00年代ボクサーTOP25!10位~1位! | Go↑kunの海外ボクシング記♪

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ボクシング…勝者と敗者のあまりにクッキリとしたコントラスト…。魅力的な選手達のバックグラウンド、ボクシングビジネスの側面、プロモーター達の思惑、選手の声、あまり入ってこない海外ボクシング情報を書きたいと思います!宜しくお願い致します!

こんばんは♪♪

さて…頑張って続きを書きましょう!

【以下Go↑ニュアンス訳文】

10位 エリック・モラレス

戦績:
48勝34KO6敗(2KO負け)※00年代は13勝6KO6敗(2KO負け)

タイトル:
WBC世界S.バンタム級(90年代~2000年、1度防衛)、WBC、WBO世界S.バンタム級、WBC世界フェザー級(2001年~2002年、1度防衛、2002年~2003年、2度防衛)、WBC世界S.フェザー級(2004年、1度防衛)、IBF世界S.フェザー級(2004年)

勝利した王者:
マルコ・アントニオ・バレラ(12RSD)、ケビン・ケリー(7RTKO)、グティ・エスパダスJr.(12RUD、3RKO)、チ・インジン(12RUD)、ポーリー・アヤラ(12RUD)、ヘスス・チャベス(12RUD)、カルロス・ヘルナンデス(12RUD)、マニー・パッキャオ(12RUD)

敗北した王者:
マルコ・アントニオ・バレラ(12R判定×2)、マニー・パッキャオ(10RTKO、3RKO)、デビッド・ディアス(12R判定)

モラレスはディフェンスは緩いものの世界クラスの顎の強さ、正確なパンチ、そして全力を出し切るスタイルで、この10年間多くを成し遂げた偉大なファイターだ。最初は2000年2月、S.バンタム級の統一戦でバレラと激突して微妙な判定を制する。多くの喝さいを浴び、この後更にライバルとは2度戦うことになる。2001年初頭にグティ・エスパダスJr.との戦いも又、議論を巻き起こすものだったが何とか勝利してフェザー級最初のタイトルを獲得。その後チ・インジンを圧倒するも、バレラとのリマッチには敗北。しかし2002年にはアヤラを下し、エスパダスJr.を見事にKOする。2004年には階級を上げ、チャベスとエルナンデスを下しあっと言う間にWBCとIBFのタイトルを統一。しかしバレラとのラバーマッチで又しても敗北。浮き沈みが激しかったが、ここでモラレスはこの10年間誰も成し遂げられなかった勝利を手にする。マニー・パッキャオからの勝利である。この勝利を最後に4連敗、パッキャオには連続KO負けを喫し2007年以降はリングに上がっていない。復帰の噂は絶えないが…。この10年の前半は強さを証明し続けた、この強さを後半も意地出来ていたら、ランクはもっと上だったであろう。

9位 ポンサクレック・ウォンジョンカム

戦績:
74勝39KO3敗1分(1KO負け)※00年代は44勝25KO1敗1分

タイトル:
WBC世界フライ級(2001年~2007年、17度防衛)、WBC世界フライ級暫定(2009年~現在、1度防衛)

勝利した王者:
マルコム・ツニャカオ(1RTKO)、内藤大助(1RKO、7RTD)

敗北、引分けた王者:
内藤大助(12R判定、12Rドロー)

アジア以外ではあまり知られていないが、ポンサクレックは112パウンドのフライ級で歴史的な防衛記録を持っている。17連続防衛は、偉大なミゲール・カントの記録を3つ超えた。タイトル乱発等、時代背景は異なるが、偉大な功績であることに異論はないだろう。2001年3月にツニャカオを1Rで倒しタイトル獲得、その後はババ、本田、トラッシュ・中沼、フセイン・フセインら強豪を相手に防衛、そして内藤を1R34秒というフライ級記録でKOする。2005年の内藤との再戦も勝利するが、2007年3度目の対戦で番狂わせの敗北。しかし内藤はその後5度タイトルを防衛しする王者になった。多くの人が思うより遥かに優れたファイターであったのだ。00年代最後の重要な勝利は、暫定王座戦でフリオ・セサール・ミランダに勝利したこと。これで正規王者の亀田との対戦が待たれる状況になった。王座がこれほど乱立しておらず、階級上下の王者や統一戦が出来る土壌にあったらポンサクレックはより高い評価を得ることが出来たのではないか。

