虹感じるままに!そのままに!「がんになって良かった!」 えいちゃんのブログ LOVE


このブログは、「がんで苦しむ人をなくすための活動」を通して、感じたことを、そのままに書いています。


したがって100%私の私見なので、人に「こうしたほうが良い」というものではありません。


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「がんになって良かった!」  えいちゃんのブログ


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著書 「がんの管理学」
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2012-02-23 07:29:45

ピリオドを打つ!

テーマ:生き方 posted by ganmane
「どうして癌になってしまったのか?」
癌宣告を受けたとき以来、ずっと考えていたことです。

多くの人は「運が悪かった」「バチ当たった」など自分以外のところにその原因を求めてしまいます。

私もそう思っていました。

突然目の前に降って沸いてきた悪夢のような病にどうしようなく、ただうろたえ、恐怖と不安が増すばかりでした。

しかし、あるとき「癌は自分で作ったものなので自分で治すことができる」という患者会に出会ったことで、私の人生は大きく変わったのです。

「責任を取れば癌は治る」
NPO法人ガンの患者学研究所 川竹文夫氏の言葉です。

この言葉は「ガンになったのは自分の責任だ!」と言っているわけですから冷たい言葉のように思われます。

実際、私がその後、この団体の患者会「いのちの田圃の会」初代会長に就任し、セミナーや講演会などで「癌になって苦しんでいるのに、自分の責任なんて言われたらさらに苦しみが増してしまう」などと良く言われましや。

しかし、原因が自分にないのならば、自分ではどうしようもないことになってしまいます。

癌は自分で作ったものであれば、もしかしたら自分で治せるかも知れない。

癌になるまでの自分の生き方を振り返ったとき、食事、ライフスタイル、環境、そして考え方すべてに原因となるものを見つけたのです。

そして、その原因を一つ一つ取り除いていきました。

今思うと、そこが私の新しい人生のスタート地点でした。

つまり、今までの生き方の結果として癌になったので、癌になったことをそれまでの生き方のゴール地点としたのです。

私は癌になったときに大切なことは「ピリオドを打つ」ことだと思います。

ピリオドを打つとは、文節を変えること。

日本には「節句」という歳時記があります。

これも季節の節目です。

同じように人生にも節目を作って、次の新しい文節のストーリーを描くのです。

これは、癌だけに限ったことではありません。

どんなに辛く苦しいことが起ったにしても「ここで終わり」にしょう決めることはできます。

終わりにするのはそんなに難しいことではなく、区切りをつければ良いだけ。

そして、新しい自分に「チェンジ」する。

今までの生き方に「ピリオドを打ち」、新しい生き方に「チェンジ」しようと決めるのです。

誕生日や、記念日などのようにお祝いをしてもいいし、今までの自分に手紙を書いたり、部屋の模様替えをしたりと、ちょっとした区切りを演出してもいいですね。

そこから先に広がっているのは「新しい未来」

生き方を変えるには「決意と覚悟」が必要です。

「決意と覚悟」なんていうと、とても大変なことのような気がしますが、私の経験からすると決めてしまえば、さほど大変なことではないような気がします。

考えるから迷って決めることができない。

考えずに決めてしまえば後は進むだけ。

「ピリオドを打つ」ことは、先のことを考えずに、決めるだけです。

その先は、どうすればいいか?

「選択を変える」だけです。

「選択を変える」については、明日、書こうと思います.

 

★グルっぽ「癌(がん)になっても幸せになって生きる!」

を作りました。

http://group.ameba.jp/group/UADc_wgDHWpl

 

 一般社団法人 日本がんマネジメント協会 HP 

http://www.ganmane.jp/


2012-02-22 07:16:56

計画を立てないほうがうまくいく!

テーマ:生き方 posted by ganmane

私は「具体的な目標を持つこと」「そのための具体的な計画を立てること」が人間の視野を狭くしたり、間違った方向に進んでいく原因になってしまうという、ひねくれた考えを持っています。

それは私が癌になり、自分自身が様々なことを実践し、そして多くの奇跡的に癌が治った人を見てきて行き着いたことなのです。

癌になったとき、ほとんどの人は「治すこと」を目標にして、そのために具体的な計画を立てて実行しようとします。

しかし、「治すこと」を目標とすることは、ずっと癌に囚われてしまっているということ。

そして具体的な計画を立ててしまうことで、他の可能性が失われてしまうと思うのです。

つまり、「治すこと」を目標とすることで、今を幸せに生きるという可能性を手放してしまっているような気がしてならないのです。

これは癌治しに限ったことではありません。

予定や計画を立てること=それ以外のすべての可能性を排除することではないでしょうか?

