言を耳にすることが出来なかったことから、そのまま今も建ち並ぶ建物の下に細かく散らばり眠られている可能性も否定出来ない

歩兵第十六連隊・長谷川准尉の記録 → 蛸つぼに拠って

昨夏、冥府の陣地へ旅立たれた小川の陣地最後の証言者・長谷川栄作さまのご冥福を祈りつつ

此の地で果てられた御英霊の御冥福を祈念し・・・合掌

つづく

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歩兵第十六連隊 連隊本部 最後の人事係 准尉  長谷川榮作さまのホームページ
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冥府の戦友(とも)と語る
お立ち寄り戴けましたら幸いです。



新発田歩兵第十六連隊の兄弟部隊である高田歩兵第三十連隊の従軍記録等を公開されているウェブサイト

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石坂准尉の八年戦争さま
と相互リンクさせて戴きました。



平成24年9月8日 日本青年遺骨収集団さま主催による ガダルカナル島「丸山道」自主派遣隊 の皆様がガ島御遺骨収集をされ7柱の御遺骨をお迎えされたそうです。
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○原発関連情報○

独逸天気予報より →  放射能予報

文科省発表 → 全国放射能濃度一覧

武田邦彦教授の → ブログ




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