【子ども食堂支援プロジェクト】食材寄贈
【子ども食堂支援プロジェクト】
◆子ども食堂『寺小屋レモンの木』に食材を寄贈しました
2024年4月25日岐阜県海津市にあります寺小屋レモンの木に、クリームシチュールウ•デミチーズライスルウ•お好み焼きセット•シーチキン缶•おむすびの具•コーン缶•板海苔•マヨネーズ•お菓子•サランラップを寄贈しました。
【2024年能登半島地震支援】事務局 第13便•14便発送
【2024年能登半島地震支援】事務局 第13便•14便発送
[第13便] 2024年4月11日 羽島市事務局より発送
◆支援先
石川県七尾市内在宅避難ひとり親家庭宅
◆支援物資
お米30キロ•味噌󠄀•醤油•砂糖•麺つゆ•サラダ油•マヨネーズ•インスタント玉子お吸い物30食•インスタントきのこお味噌汁10食•お菓子•シャボン玉
3月30日『TtoA(ティトア)合同会社』の売上の一部より、能登半島地震の支援金とインスタントお吸い物.お味噌汁を頂きました。代表の小島智美さんは、東日本大震災支援活動からご協力ご支援をしていただいております。支援金より第13便の食材とお菓子などを購入、また宅配便の送料にも使わせてもらいました。
【子ども食堂支援プロジェクト】イースター祭開催
【子ども食堂支援プロジェクト】
◆子ども食堂『寺小屋レモンの木』にてイースター祭開催
岐阜県海津市にあります『寺小屋レモンの木』より、イースター祭開催の写真とメッセージが4月10日に届きました。
『 イースターエッグ企画で、春休み中に2回エッグハントしました!!隠した卵を探したり、ゆで卵にペイントしたりしました。卵カプセルの中に入ったお菓子を食べたり、あたりの紙が入ってる子は、ぬいぐるみゲットしたりして盛り上がりました!!ありがとうございました!』
【2024年能登半島地震支援】被災地レポート⑧輪島市役所から輪島港区域
【2024年能登半島地震支援】被災地レポート⑧輪島市役所から輪島港区域
◆2024年3月21日 被災地レポート⑧輪島市役所から輪島港区域
3月21日輪島市役所訪問の前に、輪島道の駅から都市計画道路河井町横地線(約500㍍)を通り中央市街地を視察。沿道では、商店街が形成され市民生活をささえている重要な道路だったと伺えた。また輪島港マリンタウン朝市通りへのアクセス道路でもある。最大震度7を観測された輪島市、商店街はもぬけの殻、家屋の損壊が酷く、立ち入れない状況。ブルーシートで応急処置の店、木造の家は傾いていたり、2階ごと潰れていたり、瓦が道路に散乱してたりと…鉄筋コンクリート7階建のビルが大通りの道路に倒れたまま。そこから、岐阜県高山市の宮川朝市•千葉県勝浦市の勝浦朝市と並ぶ日本三大朝市の一つ「輪島朝市」通りに繋がる。観光名所「輪島朝市」では、強い揺れで大規模火災が発生。塩害防止のため板張りの木造住宅が多く、密集していて狭い路地が多く約300棟が焼け、焼失面積約5万平方メートルにも燃え広がり一面焼け野原になっていました。大津波警報下、地震の影響で消火栓が使えず次々燃えていったそうです。輪島湾も目の前、地震発生直後に第1波の津波が到達。11分後には、最大1.2メートル以上の津波も観測されました。多くの方が犠牲者になり、行方不明者もいます。震災から3ヶ月あまり経ちますが、大通りは通行できますが、ガレキを撤去する重機などの車両も見当たらず、手付かずの倒壊家屋や一面焼け野原の朝市、多くの店が立ち並んでいて観光客で賑わっていたはずの一帯は、ゴーストタウン化していました。市立輪島病院から川を挟んで反対側には、仮設住宅が立ち並び、完成間近のようにはみえましたが、生活再建の遅れをとても感じました。
この地域一帯の視察を終え、輪島市役所に今回の震災において災害支援物資支援の活動報告書を提出するため表敬訪問に向かいました。
【2024年能登半島地震支援】被災地レポート⑦のと里山街道
【2024年能登半島地震支援】被災地レポート⑦のと里山街道
事務局長 津谷 幸子
◆2024年3月21日 被災地レポート⑦のと里山街道