そして予定通りにならないことがストレスや苦しみを産むことにも繋がってくるのです。

こんなことを書いていると、「だったらどうしたら良いのだ!」と怒られてしまいますね。

私が心がけているのは「その時々で一番良い選択をする」ことです。

つまり、過去の選択にはこだわらずに、そのときに最善と思える選択をするようにしています。

私たち自身も、世間も、自然もこの世に存在するものはすべて常に変化をしています。

ということは現在以外はすべて過去の出来事や過去のもの。

過去とは、すべて知識。

現在とは、感覚。

よく過去にこだわるな!なんて言いますが、それは言い換えれば「知識で判断するな!」というと。

知識で判断すると、答えは自分の常識の範囲になってしまい、新しい発見や成長が阻害されてしまうと思うのです。

計画を立てることは大切です。

しかし、その計画に囚われることは良くないことのような気がします

私はそれを癌から学びました。

私たちの身体の状態や心の状態は刻一刻と変わっています。

それなのに過去に決めたことに囚われ固執して状態が悪くなってしまう・・・・

動物性食品を食べないと決めたので、どんなに体がヘロヘロになってもまだ頑張っている・・・・

私は頭で考えてしまったら癌が治る確率は著しく低くなると思っています。

そして「癌」という言葉を「成功」に置き換えても同じこと。

考えれば考えるほど、失敗に近づき、考えずに感じたままに生きることができれば失敗するリスクは低くなるような気がしてなりません。

今、私はそれをこれから自分自身の人生で試してみようと思って生きています。

今日、書いたブログの内容はあくまで私の仮説。

その仮説が正しいのか、正しくないのかの答えは、これからの私の人生が出してくれると思っています。

そう思うと、人生って楽しいですね!

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2012-02-21 07:41:00

自由は「権利」ではなく「恵み」

テーマ:生き方 posted by ganmane
私は癌になる前は
「自由」は自分の権利だと思っていましたが
癌になったことで「自由」とは、他によって得られているもので、「自由」であることは当たり前ではないことを知りました。

今は「お蔭様で自由を得られている」
と感謝しています。

今日は「どうしてそう思うようになったか?」に触れてみたいと思います。

私は癌なって15時間に及ぶ大手術をしました。

術後気がついたとき私はすべての自由を奪われていました。

手術前には自由に、動け、飲み食いでき、呼吸ができ、話すことができましたが、麻酔から醒めたときは何一つ自由になりませんでした。

私はそのとき自分で何一つできないのに生きているのは医者や看護師さんがいてくれたおかげと強く思いました。

痰が詰まって苦しいとき、自分では何もできないのでナースコールを押したあと、看護師さんが来てくれるまでの時間は不安を通り越して恐怖でした。

そして来てくれたときの喜びと安堵感は口で言い表すことができなませんでした。このとき白衣の天使という言葉の意味がはっきりと解りました。

私はこの経験を通して自由は自分の権利なんてものではなく、
自分以外のものによって与えられているものだと解りました。

自由という漢字は、自らの由(いわれ)と書きます。
私たちが生まれたのも生きているのもすべて自分の力ではありません。

生まれたのは親がありご先祖があったおかげ。
そして生きているのは、食べものを作ってくれた自然が農家、親のおかげ。
衣食住すべて自分ひとりでは何も得られることはありません。

そう考えると、私たちは
「お蔭様で自由に生きていられる」のではないでしょうか?

私は癌になる前はずっと、自由を失う喪失感がありました。
仕事をして、結婚して、子供ができて、管理職になって・・・・・
最終的には自己をも喪失してうつ病、そして癌です。

しかし、癌になって自由は失っていたのではなく、頂いた自由を使ったことで多くの素晴らしいものを得られていたことに気づきました。

仕事をしたことでそれまでより自由に使えるお金が増えました。

結婚したことで様で一人の女性は自分の時間を私のために使ってくれるようになりました。

子供ができたことで、新しい自分の分身ができ、新しい未来を創造できるようになりました。

管理職になって自分の代わりに仕事をしてくれる部下でできました。

失ったものばかりに目を向けてしまい、得られたものは当たり前という自我が目覚めてしまっていたのです。

はこのような体験を通して「自由は権利」ではないと
強く思うようになりました。

自由を権利だと思うから私たち人間は苦しんだり、自由のために戦ったりするのではないのでしょうか?

癌になる以前の我欲によって「自分の自由」を主張していた私も同じ類でした。

しかし、それを極めたから、このことに気付けたのだとも思っています。
「陰きわまって、陽となる」ですかね(笑)

そして不思議なことに、「自分の権利としての自由」を捨てたことで、新しい自由が得られ、その自由を与えてくれた人やものへの「お蔭様」の気持ちを持って自分らしく生きていることで、とても多くお金では買えない素敵なものを頂いています。

それは何か?

