小さな雑木林の中に、1本だけ
大きな大きな木がありました。
その木の下に、小さな男の子がいます。



オチつき大五郎え日記


服装は、ところどころツギハギで、
何で汚したのか、汚れまくっているし、
髪はボサボサ。
何を描いているのか分からないけれど、
広告のチラシの裏に、
黙々と落書きをして遊んでいます。
鼻水たらしながら、
小さな男の子は、大きな木に話しかけた。



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「ねぇ・・・オレ・・・
生まれてきてよかったの?」


当然、大きな木は、
何も答えてくれません。
他の木と同じく、ただ風に吹かれて、
葉を揺らし、ザワザワと言うだけ。
しかし、小さな男の子は、
木のざわめきを聞いて、
安心したように、ニコッと笑って


「そっか、そうだよね!
お楽しみは、
あとにとっておかなくちゃね!ぐふふ。」



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そう言うと、小さな男の子は、
自分の家へと帰って行きました。


そこは、小さな村でした。
その小さな村の中でも、ひときわ小さな家が
小さな男の子の家です。
小さな男の子の名前は、ミッチー。
一人っ子です。
両親はいますが、父親が女遊びに夢中で、
ろくに仕事をせず、
母親の内職でなんとか暮らせていました。
両親はいつもケンカばかりして、
ミッチーは、いつも
八つ当たりに遭って、
父親に暴力を振るわれ・・・、


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母親は忙しくて、
かまってくれませんでした。
家の外では、背の高い子供たちに
イジメられ、誰も友達になってくれません。
ミッチーは、
貧乏生活を苦に思ったことはありませんが、
ただ、一人でいることが
とても寂しかったのです。


そんなときに出会ったのが、
近所の雑木林の大きな木でした。
その木は、村全体を見守っているかのように、
大きくて、優しい感じがしました。
だから、ミッチーは、
よく大きな木のそばで、一人で
大好きな落書きをして遊びました。
そして、大きな木によく話しかけました。
初めは、素朴な疑問でした。


「どうして、お父さんとお母さんは
ケンカばかりするのかな?
あれって、オレのせい?」


大きな木は、質問に対して、
小さくざわめいたり、
大きく葉を揺らしたり、
いろいろ答えてくれました。
ミッチーには、大きな木の声が
聞こえているようでした。
やがて、ミッチーは大きくなるにつれて、
疑問ではなく、
愚痴を言うようになりました。


「お父さんが、お前なんて嫌いだって・・・
生まれてこなきゃ、よかったのにって・・・
オレだって、お父さんなんか嫌いだっつーの!
なぁ?」



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ミッチーは、大きな木に向かって
たくさん愚痴を言いました。
それでも大きな木は黙って、
聞いてくれるのでした。




そうして・・・
ミッチーは、
そのまま大きくなり・・・、
大きな木に
会いに行かなくなりました。


幼いころに両親は離婚して、
ミッチーはずっとお母さんと2人暮らし。
ミッチーは決して
お母さんにも誰にも心を開かず、
友達も出来ず、ずっと孤独でした。
ミッチーは、
誰と話しても、愚痴ばかり、文句ばかり。
お母さんも毎日ウンザリ。


「なんでも出来ないとか言ってたら、
そのうち、本当に一人になったときに、
困るのよ?
今のうちに、
なんでも出来るようにならなくちゃ・・・」


「うるさいな~。
やろうと思えば、いつでも出来るから、
今はやらなくていいんだよ。
今は、お母さんがいるんだし。」


「私だって、もう定年が近いのよ?
いつまでも元気とは限らないんだから・・・。
同級生が先日、亡くなってるし、
最近、メマイもひどいし、
私だって、いつポックリ逝くか
分からないんだから・・・」


「あ~、あ~、大丈夫だって!
それだけ文句言える元気がありゃ、
もう100年は余裕だよ。ぐふふ!」



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ミッチーは、
車の整備工場で働いていました。
本当は、幼い頃から好きだった
絵を描きたいけれど、
それを本気で取り組もうとはしませんでした。


「どうせ、オレなんて」



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ミッチーの口癖です。
そうやって何か理由をつけて
何も行動しようとしなかったのです。
工場では、ブツブツと文句を言いながらも、
マジメに働いていました。


「ミッチーさんが残業してくれるから、
いつも助かっているよ。ありがとう。」


「助かったって思うなら、
その分、給料を上げてくださいよ。」


「いやぁ・・・あはは・・・
いつも、すまないねぇ・・・。」


「まったく・・・
これだから小さな工場は・・・。
人が雇えない分、今の人数のまま
仕事を増やして利益を儲けようとするから・・・
ブツブツブツブツ・・・。」


上司にもこんな態度。
これでは友達ができないのも無理はないです。
あー言えば、こー言う・・・
誰もミッチーと会話したいと思いません。
工場でも孤立して働いていました。
でも、ミッチーは、元々
一人に慣れていたので、
別に気にすることなく働いていたのです。