3月20日支援物資の積み込みを終え、羽島市事務局を出発した後藤代表は、津谷事務局長と合流。能登地方21日の天気予報は雪で強風にも注意。名神高速道路羽島IC→米原JCT→北陸自動車道金沢東ICまで休憩をとりながら走りました。サービスエリアでは、車のドアが開けれないほどの強風でかなり冷え、山沿いは雪も降っていて視界が悪い中行けるところまで行く事にしました。金沢東IC→のと里山街道(自己完結型)を北へ輪島市に向かいました。のと里山街道は、金沢と能登半島とを直結する自動車専用道路です。越の原ICから先は通行止め、越の原ICの入口のゲートが開くまで仮眠。能登半島地震で通行止めになっていた越の原IC〜穴水ICは、先日一部通行止めが解除になり、輪島方面(北向き)のみ通行可になりました。ただし、応急復旧のため緊急車両や支援物資運送等の災害復旧関係車両が被災地を通行するためのみ。
21日早朝5時45分車の窓を叩く音。『おはようございます。どちらに行かれますか?』『まずは、輪島市役所に。その後、門前町に災害支援物資を届けたいのですが…』『6時にゲート開けますので、後を着いてきて下さい。あちらこちらまだ段差あるので注意を!ぼくは三井ICでもゲートを開け、そこで退散しますがそこから更に北へ行けば、輪島市役所に行けます。』と、親切に私の携帯Googleマップでナビ設定までしてくれました。一面真っ白、ゲートが開き出発。新雪がおよそ3センチ積もり段差が分かり難く、道路幅が狭い箇所や迂回等の応急処置で何とか通行できる状態。反対車線は通行止め、道路が陥没というより消えている箇所やガードレールがうねっていたり宙ぶらりになっていたり、道路脇2メートルほどの段差に車が落ちたままの光景が目に飛び込んできました。この区間だけでも道路整備するのにどのくらいかかるのでしょうか。復興までほど遠いと実感しました。7時過ぎ、輪島市役所の近くの旧輪島駅の跡地にある道の駅輪島「ぶらっと訪夢」に着きました。雪は降ってなく晴れてきました。食事休憩しながら今日の打ち合わせをし、市街地から輪島港輪島朝市を視察、市役所に向かいました。
【2024年能登半島地震支援】想いを届ける
【2024年能登半島地震支援】想いを届ける
◆2024年3月21日「学校法人 真徳寺学園 まこと幼稚園」からの想いを届ける
岐阜県大垣市三塚町にあります「学校法人真徳寺学園 まこと幼稚園」からは、能登半島地震の被災地に炊き出し用支援物資を、1月20日には志賀町と能登町の支援物資保管庫に、2月13日•28日には門前町の避難所と介護施設に、園児たちが作った大根の漬物と梅干し、乾燥きのこを。3月21日には門前町の介護施設に着替え用ジャージ.スウェット長ズボンを。またそれらの支援物資といっしょに園児たちが一日も早い復興を願い折った鶴を園庭の柿の木の枝に付け、支援物資と共に託されました。3月21日には、後藤代表が「①輪島市役所」を表敬訪問の際に、折り鶴と谷布砂子園長が折られた龍の置物を手渡ししてきました。翌日、天皇皇后両陛下も被災地をご訪問されました。輪島市役所にもご訪問され、その際目に留まったことでしょう。市役所から朝市通りに向かう途中に、旧輪島駅の跡地にある道の駅輪島「②ぶらっと訪夢」に寄りました。特産品販売所の女性店員の方が飾らしてもらいますと折り鶴の着いた柿の枝を受け取ってくれました。その後門前町に入り、特別養護老人ホーム「③ゆきわりそう」に、それから介護保険施設「④もんぜん楓の家」に折り鶴と龍の置物を渡してきました。もんぜん楓の家においては、前回支援物資を届けた際に、別の玄関などに飾りたいとリクエストがあり、谷園長にお願いをし要請物資といっしょに届ける事ができました。
能登半島地震におきましても、皆様からの支援金や支援物資、またお金で購入できない支援物資、皆々様より温かいご支援を届けさせてもらえる事に、スタッフ一同感謝しています。
【2024年能登半島地震支援】能登復興支援PROJECT「Sun Rise」訪問
【2024年能登半島地震支援】能登復興支援PROJECT「Sun Rise」訪問
◆2024年3月21日11時30分「Sun Rise」 田谷 武博代表と後藤代表が会談
