関心の輪を広げる

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私たちの意識は「関心の輪」のなかに有り、そこで生活習慣や性格(心の生活習慣)が出来上がるのだと思います。

以前の私の関心は、仕事に関わること、ギャンブル、お金、美味しいものを食べること、酒・・・・・

年をとるにつれて、どんどん関心の輪が狭まり、毎日の殆どが同じことの繰り返しになってしまっていました。

すると不思議なことに自分の周りは同種の人間ばかりが集まるようになってきます。

その結果、同じ情報や現象しか入ってこなきなり、さらに関心の輪も狭くなってしまうのです。

それは自分にとって良いものばかりが集まり、それ以外のものを排除しようとしていることにほかなりません。

私は、会社、組織、政治、団体、そして治療家や先生と呼ばれる人の多くは、その集まりのような気がしてなりません。

私はサラリーマンという会社組織を辞めてから、この関心の輪を広めようと様々なところに顔を出したり、首をつっこんだりしました。

すると多くの人に「一体何をしたいの?」と言われたのです。

「一つにことをきちんとやらなくてどうするんだ!」と。

私はそれこそが、人の関心や好奇心を奪うことで人を思い通りにしようとする、現代社会の人と人との関係ではないのかと感じました。

勝手に仲間だと思い裏切った

組織に馴染めないと、自分の意思や目的あわないと烙印を押す・・・・

そして、同種のもの以外すべてをあたかも敵のようにみなして排除する。

会社も、教育も、政治もほとんどが、同じ関心の輪を持つものの集合体でなければ生きていけなくなってしまっているのではないのでしょうか?

このように同種のものが集まることで、視野はどんどん狭窄していき、いずれは盲目にようになってしまうのです。

今、それに「なにかがおかしい」と気づき始めた人が増えてきているような気がします。

しかし、それらの人は排除されたり、心が病んだり、病になったりして、枠の外に放り出されてしまう・・・・

また、そう思っていても、そんな状況になってしまうことを恐れて自分を殺してしまう・・・・

その結果が、病や犯罪が増えている原因ではないのでしょうか?

私は、そんな今の時代や人の集まりおかしいと思った人達が、人間らしく自分らしくいられる場として″めぐみ農場”を存在させたいと思っています。

その場のモデルがすべての生き物が自分らしく生きていける場をつくる「自然栽培」なのです。

今私たちに必要なことは、自分以外の様々な物事に関心を持ち、関わりをもちことなのではないのでしょうか?
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創造性

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私は、いつも創造性を持つように心がけている。

どんな創造をしているか?

ここでは詳しくは述べないが、知らずに知らず顔がにやけてくるようなことだ。

そんな私の創造の中にはたくさんの登場人物が出てくる。

でも、怒っている人やしかめっ面している人は一人もいなく、みんな笑顔。

つねにそんな人に囲まれている私は本当に幸せだ!

でも以前は私も怒ったり、しかめ面をしていた。

これも癌になったおかげだ。

そして多くの人に助けられた。

本当にありがたい。

だから、この幸せを分かち合いどんどん膨らませていこう。と思い、またその姿を創造してニヤニヤするといったことの毎日だ。

しかし、ふと不安になったり、できるのだろうかとわれに返るときがある。

それは、現実を意識したとき。

ここでいう現実とは過去の記憶。

すなわち知識である。

知識はすべて過去の記憶であり、私たちは過去の記憶に則って未来を設計する習慣がついている。

学歴や一般常識、身分や名声が未来をつくるためには必要なものだと考える。

だから、学歴がないから、常識がないから、自分の将来は知れているとか見えないと思い嘆き悲しむ。

しかし本当に過去の記憶は未来と関わっているのか?

私はまったく関わっていないと思うのだ。

だって、誰だって未来を創造することができるではないか。

過去と未来は完全に切り離れている。

どうしてか?

間に現実があるから。

現実を変えれば未来は変わる。

知識なんて現実を変えればいつでもつけることができるし、学歴なんて人間の中身とはまったく関係がない。

そしてこれらはすべて有限なのだ。

しかし創造は無限である。

私は今を生きることで無限の創造性を得たのだ。

今を自分らしく、やりたいことをやる。

そうすれば、おのずと未来は開けてくる。

たとえ悪い事が起こったとしても、今を意識したらそれはすべて過去なのだ。

だから、新しい未来を創造するのだ。

たとえば、癌になったから幸せになろうと!


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まずはやってみよう!

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今日は日進市にぎわい交流館でめぐみ音のランチコンサートを開催します。


詳細はめぐみ音HP⇒http://megumion.tumblr.com/



また、11時30分からがランチの提供、コンサート終了後は患者さんの交流会を開催しますのでお時間あればランチがてらぜひお越しくださいね!


カフェ詳細はこちら⇒http://www.meguminokai.net/カフェの運営/


私がこのめぐみ音を始めたのも、音楽は良いなぁと思い、あれこれ考えずに「まずはやってみる」というところからでした。


無理だと思っても、無理してまずはやってみる。


それは、がんになる前から私が心がけてきたことです。


10年前、がんになって人生諦めかけたとき、この習慣があったから蘇ってくることが出来たといっても言い過ぎではないでしょう。


無理かどうかはやってみないと解らない。


考えて出来るようになるなら考えるが、考えているだけでは前には進まない。


だったら考えるよりも、まずは行動!なんてパターンでやってきました。


そしてやってみることで、それは無理ではなくなり、出来ることに近づいてくるのです。


それは、子供が鉄棒で逆上がりにチャレンジするときと同じ。


すぐには出来ないかもしれませんが、出来るようになると思って何度も繰り返すことで出来るようになっていき、その結果自分の可能性を広げ成長していくのです。


力がないとか、運動神経がないとか言って、出来ない理由をつけてしまったら一生できませんよね。


大人になってからもそれと同じで、無理だと思って、やめてしまったら可能性の扉は閉じたままで出来るようになることなどありません。


そんなこと解りきったことなのに、大人になるにつれて、ドンドンできないことを作っていってしまうのです。


だからこそ、大切なことは“まずはやってみる”こと。


それは、出来ないから、出来るに変わるときは必要不可欠なことなのです。


私はがんになってからは、大きな手術や抗がん剤治療のおかげで、出来なくなったことがたくさんありました。


そんな状態になったにも関わらず、今があるのは先にも書いたように、この“まずはやってみる”という精神があった方に他なりません。


歩くこと、走ること、筋トレ、食事療法等々、出来るかどうかなんてことは大切なことではなく、やってみるかどうか?という事の方が今の自分から変化するには大切なことだと思っていました。


その結果、今はがんになる前よりも出来ることが増えてきたのです。


その裏には、止めると決めたこともたくさんありますけどね。


がんになる前は、まずはやってみたことを諦めが悪く止めることが出来ず執着するほうでした。


それなので、やらなければいけないことが山盛りになり、それに関わらず猪突猛進に進み続けたことで、、がんになったと言って過言ではないくらいだったのです。


それなので今は敢えて、“まずはやってみる。でも、ダメだと思ったらすぐ手放す“という習慣をつけるようにしています。


人はそれを飽きっぽいとが、我慢が出来ないとか言いますが、人に何を言われようと私にとっては過去と同じことを繰り返すことしないためにも、執着せず手放すことはとても大切なことなのです。


だって、自分の性格や行動パターンそのものが自分で、それも全部ひっくるめて自分なのですから。

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