年賀状 | お勤めと茶会と時々スピリチュアル。

お勤めと茶会と時々スピリチュアル。

今がちょうどいい。どんなこともどんな時もちょうどいい。いろんな技で生きています。

年賀状は年に1回の私の等身大の姿を届けるツールです。

ひとりの時も夫婦の時もまたひとりになった今も、差出人の姿を必ず載せるというのをやってきました。

私が自分から顔出しをするのは基本的にはこれだけです。

だいたい100枚から130枚くらいをずっと出しているように思います。

学校の友人、恩師、同僚、趣味仲間、親戚、兄弟、両親、本当に年に1回だけのやりとりの方もいますがみなさん昨年の私の年賀状を見返して一言を添えてくださったりしていてすごいなあ、あたたかいなあと思って、どんなに大変だな~今年はやめようかなと思ってもやめられません。

10代の頃は、ハガキの宛名も手書き、裏面はプリントごっこ(なつかしいでしょ??)で1枚1枚刷って、また1枚1枚絵具で色を付けていたという手の込みようです。

床一面に広げて、あのパワーはどこからきていたのかしら??

もう今は宛名はパソコンから印刷しちゃうし、裏面もやっぱりパソコンで作成して一斉に印刷です。

そこに必ず一言を添えるのが私の楽しみなのですが、これくらいしか手書きの部分はありません。

それでも例年大晦日までかかっているのでした。

となると今年は私にするととても早かったのです。28日には仕上がっていました。脅威!帰省をしたおかげさま。


結婚した年には年賀状を見た方が電話や手紙やメールをくださって、贈り物まで送ってくださった方もいました。

突然米俵を送り付けてきた学生時代の友人もいました。秋田だからあきたこまち、サプライズすぎます!

小学校の時の恩師は80歳近くになられていましたがすぐに電話をくださって、とても喜んでいただいて、そしてその年にお亡くなりになったのでした。


今年の年賀状では住所変更をしたことや夫と別の道を歩き始めたことを簡単に添えたのですが、そのことであらためて連絡をくださった方もいました。

いつになく早く到着した私の年賀状を見て、わざわざ住所を書き直して出してこられた方や、もう今年から年賀状はやめようかと思っていたけれどあなたには返信したくて出したわという方もいて、たった一枚の年賀状が波紋のように静かに広がっていったんだなあと思いました。

特に昨日、今日と届いた年賀はがきには短い文がそっと添えられていて、それがとても深いものばかりでした。

年末に癌であることが分かった元同僚や後輩、ずっと大病を患っていた方、お子さんに障害がありずっと奮闘していたこと、先の見えない親の介護の日々について、ずっと独身であることの寂しさと不安、自身も離婚した方、これからの将来に向かっての葛藤と決意、それはいろいろなことがささっと書かれていたのです。

もちろん私の知らないことばかりでした。


本当に今のありのままが文字になっていて、そして私のことを心配しつつ褒めて励ましてくださって、いつ

も応援しているよ、遊びにきて部屋もあるから泊りにきてとたくさんの心からの言葉で締められていました。

みんななんて優しいんだろう・・・

年賀状でカミングアウトしたくないこともあったかもしれません。忘れておきたいことも、認めたくないこともあったのかもしれません。

自身のことを告げる場として使われた方もいたかもしれませんが、私に声をかけるにあたって、エイヤ!とペンを取った方も多かったと思います。

みんな外から見ても分からないことばかり。

それぞれしんどいことをかかえながら新しい年を迎えているのですが、誰のが一番つらいとか比較は無理で、絶対的にやっぱり自分のが一番つらいのです。

でもおなかもすくし、楽しいこともたくさんあるから笑えるし、そうやって日々を過ごしているんだなあ同じだなあと思ったのでした。

全国からラブレターをもらったような年明けです!

満月の日にベランダから月とぶんぶん飛び交う飛行機を見て、人ってすごいしおもしろいわ。。って思いながら、さむっと早々にうちに引っ込で物思いにふけることなく本日終了です~。


年賀状