医者としてのノストラダムス
エレ-ナからは出発以後何の音信もなかった。
この実験の成功のあと'わたしは彼女にあてて予想外の進展について手紙を書いた。
彼女がもう〟責任から解放された〟ことも知らせてやりたかったのだ0
この件全体におけるエレーナの役割は橋渡しであり、全行程を始動させるための触媒だった、というのがわたしの結論だった。
折り返し届いた返事にはこう書かれていた。
「先生とお別れして半月もたたないうちに、もうわたしはあの役目から降ろされたのだとわかりました。それでも、心のどこかではあの仕事は続いていくだろうと思っていました。
あの肖像画を措かなければならないことを'わたしは知っています。
あの顔が心の目にだんだんくっきりと見えるようになってきているのです」
数週間後、肖像画が届いた
。
なぜかエレーナの見たノストラダムスは毛糸の帽子を耳までひっはってかぶっていた。
彼女によると'それは描きにくい肖像画で、全体的に不出来だが'とりわけ目もとの力強さが描けていないのが不満だという。
その絵をプレソダに見せると'彼女が心のなかに思い描く顔にとてもよく似ているという答えだった。
この肖像が全面的に正確かどうかはさておき、四百年も前に死んだ人物の肖像画を描けたというのは たしかに驚くべき才能だった。
いや'むしろ〝いわゆる″死んだ、と言うべきだろう。
ふだんわたしと話すときのノストラダムスには、〝死んだ″という表現はまったく不適切だからだ。彼は活気に盗れ、さまざまな感情を見せるのだO
わたし-もし知ったら'何とかして真似しようとするでしょうね。
ノストラダムス・-真似しょうにも'どうするのか知らないのだ。
わたし-あなたをのぞき見て盗めなかったのでしょうか?
ノストラダムス-無理だね。たいていの場合、わたしは手術の初めに患者の目をのぞき込んで適正な心理状態にさせる。なぜそんなことができるのか、自分でもわからないが。
だが'医者たちには、こうしたことができるほど目の力を集中できないのだ
わたし-あなたが患者に話しかけているのを聞けば'何かの意図があるとわかるのではないでしょうか?
ノストラダムス-たしかに小声で話すが、たいてい彼らは話の内容がわかるほどそばにはいない。
わたし-患者に何を話すのですか?
ノストラダムス・・・ああ、それは状況しだいだ。一般的にいいことを話す。だんだん気分がよくなってくるとか'手術はとても快適だとか'怖がる必要はないとか、すべてはうまくいき、終わったらもう元気になるとか'そんなことだ。
わたしは、ディオニソスの言葉を思い出した。
今は危険な時代だし、異端審問もあるからしっかり気をつけねばならないと。
わたし-むろん、あなたほどの実力のある知識人なら、危険な目にあうことはないのでしょうね。
ノストラダムス-専敬されてはいる。教養があり、開業医であり、物知りだし'多方面に能力があるからね。だが、だからといって身に危険が及ばないと保証されるだけの政治的権限が与えられるわけではない。両親は無学な平民だし'わたしには肩書もない。
この時代には貴族が実際上の権力を握り、王は絶対的権力をもっていた。
王は神だと国民は思い込んでいる。
そういう仕紅みなのだ。
同時に'わたしの時代の教会にはきわめて強力な権限があったから、こちらにも気を配らねばならない。
ある種の状況では、教会は王や貴族を思いのままに動かすに充分な政治権力を発揮できるからだ。
そこでわたしの仕事がきわめて重要になる。
偉ぶるつもりはないが、わたしの仕事が重大なことは誰にとっても明らかなはずだ。
でなければ'なぜこんな能力がわたしに与えられているのだ?
これは生まれながらの能力であり'望んだものではない。
もともと存在していたのだから'何かの目的があって存在しているはずだ。
神のなさることは不可解だが、おそらくこれは神のもっとも不可解なみわざのひとつだろう。
だからこそわたしは持てるかぎりの力を尽くし、できるかぎりのことをして'人類すべてを助けたいのだ。
わたし-わたしたちの時代にも応用できる治療法を何か教えてもらえますか?
