「あ~、はいはい」と松岡は言った。
「篠原さんのところの、娘さんね」
国道沿いのファミリーレストランは、夏休みに入ったからなのか、学生と思われる若い客層でごった返していた。いつも集まる時間は夕飯時とかぶるので、店内がすいているということはあまりなかったが、ここまで混んでいることもなかった。あきらかにいつもよりうるさい。
「ったくガキ共はうるせーなー」
広谷は皿に着いた米粒をフォークでかき集めながら言った。
「夏休みになると浮かれちゃうんだろうね、羨ましいよ本当に」
「何言ってんだよ、フリーターなんて一年中休みみたいなもんだろ」
松岡は烏龍茶を一口飲んだ。
「いやいや、明確に休みですよ、って言われたいわけ。完全に守られた状態で」
「別に学生だって完全に守られているわけじゃないですよ」
まだ学生である藤金はつい口を挟む。
「いやいや、違うんだって。これは感覚的な問題だから、説明しようがないんだけど、違うんだよなぁ」
「はいはい、そうですか」
不毛だと思い、藤金はバッサリと切り捨てることにした。
「でも、ホントいつもの感じと全く違うんだよな」
「ま、いつもが静かってことでもないけどね」
松岡の呟きに広谷が答えた。
「いや、この店のことじゃなく」
「あ~、はいはい、その女の子のことね。って言うかよくわかったね」
「たまたまです。たまたまそのお店に行ったら、知人がいて、その知人がお店の人と知り合いで、さらにお店の人とその女の子が知り合いだったんです」
かなり端折ったが、だいたいこんな感じだろうと藤金は思った。経緯は問題ではない。それよりも彼女が誰だったのか、という部分が重要なのだ。
「幼馴染というと、少し印象が違うんだけど、近所に住んでて顔見知り程度って感じ。小さかった時に少し遊んであげたことがあったかもしれないけど、忘れちゃったよ。むしろ親父さんとかのほうが知っているかもな」
「で、別に松岡の追っかけとかそういう事実はないわけだ」
「無いですね」
藤金の言葉を聞いて広谷は鼻で笑った。
「おい、別に俺は何も言ってないからな。お前らが勝手に言ってただけだろ」
「とかなんとか言っちゃって、少しは期待してましたよね~」
茶化す広谷に藤金はただ笑っているだけだった。
あの時、アブディエルで藤金は篠原と少し話した。その場には篠原と同じ年の相馬莉緒と言う子と、宇佐美魅羽という子もいた。3人は同じ高校の同級生で、宇佐美だけは転校して別の学校に通っているとのことだった。その辺の事情は詳しく聞かなかったが、宇佐美がアイドルボックスのメンバーであるということは、樺沢の事を調べた時に知っていたので、芸能活動をするために転校したのではないかと藤金は思った。
藤金が松岡の彼女ではないと話すと、篠原は「そうなんですか」と言ってから、「じゃ、可能性が無いわけではないのか」と呟いた。
「だ、だめだよ」
思いの外強く出てしまった言葉に自分でも戸惑いながら、藤金は「いや、ダメではないんだけども」と口ごもった。
「ちょっと、どういうこと?」
相馬は篠原に言った。「篠原には横井がいるでしょ」
「横井は関係ないだろ」
「なんでやんすか、横井くんて、サッカー部の横井くんでやんすか」
宇佐美は変な語尾を付けて話す。調べた時、タレントのキャラ付けかと思っていたが、普段もこういう喋り方で驚いた。
「横井は宇佐美がいいんじゃないかな」
篠原は俯きながら言った。
「それはアイドルとしての宇佐美だろ」
「アイドルはツライでやんすね」
「慣れるな。お前そんなキャラじゃないだろ」
「松岡さんて」と篠原は言った。
「松岡さんて結構素敵な人なんだよね。私なんか相手にしてくれないだろうけど、私が心を許せる数少ない男の人の一人」
この展開はまずいなと藤金が思ったところで、相馬が言った。
「ちょっと綺麗になったからってガッツクナヨ」
「そういうんじゃないって」
近所のお兄ちゃんに密かに憧れちゃうパターンね、はいはい、そういうのあるある。
藤金は思った。とりあえずこの件に関しては、無かった事にしよう。
今回も特にこれと言って特別なことはなかった。早番探偵倶楽部の活動はいつもこうだった。しかしとりあえずこの件については、これで落着としようと藤金は思った。
「恋愛って難しいな」と藤金は呟いた。
雑然とした店内に充満する、若者たちの笑い声にその言葉はかき消された。
松岡を見てため息をつく藤金だったが、2人は気づかずにまた不毛な言い合いをしていた。