関西なまりの夫婦に「ありがとう」といわれた。
ありがとうは私の胸を突き破り、羽毛のような柔らかいもので私の中心をくすぐった。
瞬間、全身が天井にむけて吸引され、あやうく圧縮布団になりかける。
去り行く夫婦の背中にただの一礼しか出来なかった。
30代後半位の若い夫婦だった。
静かで優しいありがとうだった。全てを赦してくれるありがとうだった。
その強さに涙が出そうになる。
何年か前、一人、バイクで沖縄を旅したことがある。
その時、現地で知り合った地元の人に「誰も知らない砂浜」に連れて行ってもらった。
ていうか、「誰も知らない」って、俺が行ったら、「俺も知ってる」になるじゃん。
さらに言うなら、あんたは俺より前に知ってんだから正確には「アンタだけが知ってる」じゃないの?
と心の中で激しく、日本海の白波のごとく突っ込んでいたのを思い出す。
着いた砂浜には人影がなく、透明で底が見える海と、星形の白い砂、琉球の風だけが吹いていた。
さっきまでの雑念を洗い流すように波の音だけが響く。
その砂浜で大声を出し、騒ぐ私をその人は満足そうに見ていた。
興奮の混じった感動だった。
あの人にありがとうちゃんといえたかなあ。
夫婦のありがとうは、人間の持つ精神に対する畏敬の念を私にくれた。
まだまだ、見てない景色はたくさんあるようだ。