8位 ウラジミール・クリチコ

戦績:
53勝47KO3敗(3KO負け)※00年代は22勝18KO2敗(2KO負け)

タイトル:
WBO世界ヘビー級(2000年~2003年、5度防衛、2008年~現在、3度防衛)、IBF世界ヘビー級(2006年~現在、4度防衛)

勝利した王者:
クリス・バード(12RUD、7RTKO)、フランソワ・ボタ(8RTKO)、レイ・マーサー(6RTKO)、サミュエル・ピーター(12RUD)、レイモン・ブリュースター(6RTD)、スルタン・イブラギモフ(12RUD)、ハシム・ラクマン(7RTKO)、ルスラン・チャガエフ(9RTD)

敗北した王者:
コリー・サンダース(2RTKO)、レイモン・ブリュースター(5RTKO)

2004年4月にブリュースターの連打の前に沈み、コーナーへ戻る弱々しい姿から、まさか6年後に最高のヘビー級として取り上げられるとは想像が出来なかった。前年にもサンダースに2Rで粉砕されていたしね。しかし10年が終わった今、クリチコは11連勝中、レノックス・ルイス以来のヘビー級最強王者として君臨している。10年の始まりはクリス・バードを下しWBOタイトルを獲得したことで始まるが、KO負けを喫した後のIBFタイトル獲得も同じ相手だった。そしてピーター、イブラギモフ、チャガエフ、ブロック、トンプソンらに連勝、更にブリュースターにもリベンジを果たす。2度の敗戦はキャリアにおいては痛いものだったが、彼はこの10年で間違いなく最高のヘビー級だったし、ヨーロッパ最高のスター選手と言えるだろう。PFPランキングでクリチコが何処に入ってくるかというのはいつも大きな議論を呼ぶ。相手が同じサイズだったら多分勝てないかも知れないからね。でも彼の成し遂げた事実だけを見て評価すべきだろう。

7位 ミゲール・コット

戦績:
34勝27KO2敗(2KO負け)※全て00年代

タイトル:
WBO世界S.ライト級(2004年~2006年、6度防衛)、WBA世界ウェルター級(2006年~2008年、4度防衛)、WBO世界ウェルター級(2009年、1度防衛)

勝利した王者:
セサール・バサン(11RTKO)、カルロス・マウッサ(8RTKO)、ロベモレ・ヌドゥ(12RUD)、ランドール・ベイリー(6RTKO)、デマーカス・コーリー(5RTKO)、リカルド・トーレス(7RKO)、ポール・マリナッジ(12RUD)、カルロス・キンタナ(5RTKO)、ザブ・ジュダー(11RTKO)、シェーン・モズリー(12RUD)、ジョシュア・クロッティ(12RSD)

敗北した王者:
アントニオ・マルガリート(11RTKO)、マニー・パッキャオ(12RTKO)

ミゲール・コットは今回の投票で必ずトップ10に入っていた7人のファイターの内、最初の一人である。そしてその理由もたくさんある偉大なボクサーである。2008年のマルガリート戦、そして2009年のパッキャオ戦の敗北を見るとこれから長いキャリアを戦っていく様には思えないが、この10年、特に最近6年間程の彼のキャリアは疑いなく最高レベルのものであっただろう。無敗のケルソン・ピントと空位のWBOベルト取る前に、マウッサやヌドゥに勝利しているし、コーリーやトーレスとの激闘、五輪ライバルだったモハメド・アブドゥラエフにも差を見せつけての勝利、マリナッジをも倒したS.ライト級時代。ウェルター級に上げ、キンタナ、ウルカル、ジュダー、そしてモズリーらを倒して最強を証明した。敗北の間にはタフなクロッティにも勝利を収めている。コットはこの10年を代表するファイターの一人に間違いないだろう。

