【157】夏が始まる夜に | 〈 追 憶 の 向 こ う 側 〉

〈 追 憶 の 向 こ う 側 〉

筆者のリアル体験物語。「社内恋愛」を題材にした私小説をメインに、創作小説、詩を綴っています。忘れられない恋、片思い、裏切り、絶望、裏の顔―― 全てが入った、小説ブログです。


そういえば、考えたことが無かったけど、

“携帯電話” が世に出てから、

私にとって、初めて電話をした相手なんだね。

それだけのことだけど、ちょっと嬉しいかな。



耳に当てた受話器から、呼び出し音が聞こえてくる。

この番号が、家や何処かの建物ではなくて、

彼本人に繋がるのだという、不思議な感覚。


電話で緊張するなんて、彼の自宅に掛けたとき以来。


しかし、

緊張する間もないほどの早さで、呼び出し音が消えた。


耳を澄ませた受話器からは、

いつもよりも低めの、威圧感のある声が聞こえてきた。

彼が教団の活動をするときの、声のトーンだ。



「・・・ はい」


仕事用の声とは、全然違う。

しかも、苛立っているようにも聞こえた。



「あっ・・・! あの、私・・・ 椎名です・・・」

「えっ、椎名ちゃん!? あ、いや・・・

 さっき話してたヤツが、また掛けてきたのかと思って・・・」


そう言われて、ドキッとした・・・というか、ハッとした。

そもそも、彼の携帯電話は、

活動をスムーズにするためのツールのはず。


それを邪魔するつもりは無かったのに、

こうして話している間にも、私は誰かの邪魔になっているかもしれない。



「ゴメンね・・・! 忙しいなんて・・・ それじゃあ、また・・・」


浅はか過ぎた。

今日は活動を休むと言った彼だけど、ちょっと考えれば、

本当に何もないなんて事があるはずないのに・・・。



「おい! ちょっと待て! 切るなって!!」


半分涙目の私は、受話器を置こうと手を伸ばしたけれど、

繰り返す井沢さんの事が、聞こえてくる。



「椎名ちゃん!」


そう呼びかけてくる彼に、私が驚いた。


何故って・・・ 時間は、限りなく深夜帯。

彼が何処を歩いているのかは判らないけれど、

大声を出す時間ではないから。



「聞こえてるよ! そんなに大声出したら ―――・・・」

「良かったー。 切られるかと・・・ 焦った・・・」


私は、受話器を持ちなおした。

さっきの、電話に出た時の声色とは、全然違う。

姿かたちが全て同じ人間が二人いて、

電話を代わっているんじゃないかと思うくらいに。



「そんな、いいよ。 誰かが掛けてきたら悪いもん・・・

 私、別に用事なんてなかったし ―――・・・」


・・・ 言っちゃった。

用事がない、なんて。

話しながら、適当に用件を作ろうと思っていたのに、

うっかりバラしてしまった、


“いつでも掛けてきていいよ”

そう言って、番号を教えてくれたのは彼だけど、

額面通りに受け取って良かったのか、ずっと悩んでいた。


無条件で甘えられて、電話なんて用が無くても

気楽に掛けられるのは、「彼女」だけの特権だと思っているから。


これは、私の悲観的な性格から来るものなのか・・・

例えば、彼に言われたからといって、

自分の気持ちのままに突っ走ったとする。

多少はそれに付き合ってくれるかもしれないけど、

“俺たち、付き合ってないよな?” とか言われたら、身も蓋もない。


ああ・・・

つくづく、なんて可愛げのない性格だろう。


私は、そんな事態を恐れていたから、

常にブレーキペダルに、足を置いている状態だった。

たまに踏み損ねるけど、

今のところは、井沢さんも見逃してくれているみたいで・・・。



私の 「別に用事がなかった」 発言は聞き流して、

会社で聞く、物静かな口調で聞き返してきた。



「で、今どこから? ○○(乗換駅)に着いた?

