私の持論に“理想の理想”というものがあります。
これは“ある人が理想だと思う位置にいる人が抱く理想は、
決して前者には理解出来無い夢物語である”という論です。

1つ、例を挙げて説明しましょうか。

教師と生徒がいたとします。
その教師は自身の“教え方”に1種のポリシーの様なものを持ち、
この偶像を受け持つ生徒へ投影します。
しかしその像は、教師が生徒に“こうなって欲しい”と抱く理想であり、
経験と実践に拠って培われたヴィジョンである訳です。

対して学生は、教えを乞う以上は教師を1つの到達点と見做し、
そこに目標立てて教育を受けています。

この時、生徒から見て教師の教えは理想の存在が抱く理想、
詰まり“理想の理想”だという事になります。
今いるポジションより2段階上の層なのですから、
学生が理解出来無いのも無理は無いですよね。
正に雲の上のお話です。

教師は現実を教えるべきです。
幾ら熱心に説こうとも往々にして伝わらないのは、
理想の理想で現実味を帯びない夢物語と化してしまっているからです。

理解させたければ段階を踏ませる他ありません。
先ずは教師の現状位置に迄昇らせ、その上で改めて理想を説くのです。
そうしないと折角の機会を無駄にしてしまい兼ねないのですから。