今、私たちが再生をしようとしているふれあい体験ファーム「めぐみ農場」
この「めぐみ」という名称は30年近く前にこの場所を作った石川皓英さんが「恵研修農場」付けた名前を、柔らかなイメージで“ひらがな”置き換えたものです。

そんなことでこの農場は期せずして「めぐみ農場」となりましたが、私はこの名称も既に約束として決まっていたもののような気がしてなりません。

“自然のめぐみ”
“人のめぐみ”
“いのちのめぐみ”

よく使われる言葉ですから、私はあまりその意味を考えたことがありませんでしたが、この“めぐみ”という言葉でふと感じました。

私たちが様々な病や災いになる原因は、この“めぐみ”という感覚をなくしてしまうからではないか?と・・・

“めぐみ”とは、自分以外のものすべて

その自分すら親や先祖からの“めぐみ”

つまり、私たちは“めぐみ”によって成立しているのではと思いました。

病や災いは、その“めぐみ”を忘れてしまったから身に降りかかってくるのではと。

そして“めぐみ”を感じることができれば、

愛はあっても執着は発生しない。
欲はあっても独占はしない。
正しいという価値は存在しない。

そんな、「他を思いやる心」「分かちあいの心」が沸き起こってくるのではないのでしょうか?

私たちは「命」を自分のものだと思っています。
しかし、命そのものも自分のものではなく“めぐみ”

そして、その命を生きることも“めぐみ”によってなされているのではないでしょうか。

現代の物質的な社会は命まで物質的にしてしまってい、物や命までも粗末に扱ってしまっていることに気づいていません。

私は偶然にも「癌」を患ったことで、そんなことを少しづつですが気づくことができました。

そして昨夜ふと、今回私が授かったこの“めぐみ”という言葉を感じたときに、これは約束だったのではと思った次第です。

そう思うと“めぐみ農場”の広大な農地や建物は計り知れない“ありがたい恵み”です。

“めぐみ”の大きさは、感じる人の心次第。

そう思うと、スラム街のような環境も、綺麗な施設ならば感じることができない“大きなめぐみ”なのかもしれませんね。

そしてもうひとつの“めぐみ”の捉え方は江戸時代の火消し「め組」

地域で起こる災いを消したり、平安を守ったりすることです。

現代社会で発生している様々な災いは、どんどん燃え広がりとどまるところを知りません。

ここで必要なのは“め組”の心意気を持った人たちです。

そんなことで“めぐみ農場”には、これら大きな2つの約束があると感じました。

そしてこれから、私はこの約束を果たすために生きていこうと思います。

それが“めぐみ”を受け取ることのような気がしています。

私の“妄想”は無限に広がっていってしまいます。
どうしよう(*´∀`*)