6位 マルコ・アントニオ・バレラ

戦績:
65勝43KO7敗1分(1KO負け)※00年代は16勝7KO5敗(1KO負け)

タイトル:
WBO世界S.バンタム級(2000年、3度防衛)、リング誌、WBCフェザー級(2002年~2003年、2度防衛)、WBC世界S.フェザー級(2004年~2005年、2度防衛、2005年~2007年、2度防衛)、IBF世界S.フェザー級(2005年)

勝利した王者:
ヘスス・サルド(6RTKO)、ナジーム・ハメド(12RUD)、エンリケ・サンチェス(6RTD)、エリック・モラレス(12RUD、12RMD)、ジョニー・タピア(12RUD)、ケビン・ケリー(4RTKO)、ポーリー・アヤラ(10RTKO)、ゾンケ・ファナ(2RKO)、ロビー・ペデン(12RUD)

敗北した王者:
エリック・モラレス(12R判定)、マニー・パッキャオ(11RTKO、12R判定)、ファン・マヌエル・マルケス(12R判定)、アミール・カーン(5RLTD)

この10年が始まった時、バレラは熱く前に出る突貫ファイターというイメージが強かった様に思う。2000年最初のモラレスとの激闘でもその色がまだ強かったが、90年代後半から徐々にスタイルを変えてきたことが活きてくるのはこの後だ。バレラはテクニシャンへと変貌、ジャブを使い、ペースを守り、得意のボディ打ちと同じ位、ディフェンスも磨いたのだ。2001年4月、生まれ変わった童顔の暗殺者は当時無敗無敵をのフェザー級キングのハメドを圧倒する。その後タイトルを獲得しモラレスとの激闘を制し防衛を重ねるが、マニー・パッキャオに完敗を喫する。当時メタルプレートがバレラの頭の中に入っているというニュースが流れ、キャリアもこれまでかと思われるも、翌年、アヤラをストップ、そしてモラレスとのラバーマッチにも完勝する。更にロビー・ペデン、ロッキー・フアレスらを撃破し、2007年3月、遂に帝王、ファン・マヌエル・マルケスと激突。完全なダウンを奪うもスリップにされるミスもあったが、試合を通じて支配され判定で敗れる。その後はパッキャオに再度敗れ、カーンにも敗れ、若い世代にバトンを渡すことになった。

5位 ファン・マヌエル・マルケス

戦績:
50勝37KO5敗1分 ※00年代は20勝14KO3敗1分

タイトル:
IBF世界フェザー級(2003年、1度防衛)、WBA世界フェザー級(2003年2005年、3度防衛)、WBO世界フェザー級暫定(2006年、1度防衛)、WBC世界S.フェザー級(2007年~2008年、1度防衛)、リング誌ライト級(2008年、1度防衛)、WBA、WBO世界ライト級(2009年~現在)

勝利した王者:
ダニエル・ヒメネス(7RTD)、ロビー・ペデン(10RTD)、マヌエル・メディナ(7RTKO)、デレック・ゲイナー(7RTD)、マルコ・アントニオ・バレラ(12RUD)、ホエル・カサマヨール(11RTKO)、ファン・ディアス(9RTKO)

敗北、引分た王者:
マニー・パッキャオ(12Rドロー、12R判定)、クリス・ジョン(12R判定)、フロイド・メイウェザー(12R判定)

この10年最後の試合で一方的に敗れたものの、メイウェザー戦は10年間で最初の完敗でもあった。2000年、マルケスは避けられているファイターの代表だった。ナジーム・ハメドには完全にダッキングされていたし、既にスターだったメキシカンライバル達からも一目置かれながら試合は実現出来なかった。地味にメディナとゲイナーを下しフェザー級のベルトを統一するも、まだ彼のタレントに見合うだけの報酬も人気も得られていなかった。この卓越した戦術家の戦い方は多くのファンに受け入れられなかったのである。しかし、2004年4月のマニー・パッキャオとの1試合で全てが変わる。1Rに3度のダウンを奪われながらその後圧倒、ドローという結果ながら多くはマルケスの勝利だと支持した。2006年のクリス・ジョンに喫した敗北も微妙な判定であったがインドネシアで行われたこともありそう話題に上らなかったのも不運だと言えよう。その後バレラに勝利、パッキャオとの再戦に又微妙な判定で敗れるものの、ライト級へ転向し、カサマヨールを初めてストップ、そして2009年年間最高試合の内容でファン・ディアスを痛烈にKOする。メイウェザー戦は負けはしたが、大幅なウェイトアップもあったし、何よりも多くのファイトマネーを手にすることが出来たのだから悪い点だけではないだろう。