3月21日輪島市役所表敬訪問後、市役所から朝市通り周辺を視察し、雪が降る中、県道1号線から国道249号線を走り門前町に入りました。国道249号線の海岸線は引き潮時間なのか前回より遠くに見え、震災による隆起が剥き出しに広範囲に目に入ってきました。「ゆきわりそう」と「もんぜん楓の家」に要請支援物資を手渡し、門前町馬場ハにあると能登復興支援PROJECT田谷 武博代表「Sun Rise」拠点IBを訪問しました。1月20日羽島市事務局から第1便は、羽咋郡志賀町にある田谷代表(志賀町民)の支援物資保管庫に届け、そこから被害が更に酷く支援がなかなか届かない門前町の避難所などに配布していただきました。2月13日羽島市事務局から第3便は、門前町の「Sun Rise」IBに届けました。確実な被害の現状や必要な支援物資などの情報は、IBよりこの指とまれに発信!今回支援物資を手渡した帰りに、ご報告と支援状況をききに寄りました。その日IBには、仮設住宅に入居した方々に物資を配布するボランティアの女性や、門前町の損壊した家屋の修理をするボランティアの大工さんと出会いました。田谷代表は後藤代表に、『顔見て、ホッとしたわ』と、震災直後から多忙な中、笑顔をみせてくれました。
◆田谷代表Facebookより
いよいよ門前町内も仮設住宅入居が開始となり、入居者の皆さんがIBで保管庫している支援物資から必要な物を持ち帰ってます。仮設住宅入居に伴い、支援物資の配達のグループ作り進めてます。行政とは違い、指定、自宅、仮設住宅、分け隔てなく、全ての被災者が明日の希望を見い出せるように皆さんの寄り添う気持ちを届けます。
先日ボランティア団体RQと共に午前中の網仕事を終えてIBに駆け付けるとTVで見た顔が!なすびさんが到着早々 着替え即現場の瓦礫清掃作業へ。フザケ全く無し、他のボランティアとのコミュも抜群、黙々と作業をこなす真面目な男です。彼は福島出身、作業後、私が4年前に福島を訪れた時と今の違いなどなど、今でも福島を憂いで希望の光を探してます。また来月来ることを約束して帰る姿がとても勇ましかったです。
色んな支援品、差し入れ、今来て欲しい仲間がココぞとばかりに駆け付けてくれてます。6日から福島からIBで住み込みで家屋の修理に来てくれてる大工さん、正確さ、スピード、臨機応変さ…全てにプロフェッショナルです。簡単に壁を作り、玄関を作り、家の傾りまで補正して隙間風なく住めるようにしていきます。政府がお金を出す気があるなら全国の大工さんを集めて欲しい。罹災証明が出ないと修復に掛かれない。私達ボランティアが材料を提供して応急処置をすれば、避難所の被災者は直ぐに自宅で戻って生活が出来てます。それもRQの家の中の掃除が終わってから…どこまでボランティア頼みの政府なのか、腹立たしい限りです。避難所生活が良い事とは思いません。ですが避難所出てからの生活も何もかも補償されてない環境へ追い出すような事をしてはいけない。
東日本大震災から何も学んでない。もっともっと住民の声を聞いてればこうはならないはず。そんなこと思いながら、自分の周りに支援活動を笑顔で続けるボランティアメンバーを誇りに思います。
【2024年能登半島地震支援】事務局第12便「もんぜん楓の家」持参
【2024年能登半島地震支援】事務局第12便「介護保険施設もんぜん楓の家」に持参
【2024年能登半島地震支援】事務局第11便「ゆきわりそう」持参
【2024年能登半島地震支援】第11便「 特別養護老人ホームゆきわりそう」に持参
◆第11便 「特別養護老人ホーム ゆきわりそう」に持参
2024年3月21日10時 石川県輪島市門前町深田「特別養護老人ホームゆきわりそう」に到着しました。小泉副施設長が出迎えてくださり、職員の方も支援物資を保管場所まで運ぶのを手伝ってもらいました。バナナ2箱•飲料水20箱•ジャージ.スウェット長ズボン1箱•箱ティッシュ1ケース•ブロッコリー•切り干し大根•折り鶴•手作り龍の置き物を手渡しました。施設敷地内まで水道の本管がやっときましたが、通水すると1箇所のみかろうじて出るのみ。どこで配管が破損しているのかも確認困難。業者さんもその作業にみえていました。洗濯•トイレ•入浴•炊事など多くの難問の中の介護の仕事は、不便さと職員の仕事の負担も多く過労も増しているそうです。バランスの良い食事もとれていません。職員の皆さんも被災者です。敷地内の2棟の施設のうち、震災直後大きい棟に利用者の方々をいっしょの棟に移し、隣の小さい棟を職員の宿泊所にしたそうです。今現在も多数の職員がここで避難生活しながら、お仕事されているとの事。