 って、十分じゃ着かないよな。 ・・・何処にいるんだよ」


・・・ これは、正直に話したら引かれるパターン?

嘘でも、「そうだよ」と言うのが正解?


ほんの少しだけ迷って、



「ん? うん、あの・・・ まだ、乗ってなくて・・・」

「・・・ ? 」

「だから、まだ・・・ ここにいるというか・・・」


シドロモドロで、正直にも嘘もつけない。



「・・・――― はぁっ!?」


ものすごく驚かれた。

目を見開いた顔が、思い浮かぶ。



「まだココって・・・ みんなは一緒? 三次会行くとか??」

「違うよ・・・! みんなはもう、帰っちゃったよ・・・」

「・・・ お前、一人なの?」

「ん、うん。 あ、でも、次の電車には乗るから。

 さっきのは、間に合わないと思って、見送っちゃったんだ」

「まったく、お前は ―――・・・」


深い溜息が聞こえてきて、私は慌てて会話を切り上げた。


「それじゃあ、そろそろ行くね。 ・・・おやすみなさい!」


会話らしいことを、なにひとつしないまま、

一方的に受話器を置いてしまった。


馬鹿すぎる・・・。


これから家に帰っても、地獄が待っているだけだから、

せめて、心に温かい気持ちだけでも持っていたかったのに。


( 呆れられて、どうするの・・・ )


彼との時間も、あと二週間しかないのに・・・

井沢さんがついていた溜息よりも、遥かに深く、息を吐き出した。

.
.

夏至も過ぎた、夏の夜。

夏本番ではないから、不快な熱気はないけれど、

湿気を含んだ夜風がプラットホームを吹き抜ける。


一番線には、サラリーマンらしい男性が二人。

二番線には、私ひとりだけ・・・。


深夜の駅って、

この街って、こんなに静かなのだと初めて知った。

なにしろ、こんなに大胆に門限を破るのは初めてだし、

こんな時間までウロついているのも、当然初めて。


夕方に帰る頃のダイヤは、大体が十分間隔。

この時間になると、極端に減るんだ・・・。

自分には無関係だったから、

時刻表の一番下など気にしたことがなかったけど、

二十分に一本とか、逃してしまうとかなり待つことに。



カンカンカン・・・

踏切を鳴らしながら、遮断機が下りる。


先に一番線に電車が着き、少ない乗客を乗せて走り去ると、

ポツリと私だけが取り残された。


でも、あと一分くらいで、二番線にも来る。


足を投げ出して、ベンチに座っていた。

今日は、いつもの場所に行く必要もないから、

電車が来るまでの間、階段を上がった近くにある

ベンチに座り、くつろいでみる。


虫の音を聞きながら、パスケースの中の写真を眺める。

二年前の日付の写真が、既に懐かしく感じた。



「・・・ 大好きなのになぁ」


同僚の中に、井沢さんと私が写った写真を見つめるうちに、

そんな言葉が溢れてくる。


ぼんやりと、想い出に浸っていると、再び踏切が鳴りはじめた。

電車に乗ったら、夢から覚めないとね。

家で待ち受ける現実に、覚悟をしなくては・・・。



踏切の音に紛れて、別の音が聞こえてきた。

階段を駆け上がる、靴の音。


一人が少し寂しかったから、人の気配に安心する。


( 急がなくても、まだ大丈夫だよ~ )


なんて、勝手に応援しながら、ベンチから階段に視線を向けた。

最後の一段まで、一気に駆け上がってきた人は・・・



「・・・―――― 井沢さん ・・・?」


私の呟きをかき消すように、電車が入ってきた。

温い風が、私の背中を押して、ホームを巻き上げていく。


階段を上がりきったところで、

膝に手を置き、肩で激しく息をついている。


井沢さんは、顔を上げると、

荒い息のまま、私に歩み寄ってきた。




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