東京都交響楽団 第837回C定期 ヤクブ・フルシャ スーク 交響詩「人生の実り」 ほか | 音と言葉と音楽家  ~クラシック音楽コンサート鑑賞記 in 関西~

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クラシック音楽の鑑賞日記や雑記です。
“たまにしか書かないけど日記”というタイトルでしたが、最近毎日のように書いているので変更しました。
敬愛する音楽評論家ロベルト・シューマン、ヴィルヘルム・フルトヴェングラー、吉田秀和の著作や翻訳に因んで名付けています。

東京都交響楽団
第837回 定期演奏会Cシリーズ

 

【日時】

2017年7月22日(土) 開演 14:00 (開場 13:20)

 

【会場】

東京芸術劇場 コンサートホール

 

【演奏】

指揮:ヤクブ・フルシャ

管弦楽:東京都交響楽団
女声合唱:新国立劇場合唱団 *


【プログラム】

ブラームス:交響曲第3番 ヘ長調 op.90
スーク:交響詩《人生の実り》 op.34 *

 

 

 

 

 

都響の定期演奏会を聴きに行った。

というのも、好きな指揮者ヤクブ・フルシャの、都響の首席客演指揮者の契約が、今年度いっぱいで終了してしまうからである。

来年度からはバンベルク響を率いて来日してくれるかもしれないが、そうなるとも限らないし、今のうちに聴いておこうと思ったのだった。

 

まず、前半プロはブラームスの交響曲第3番。

もちろん、フルシャらしい素晴らしい演奏だった。

第1楽章の再現部直前のホルンによる、ゆったりとした味わい深いひとくさりだとか、再現部に入ってからの経過句で第1ヴァイオリンによって奏される、まるで秋晴れの空のような澄んだ寂寞感に満ちたフレーズだとか、こういうところでの自然な表現はフルシャならでは。

第3楽章冒頭で低弦が有名なメロディを奏したのち、ヴァイオリンが確保する箇所での柔らかな美しさも、心打たれるものだった。

 

しかし、である。

このブラームス第3番は、全体的には、フルシャにしてはやや普通かな、と感じられなくもなかった。

フルシャだからということで期待しすぎたかもしれない。

この曲は、昨年12月にアルミンク/PACオケの演奏で聴いたのだが(そのときの記事はこちら)、そのときに聴かれたほどの美しさは、今回感じなかった。

あのときの、例えば第2楽章冒頭でクラリネットがメロディを奏したのち、チェロが「ミーソーレー」と合いの手を入れる箇所、あのチェロのクリアな美しさは、今でも忘れられない。

その後、物憂げな中間部を経て、擬似再現の部分でチェロが主要主題を高らかに奏するのだが、ここも本当に美しかった。

大きなうねりをみせるのに、全く重くならず、何とも言えない「軽み」があるのである。

それが、チェロのみならずヴァイオリンにも言えたし、全曲にわたってクリアでさわやかな美しさが聴かれたのだった。

それに比べると、今回のフルシャは少し物足りない。

もちろん、上記のようにはっとさせられる部分もところどころあったし、凡百の演奏に比べるとずっと良い演奏ではあったのだが。

 

気を取り直して、メイン・プロは、スークの交響詩「人生の実り」。

こちらは大変良かった。

フルシャ自身がプレトークで言っていたことには、彼が17、18歳くらいの頃、音楽を専門とするようになって初めて楽譜屋で買ったスコアが、この曲だったらしい。

その後、この曲のスコアを勉強し、曲を聴くにつれて、この曲の虜になっていったという。

作曲家ヨゼフ・スークが最愛の人2人(師であるドヴォルザークと、その娘でありスークの妻であるオティリエ)を亡くして、その苦悩を乗り越えたあとに書かれた曲であり、まさに「人生の旅路」そのものの曲である、とのこと。

プレトークからしてフルシャのこの曲にかける愛情をふつふつと感じた。

この曲は、あのキリル・ペトレンコもベルリン・コーミッシェ・オーパー管弦楽団を振って録音しており(NMLApple Music)、そちらも名演だけれども、今回のフルシャの演奏は、さらに透明感あふれる大変な名演だった。

冒頭の弱音でのヴァイオリンのアンサンブルからして、自然で柔らかな響きが聴かれる。

その後もその柔らかさ、透明感はずっと保たれ、人生の苦悩を表現する最強音の場面でさえ、十分な音量があるのにうるさくならず、またわざとらしい「解釈」を振り回すことも全くなく、自然に洗練されており、完成度の高さを感じる。

まさに、前回フルシャが大フィルを振ったショスタコーヴィチの交響曲第10番で感じたのと、同様の印象である(そのときの記事はこちら。余談だが、前プロが思ったより普通で、メイン・プロが飛び切りの名演なのも、前回と全く同じだった)。

彼のこのような正統的なアプローチは、スークの曲の澄んだ世界観によく合っていると思う。

 

ただ、ただである。

私は、おそらくまだまだ修行が足りないのだろう。

スークの曲の良さが、まだイマイチ分かりきっていないところがある。

「人生の実り」、人生を描いているだけあって、山や谷はそれなりにあるのだが、マーラーのような強い自己主張は感じられない。

新鮮な響きもときに聴かれて悪くないのだが、全体的には少し素直すぎるというか、どうしても、すーっと耳を通りすぎて行ってしまうような感じがあるのである。

心の底から感動した、傑作だなぁ!とはなりきらずに、終わってしまった。

でも、この曲を演奏させて、フルシャほど合っている人は他にいないというのは、確かだと思う。

 

なお、都響を生で聴いたのは今回が初めてだった。

期待通り、良いオケだと思った。

特に、コンマスの矢部達哉は、フォーレのレクイエムのCDで大変素晴らしいソロ演奏を聴かせてくれていて、いつか生で聴いてみたいと以前から思っていたのだったが、実際聴いてみると細身でヴィヴィッドな音、すっきり涼やかな演奏様式が私好みで、期待以上だった。

 

 


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