16-08-27 | ヤマダ・マサミ ART&WORK 検:ヤマダマサミ

ヤマダ・マサミ ART&WORK 検:ヤマダマサミ

主に仕事に関わる、特撮、怪獣がらみのブログです。
ときどき、猫が登場します。


池袋サンシャインで開催中のウルトラマンフェスティバルへ行って来ました。今夜はレジェンドナイト。科特隊のメンバー集結!
ムラマツ隊長こと小林昭二さん以外の4人の隊員、ハヤタ隊員こと黒部進さん、フジアキコ隊員こと桜井浩子さん、アラシ隊員こと石井伊𠮷さん(毒蝮三太夫さん)、イデ隊員こと二瓶正也さん。
亡き小林さんの放送コードに引っかかるマル秘な思い出も披露してくれて爆笑でした。キャップ、怒ってますよ、きっと。
そして飯島敏宏監督とウルトラマンその人である古谷敏さん、さらに放映中の「ウルトラマンオーブ」の田口清隆監督も駆けつけての豪華な座談会。楽しい会話に時間が瞬く間に過ぎました。
飯島監督が1話を見て、ウルトラマンの乗り物(赤い玉)があるので驚いたそうです。それを知っていれば飛んで帰らせなかったのにとの事。
どういう事かと言えば「ウルトラマン」の放送1話は、俳優たちが慣れた頃を見計らった製作5話目でした。
誰も撮った事のないウルトラマンの殺陣を、飯島監督が特撮へ出向いてこうしよう、ああしようと、決めたのでした。
もし放送1話を先に撮っていたら、飯島組(製作の1話から3本)もそれに倣って、乗り物でウルトラマンを帰らせたのに、というお話でした。毎回赤い玉になって帰って行ったらイメージ変わりますよね。
敏さんはお馴染みのスペシューム光線ポーズを決めてくれました。さすが千両役者です。
桜井さんの遠くまで通る声は、まさにフジアキコのまま。脳内変換でオレンジ色の隊員服が目に浮かびました。
みなさんいつまでもお元気でいて下さい。ありがとうございました。
http://m-78.jp/news/n-4089/


実は開場前、小説家で怪獣ガレージキット愛好家の小森陽一さんとびっしり2時間いろいろ話しました。
小森さんは執筆前にしっかり取材をしてスポンジのように吸収するタイプです。特撮の裏話へ目を輝かせて聞いてくれました。
小森さんとガレージキットの話をしていると、ああそういえば、関東と関西の発想の違いはたしかにあったなと思う。
小森さんは博多出身ですが大阪芸大出身。80年代、ガレージキットは商いの発想から量産され、流通した。そのまっただ中を経験している。
関東では、撮影所もスタッフも身近だったから、関西でガレージキットが生まれる前に、小道具の技術を得てレプリカを個々がやっていました。
同じ複製技術なのに、みんなに買ってもらって楽しもうという大阪商人の心意気と、なんとか本物と同じものを再現して個人で楽しもうと言う東京の趣味人の気持ちの差異は、確かにあったかと思います。
そして西からブームの兆しがやってきて、東京でメディアが採り上げ、文化が世に広まった。
朝日ソノラマの「宇宙船」誌で聖咲奇さんが採り上げた関西の歯医者さんが複製したキットが本邦ガレージキットの第1号だったかと思います。東西、怪獣が好きな気持ちは同じなのに、表現の違いがあるのは興味深いです。そして怪獣のガレージキットは、いま表現媒体として最高の完成度を見せています。
小森さんと話をしていると、約束したわけでないのに、もう1つの科特隊、科楽特奏隊のメンバーがぼくを見つけて来てくれました。
イベントの前座を務めたガラモーンズに、科特隊のエミソンヌが入っていたため(楽しく可愛い演奏でした)。みんなで応援に来たそうです。ママソンヌとも会いました。
あとテルミンの濱田さん家族や、敏さんのイベントの常連で遠くから来る人たちとも再会。ご苦労様です。
ウルトラマンを好きな人たちと楽しい一日でした。



駅前の繁華街で子猫を見かけたと連絡が来て、名人にご出馬願って無事捕獲。呼び込みをやっていたお兄さんが、ぼくが飼おうと思っていたんですよ。2匹も3匹も一緒ですからと心配そうに「保健所の方ですか?」と声をかけて来たのでした。
子猫がもっと小さい時に見かけてご飯をあげて、やっと慣れて、情も湧いき、ちょうど良いタイミングでした。家で飼っている2匹の猫の写真も見せてもらって安心です。猫会の人が車で彼の自宅まで運んでくれる事になりました。
台風をはさみ、子猫の運命が急展開したのでした。
連絡をくれたのは向かいのご夫婦です。近所に猫仲間がいてくれて心強いです。