4位 バーナード・ホプキンス

戦績:
50勝32KO5敗1分 ※00年代は14勝5KO3敗

タイトル:
IBF世界ミドル級(90年代~2001年、00年代3度防衛)、WBC世界ミドル級(2001年、1度防衛)、リング誌、WBC、WBA、IBF世界ミドル級(2001年~2004年、5度防衛)、リング誌、WBC、WBA、IBF、WBO世界ミドル級(2004年~2005年、1度防衛)、リング誌L.ヘビー級(2006年~2008年、1度防衛)

勝利した王者:
キース・ホームズ(12RUD)、フェリックス・トリニダド(12RTKO)、カール・ダニエルズ(10RTKO)、ウィリアム・ジョッピー(12RUD)、オスカー・デラ・ホーヤ(9RKO)、アントニオ・ターバー(12RUD)、ウィンキー・ライト(12RUD)、ケリー・パブリック(12RUD)

敗北した王者:
ジャーメイン・テイラー(12R判定×2)、ジョー・カルザーギ(12R判定)

40歳半ばになってもホプキンスの様に実力を証明し続けているボクサーは、アーチー・ムーアとジョージ・フォアマン位しか思い浮かばない。ホプキンスは自分よりも遥かに若いファイター達の殆どより、実力があると言えるだろう。10年前も同じ評価だった。IBFミドル級のベルトを10度近く既に防衛していたのだから。そしてミドル級のアンオフィシャルトーナメントが行われ、ホプキンスは2001年4月にWBC王者のホームズを一蹴、そしてトリニダドをKOしてミドル級最強を証明。その後、2004年にはキャリア最高のお金を稼ぐことになるデラ・ホーヤ戦を実現させボディでKOしキャリアの絶頂を迎える。が、翌年ジャーメイン・テイラーにまさかの連敗を喫する。誰もがホプキンスはここまでと思ったが、ターバーを下し復活、カルザーギには判定で敗れるも、無敗のミドル級王者、パブリックを完封して尚も実力を誇示。ホプキンスが今後10年間、トップクラスでいると考えるのはさすがに難しいと思うが、ホプキンスならやってしまいそうな気もするね。

3位 ジョー・カルザーギ

戦績:
46勝32KO無敗 ※00年代は19勝9KO無敗

タイトル:
WBO世界S.ミドル級(90年代~2006年、00年代は14度防衛)、リング誌、WBO、IBF世界S.ミドル級(2006年、1度防衛)、リング誌、WBO世界S.みふぉる級(2006年~2007年、2度防衛)、リング誌、WBC、WBA、WBO世界S.ミドル級(2007年~2008年)、リング誌L.ヘビー級(2008年~2009年、1度防衛)

勝利した王者:
リッチー・ウッドホール(10RTKO)、チャールズ・ブリューワー(12RUD)、バイロン・ミッチェル(2RTKO)、ジェフ・レイシー(12RUD)、ミッケル・ケスラー(12RUD)、バーナード・ホプキンス(12RSD)、ロイ・ジョーンズJr.(12RUD)

