第二十四どんとこい 「横しぐれ」 | ナメル読書

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時にナメたり、時にナメなかったりする、勝手気ままな読書感想文。

「横しぐれ」(丸谷才一、講談社文芸文庫)


こんにちは てらこやです。


脳外科手術ってあるじゃないですか。てらこやは幸い受けたことはないのですが、たまにテレビで放送されるのを見ることがあるのですね。脳外科の先生が映像を頼りに、特殊な器具で施術を進める。詳しいことは知らないし、間違っているかも知れませんが、あれは数ミリ、あるいはもっと小さな単位での作業でしょう。細やかで確実な、かつ集中力と根気とを使う作業であることは間違いありません。


脳内映像を見るとそう思うのですが、一方で、手術を受けている患者さんがいざ映されると、やはり、えっ、となってしまうのですね。モザイク処理はされていますが、開頭しているか、頭に穴が開いているかしている。やっぱり瞬間的には、こんなことして大丈夫なの、と感じてしまいます。医学の持つ大胆さというか、糞度胸を目の当たりにするのはこんな時です。


いちいちの作業は精密なくせに、総体で見ると恐ろしく大胆な、もっと言ってしまえば常識に反しているようなことを平然とやってしまっている、そうした対極の面を併せ持っているかのように見える点が医学にはあります。もちろん、そう見えるのは私たちが素人だからで、医学の側からすれば、頭を開くことだって理を尽くしてやっているだけで、そこには確かな知が基盤として在るわけです。もちろん、その知を獲得する過程でずいぶんと血なまぐさい歴史があったにせよ。


てらこやは中学生くらいの時に丸谷才一を知りました。よく覚えていませんが、多分清水義範によるパスティーシュ(パロディー)作品を読んでから、逆さまに丸谷才一の本を手に取ったのではないかと思います。評論・エッセイから読み始めました。小説も手にしたのですが、裏表紙の概略を読んで、これは大人すぎると止めました。


はじめはよく分かりませんよ。当然ですね。文学・歴史のことなんて教科書程度も知らないし、まして風俗・人事に至っては、そんなこと、中学生で知っている方が気味が悪い。分からないのがもっともなこと、知ったかぶりは止めましょう。


しかしそれでも2冊3冊と読んでいったのはなんなんでしょうね。背伸びをしたかったのがひとつ、書き手の語り口が巧いのがひとつ、知といっては堅苦しいけれども、知というしかないものを感じたのがひとつ、それでいて書き手がどうやら意地っ張りで、自身は全然大人らしくないぞとおもしろかったのがひとつ、といったところでしょうか。


で、こちらもいつの間にやら年を重ねて、少しは本も読んだし、曲がりなりにも社会というところに出たし、という段階で丸谷才一を読むと、その大胆さに気がつくわけです。もちろん、それはさきほどの医学と同じく、理に反しているようでちっとも理に反していない、むしろ丁寧に理を尽くしているのだけれども、それでもやっぱり理を覆しているかのように見えてしまう。そんなような大胆さが分かるようになるのです。(もちろん、やっぱりレベルがおかしいから、実はずいぶん言葉巧みに騙されているような気もする。それはそれでかまわないのだけれども)。


そして、大人になってから小説を手に取りました。「輝く日の宮」をはじめ長編であったり、「樹影譚」をはじめ短編であったりです。「樹影譚」だけは少し端に置いておいて、小説は大人になってから読むべきだなと思います。いや、こどもが読んでもちっとも構わないのですが、あの身に染みいるところはちょっと掴めないだろうと思います。


いやいや、偉そうなことを書きましたけれども、今だって、世の中ってこういうもんですよと作者がウィンクしている部分には、分からない、というか我がこととして感じられないところもあるのです。この辺はその内分かるようになるのでしょう。つまりまあ、言いたいのは、多分一生楽しめるんじゃないかなあ、ということです。


講談社文芸文庫「横しぐれ」には、4つの短編が収められています。てらこやは表題作と「だらだら坂」が気になりました。「横しぐれ」は、なぜ主人公が、父(とその友人)と山頭火との接触にこだわるのか、読書中気になりましたが、それはこの文庫の解説で池内紀さんが取り上げています。気になる方はそちらをお読みください。


「だらだら坂」はほんとうに短い枚数の作品。東京に出てきた主人公が、虎の子の仕送りを手に下宿を探しているときに恐喝に遭う、という話です。それを撃退してしまうのですが、この時主人公は、凶暴なる社会を発見するのではなく、その中でやっていけてしまうような自分を発見して「楽しさと不快感とがいりまじった」興奮を覚える。短い作品なので非常にシンプルですが、社会に敗れるわけでも、また距離を置くわけでもない、実際にはよくいるのだけれども、小説に書くと斬新に見えてしまう人物を描いています。


横しぐれ (講談社文芸文庫)
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