ただただ、働いて、
たまに、趣味で絵を描くぐらいでした。




そんな、ある日・・・
ミッチーに転機が訪れました。
工場に新しく女子の社員が入社しました。
名前は、ビレーヌ。
それは、それは、とびきりかわいくて、
マジメで、明るくて、
誰にでも好かれる女子でした。
ミッチーも、例外なく好意を
持っていましたが、
そんな素振りを見せることなく、
過ごしていました。



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ビレーヌの周りは、いつもたくさんの人が
集まって、楽しく笑いあっていました。

ある社員の情報で、
ビレーヌは絵が好きということが分かり、
ミッチーが絵を描いているということも
ビレーヌに知られ・・・
急激に、お互いに仲良くなっていきました。


「絵が好きなのねぇ。
絵を売って仕事にすればいいのに~。」


「いやいや、俺の絵なんて
誰にでも描けるし、誰も買いたがらないよ。
おだてても無駄さ。」


「そんなこと、やってみなきゃ
分からないでしょ?
やってみるべきよ!」


「・・・まぁ、そこまで言うなら
ヒマつぶしに、やってみるかな・・・。」



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ビレーヌは、とても積極的で
いつも前向きで・・・
そんなビレーヌに
いつも後ろ向きな思考のミッチーは
本気で惹かれていき・・・
やがて、2人は恋人として、
付き合うことになりました。


「ミッチーと付き合う?
本気か?
あんな・・・口を開けば、文句しか
言わないヤツ、つまらないだけだぜ?」


当然、周りはビレーヌのことを
思って、反対しましたが、


「あら、そんなこともないのよ。
アレでいて、
けっこう素直な面もあったりするもの。
普段は、アマノジャクな性格っていうのかな・・・
でも、それもかわいいものよ。ふふふ。」


周りの心配をよそに、
ミッチーとビレーヌの交際は、うまくいきました。


「あんた、ビレーヌちゃんだけは、
泣かすんじゃないよ!
泣かしたら、承知しないからね!」


ミッチーのお母さんも、ビレーヌを
気に入ってくれていて、
2人を祝福していました。



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「あいつが勝手に
くっついてきてるだけさ。
こんなブサイクを本気で好きになるなんて・・・
あれだけ魅力があって、美貌もあって・・・
いつ裏切られても、おかしくない。
泣かされるのは、俺のほうかもな。ぐふふ。」


屁理屈を言っているミッチーも、
心の中では、とても喜んでいました。
『他人に受け入れてもらえる』という
今まで、一人では感じられなかった感情に、
有頂天になっていました。


ミッチーは今まで以上に働きました。
働いて、働いて・・・
ビレーヌが薦めてくれた
絵の仕事をする資金集めのため・・・
そして・・・
ビレーヌとの結婚のために
お金を稼せごうと必死になりました。


「ねぇ、最近デートしてくれないけど、
また仕事なの?休めないの?
あなたの体が心配だわ・・・。」


「何、言ってんだ。
工場は今、みんな忙しいんだ。
忙しいのは俺だけじゃないぜ。
ビレーヌの事務仕事は
ヒマかもしれないけどな。ぐふふ。」



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いつも毒舌ばっかりのミッチーが、
どんな思いで働いているかなんて、
ビレーヌも、お母さんも、
周りの誰も分かりませんでした。

そして・・・


ガッシャーン!!!!!



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工場で事故が起きました。
クレーンで吊っていた車が落下して、
数人の死者が出るほどの大惨事。
クレーンを操作していたのは・・・
ミッチーでした。
過労のための操作ミスでした。


周りの誰もが、ミッチーを
責めることはしませんでした。
しかし、遺族は、
容赦なく、悲しみや怒りを
ミッチーにぶつけました。


「ヒトゴロシ!アクマ!
お前さえいなければ・・・
お前さえいなければ・・・!」



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ミッチーは、得意の言い訳もせず、
ただただ


「ごめんなさい・・・。」


を繰り返して、頭を下げ続けました。



それから、ミッチーは
今まで以上に、
『生きる』ことについて、
真剣に考えなくなりました。
ビレーヌは、なんとかミッチーに
元気になってほしくて、
いろいろ励ましの言葉を投げかけましたが


「気休めは止めろ!
お前に許してもらったって、
罪は消えねーんだよ!
・・・今は、かまわないでくれ。」



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つづく。→ 終わりの大木『フール』~後編~