投票でホプキンスを僅かにかわし3位に食い込んだカルザーギ、彼の戦いは時間が経過する毎に評価を上げている感がある。S.ミドル級で21度の防衛を果たした名王者は、この10年が始まっても無敗を続け、オマール・シェイカ、ウッドホール、ブリューワー、そしてミッチェルら強豪を相手に素晴らしい戦いを繰り広げた。対戦相手は必ずしも、世界に名を知られたエリートボクサーばかりではなかったので、世界的な評価を得るのには、レイシー戦、そしてケスラー戦まで待たなければならなかった。両試合共、カルザーギは若く強く無敗でハングリーなチャレンジャーを見事なテクニックで翻弄し勝利を収めた。S.ミドル級で敵なしになったカルザーギは遂に階級を上げ、L.ヘビー級キングのバーナード・ホプキンスと激突するのだ。両者は2000年初頭にも対戦の噂があったがホプキンスが別の道を選んだとされ、実現したのは2008年。1Rのダウンを跳ね返し、僅差の判定でホプキンスに勝利、そして現役最終戦の相手は、ロイ・ジョーンズJr.だった。又しても1Rにダウンを奪われるも、その後は圧倒、判定で圧勝し、現役生活にピリオドを打った。カルザーギの対戦相手は、本当に最強であったかどうか、この点はよく指摘を受けるが、それでも無敗、引分も無しというパーフェクトレコードは最大級の評価をするべきではないか。ライバルに恵まれなかった点では、リカルド・ロペスやラリー・ホームズと似た様な感じもする。

2位 フロイド・メイウェザーJr.

戦績:
40勝25KO無敗 ※00年代は18勝8KO無敗

タイトル:
WBC世界S.フェザー級(90年代~2002年、00年代に4度防衛)、リング誌、WBC世界ライト級(2002年~2004年、3度防衛)、WBC世界S.ライト級(2005年)、IBF世界ウェルター級(2006年)、リング誌、WBC世界ウェルター級(2006年~2008年、1度防衛)、WBC世界S.ウェルター級(2007年)

勝利した王者:
グレゴリオ・バルガス(12RUD)、ディエゴ・コラレス(10RTKO)、カルロス・ヘルナンデス(12RUD)、ヘスス・チャベス(9RTKO)、ホセ・ルイス・カスティーリョ(12RUD×2)、デマーカス・コーリー(12RUD)、アーツロ・ガッティ(6RTKO)、シャンバ・ミッチェル(6RTKO)、ザブ・ジュダー(12RUD)、カルロス・バルドミール(12RUD)、オスカー・デラ・ホーヤ(12RSD)、リッキー・ハットン(10RTKO)、ファン・マヌエル・マルケス(12RUD)

フロイド・メイウェザーはキャリアにおいて対戦相手が少しでも変わっていたら、No.1の位置に投票されたであろうスーパーボクサーだ。2003年~2005年には対戦相手を選び過ぎたと感じるし、2007年~2009年には記憶に新しいブランクを設けている。00年代のメイウェザーはその最高の才能の割には、といった声が多く聞かれる様な気がする。S.フェザー級時代、2001年のコラレスとの無敗対決は、メイウェザーが圧倒、恐らくメイウェザーのベストパフォーマンスとも言える内容で、無敗で強打のコラレスを5度倒しストップ勝ち。2002年のカスティーリョ戦では思わぬ苦戦をするも、リマッチでは圧倒する。この後は正直、コンペティティブという言葉が相応しくない対戦相手が多かった。ヘンリー・ブルセルスなどは、タイトルマッチとして力量の差がありすぎて、酷いマッチメークだった。2006年はザブ・ジュダーとの激闘を冷静に制し、対抗王者のカルロス・バルドーミールを圧倒して、2001年以来、メイウェザーにとって最高の1年だったであろう。そしてビッグマッチ路線へと向かったメイウェザー、2007年5月に、デラ・ホーヤと戦い、PPVの記録を打ち立てる。12月には当時無敗のリッキー・ハットンをストップし実力を証明した。2年近いブランクの後、ファン・マヌエル・マルケスと対決したメイウェザーは、改めてその実力を証明、00年代には所謂完敗を喫したことがなかったマルケスを終始圧倒した。この10年間が始まった時、メイウェザーはPFP上位に食い込む実力を誇っていた、そして今10年が経過し、新たに4階級のベルトを集め、この位置にいる。本当に凄いボクサーだ。

さて、25位~2位までを書いてきた。残るは後一人。殆どのスタッフが満場一致の評価だ。

この10年間、最高のファイター "The Fighter of the Decade"