ノストラダムス・・・ああもいいとも。わたしがよくおこなったやり方を説明してみよう。
応用できるなら遠慮なく使ってほしい。わたしの処方の多くは、未来のなかに予見したことから得たのだ。その処方は必ずしも複雑な手順ではなく、患者の何人かを救う見込みを増すという程度のものだ。
しかし'肉体的にもこのとおり強靭だから、何が悪いのかを心の目で見て'どんな処置が必要かを知ることができるのだ。
患者に大量の正のエネルギ-を用い、もう問題はないとイメージさせながらも患者自身にわたしの助けをさせるわけだ。
患者の心身を強めて'わたしの処置に対する信頼と同時に'自分に対する自信も持たせるように助ける。
心霊的額域が治癒するために肉体的、心理的感情的な面に働きかけていくように助けることなのだ。
注釈者たちの解釈ぶりに腹を立てると思えば、本物のユーモアのセンスを披露してくれるときもある。
わたしは彼が肉体をもった生きている人間であり'霊ではないということを一度も疑ったことはない。
ノストラダムス自身も自分は死人ではない'生きてぴんぴんしている人間なのだと'断固として主張している。
←時間や空間はパラレルに存在しており、肉体には過去から現在、未来へと流れているが、意思を介在してそれぞれの時間空間へ接触できる。ノストラダムスは魔法の(異次元から渡された)すりガラスの鏡を通して霊媒と接触する
彼には特異な才能があるために、未来を予見でき、こうしてわたしと話せるのだ。
わたしはノストラダムスのことをもっと知りたかったので'彼の人生についてたびたび質問した。
順不同だがここにまとめて記しておこう。
わたし-あなたの人生について少し質問してもいいかしら?
ノストラダムス-答えられるものには答えよう。まだ人生が残っているから一生全部のことはわからないがね。
わたし-(笑う) でも、わたしが関心をもっているのは前半生なのです.それなら当然ご存じね。- みんながいつも不思議に思っていることの一つは'あなたの医学上の治療法なのです。
苦痛や出血などをどうやって抑制できたか'教えてもらえますか?
ノストラダムス-使う方法によってちがうのだ。物理的方法を用いるときもあれば、心理的方法を
用いることもある。わたしはあとの方法を使って未来の事物を予見する。
その結果も ときには副作用が生じて'目に見えない力が苦痛を弱めたり'出血を抑えたりできることもある。むろん同じ目的のために物理的な方法もよく使っているがね。
心をある状態に置くと、体を流れる生命のエネルギーが見える。
このエネルギーが順調に流れていない箇所があれば'もうl度淀みなく流れるようにその場所を卵すとか、撫でるとかいった刺激を与えると'多くの場合は苦痛がとれやすくなるのだ。
手術の場合は'普通は両方の方法を併用して苦痛を抑制している。
ど-効果的な処方の一つは、患者にわたしの手助けをしてもらうのだ。
患者も適正な心理状態に置いてやると'苦痛を感じない。
患者の側では苦痛を感じず'わたしの側では心で患者を助け、さらに苦痛を抑制するつぼを押して彼らの苦痛を最小限に保っておく0こうして患者の体の神経に衝撃を経験させずに手術することができるのだ。
わたし-そういうことはほかの医者は知らないのでしょうね?
ノストラダムス-そうだ、彼らにはわたしのような才能はない。
しかもも 心がもっている力についてまったく無知だ。
わたしは弟子と心について研究しているが'まあ医学であると同時に形而上学でもある。
弟子たちから見れば、珍しくもない研究だがね。
わたし-その研究の位置づけはわかります。でも、どうしてそんなことができるのか'はかの医者は不思議に思わないのですか?
ノストラダムス-そう思うだろうが'説明してやろうとすると必ず彼らの迷信がじゃまをして'たちまち〟妖術だ″とわめきはじめるのだ。だから はうっておくのだよ。
ほほ笑んで肩をすくめ'あとは不思議がらせておけばいい。だが、わたしの評判は上がっていくO
ノストラダムスは特別の呼び名を使わなかったが、彼の処方は明らかに、挿針止血法とオーラのなかに弱い箇所を発見する方法を結合させた高度な催眠療法だった。
どうやら彼は'天性の優秀な形而上学者であるために'確たる理由や方法を自ら認識することなしに、はかの才能も備わってくるらしかった。
わたし-治療の一要素として色彩を使うこともありますか?
ノストラダムス-とてもよく使う。適正な雰囲気を作り出す一助として'光をプリズムで分光させて患者に見せるのもそのひとつだ。白いと見える光のなかに'どんな色が含まれているかを実地に示すわけだ。そのなかの一色を指して、その色が照らしているなかに立ったらどんな気持ちになるか想像してごらんと指示する。調和のとれた心理的領域を設定する助けにする、という所期の目的を遂げるためにはもどの色も必要なのだ。