1位 マニー・パッキャオ

戦績:
50勝38KO3敗2分(2KO負け)※00年代は23勝20KO1敗2分

タイトル:
IBF世界S.バンタム級(2001年~2003年、4度防衛)、リング誌フェザー級(2003年~2005年、2度防衛)、リング誌、WBC世界S.フェザー級(2008年)、WBC世界ライト級(2008年~2009年)、リング誌S.ライト級(2009年~現在)、WBO世界ウェルター級(2009年~現在)

勝利した王者:
レフロ・レドゥワバ(6RTKO)、ホルヘ・エリエセル・フリオ(2RTKO)、マルコ・アントニオ・バレラ(11RTKO、12RUD)、エリック・モラレス(10RTKO、3RKO)、オスカー・ラリオス(12RUD)、ファン・マヌエル・マルケス(12RSD)、デビッド・ディアス(9RTKO)、オスカー・デラ・ホーヤ(8RTD)、リッキー・ハットン(2RKO)、ミゲール・コット(12RTKO)

敗北、引分た王者:
アガピト・サンチェス(6Rドロー)、ファン・マヌエル・マルケス(12Rドロー)、エリック・モラレス(12R判定)

S.バンタム級だったパッキャオがアーネル・バロティロという選手をKOしたのが、彼のこの10年間の始まりだった。彼は元WBCのフライ級王者であったが、世界的には全くの無名選手だった。その評価は直ぐに劇的に変わることになる。彼のフライ級王座はこの10年間のものではないのでここでは評価しない。ただ考えてみても、S.フライ、バンタムと飛び越えてS.バンタム王座を奪い、その後、ウェルター級までを制するのだから、改めてパッキャオの偉業には驚くばかりだ。

レドゥワバをKOしS.バンタム級のタイトルを奪取したのが2001年、ここからアメリカを主戦場にパッキャオは後ろを振り返ることなく、この時代最もエキサイティングなファイターとして劇的な成長を遂げていく。『Fab Four』(ファブ・フォー※驚くべき4人の意)のメンバー(パック、モラレス、バレラ、マルケス)の中で最も勝利を手にし、世界的な知名度を得ることになる。Fab Fourとの戦績は5勝1敗1分だ。

2009年のハットン戦、そしてコット戦の勝利は、パッキャオをこの10年間最高のファイターであることを証明することになった。陸上のウサイン・ボルトの様にね。マイナー団体やリング誌を含め、フライ級、S.バンタム級、フェザー級、S.フェザー級、ライト級、S.ライト級、そしてウェルター級の7階級を制覇した事実は、とんでもない快挙だ。

7つの階級でパッキャオが相手にしてきたのは、凄い選手ばかりである。チャチャイ・ササクル、レフロ・レドゥワバ、マルコ・アントニオ・バレラ、ファン・マヌエル・マルケス、デビッド・ディアス、リッキー・ハットン、そしてミゲール・コット。

各階級で最高の選手ばかりだ。疑問が付くのはライト級のデビッド・ディアス位なものか。しかも判定までいったのはマルケスのみ。偉大なエリック・モラレスとの3連戦(2勝1敗)もパッキャオの評価を上げるだけである。

この10年間はコット戦で終わったわけではなかった。ランキング2位の男との試合が交渉され、薬物疑惑等と言われ、最悪の展開で決裂する。もしいつかリング上で相対する日が来れば、このランキングにどう反映されるのだろうか。

恐らく変わらないであろう。

2000年代最初の10年間、マニー・パッキャオは誰もしていなかったことを、本物のコンペティションの中で成し遂げたのだ。パッキャオがボクシングというスポーツの歴史に名前を刻んだことに疑いの余地はないのだ。彼と同等の活躍を思い浮かべても、本当のグレート達しか出てこない。ハーンズ、アームストロング、デュラン等のね…。

マニー・パッキャオ

この10年間で最高の選手、"The Fighter of the Decade"

以上

ふぅ…疲れた(爆)

しかし、徳山元チャンピオンがランクインしていたのは本当嬉しいですね!
分かってる人は分かってるんだなぁ…。
長谷川選手は惜しくも圏外でしたね。ウィラポンが20位でしたからね^^

では、又です♪

チャオチャオ♪♪