生かされているという「幸せな気持ち」です。

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2012-02-20 07:01:25

「治す」ということ

テーマ:「がん」について posted by ganmane
ここ最近のブログは常識からかけ離れたことを書いているように思います。

読者の皆さんも???とか、身も蓋も無いと思われている人もいると思います。

しかし、私は生き方を変えようと思ったときに、常識と言う枠を取っ払おうと決めました。

すると様々なことに?を感じ、自分なりの解釈をすることで「生き方を変える」ことができました。

したがってこのブログに書いていることは私の解釈です。

こんな解釈もあるのか思って読んでいただければありがたいです。

今日も常識とは離れた解釈です。

先日のブログで「老化防止」はできないと考えたほうが良いのではと書きました。

そして病が老化ならば「病を治す」ということは考えないほうが良いのではと思うようになりました。

私は以前、患者会にいるときは「癌は治る!」そして「癌を治す!」と強く思うことが大切だと言ってきました。

しかし今は真逆のことを考えています。

話はちょっと変わりますが癌が治っている人の多くは医者から「治らない」と宣告された人です。

私は多くの患者さんを見てきて、治らないといわれた人の方が治る確率が高いような気がしてなりません。

どうして「治らない」と言われると治る確率が上がるのか?

治っている人は、治らないと言われることで、「死」ではなく「生きる」方向に目を向けるからだと思います。

つまり「生きたい」と強く思うのです。

そしてその「生きる」という方向を見ることで希望を見つけることができるような気がします。

しかし、癌を手術で取り除いて再発を恐れていると、「生きたい」より「死にたくない」と思ってしまいます。

私もそうでした。

そして「再発しないようにしよう」と思うことは常に「死」を意識してしまっていることです。

「癌を治す」と思うことも然り。

常に「治す」と思っていることは癌呪縛にかかり、常に自分は癌になってしまったことに囚われていることのような気がします。

私が検査をしない理由の一つがここです。

癌から離れたいからです。

以前、余命3ヶ月から生還した人にお話を聞いたとき、どうして治ったのだと思いますか?と質問したところ、「癌になったことを忘れたから」という答えが返ってきました。

私はその答えが腑に落ちました。

癌が治らない原因はがん呪縛にかかってしまうからではないか?と思うようになりました。

癌を忘れないと、リラックスした生き方はなかなかできるものではありません。

更に言えば「治す」ということは、現在の自分の否定にも繋がるので、リラックスできる状態にはなれないのではないかと思うようになりました。

ここで言いたいことは、癌になってしまった自分を否定するのではなく、今生きている自分を肯定して楽しく幸せに生きることに集中したほうが良いのではないかということです。

とはいっても、今までと同じことをしていたら、同じ結果しか生みません。

は癌になったとき大切なことは、過去を否定して、現在を肯定することだと思います。

今までやってきたこと結果として癌になってしまったが、まだ今生きていることを喜び、今できることをきちんとやろうと思うのです。

しかし多くの人は、過去は良かったと肯定して、現在は癌になってしまったと否定してしまいます。

現在の自分を否定してしまったら、良い結果が生まれるはずが無いと思いませんか?

間違えないでほしいのは私は「癌」肯定するのではなく、「生きている自分」を肯定したほうが良いといっているということです。

私は良く患者さんに
「治すな直せ、直せば治る」と言ってきました。

これは癌を治そうとせず、いままでの癌を作ってしまった生き方を直すことに心がけたほうが良く、それを直すことができたとき結果として癌が治ることがあるという意味です

過去の生き方によってできた癌は、その生き方を直すことでしか治らないと思いませんか?

私が病を「治す」ことにあまりこだわり過ぎないほうが良いと思っている理由解っていただけたでしょうか?

と言うことで今日はこのあたりで終わりたと思います。

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2012-02-18 08:18:05

老化防止はできないのでは?

テーマ:生き方 posted by ganmane
私はこの世に中に正しいというものはないと思っていますが、ただ一つ「人は必ず死ぬ」ということだけは正しいことです。

私たち人間が1日生きることは、1日死に近づいていることです。

それはどんな人でも老化をし続けて生きているということでもあります。

なのに、世の中では「老化防止、アンチエイジング」といって老化が悪いもののように言われています。

しかし老化は止めれるものでもないし、若返ることもできません。

私は老化は決して悪いものではないと思っています。

老化というのは細胞の酸化現象です。
そして病の原因の多くも細胞の酸化。

即ち、私たちの体は常に老化しているし、早く進むのは自分で老化を進める原因を作っているからだと思います。

癌も老化現象のひとつ。

私が42才で癌になったのは、それだけ老化を進める生き方をしていたから。

私は降り返ると「生き急いでいたなぁ~」と思います。

どうして老化を否定しないのか?

癌になったとき一番苦しむのは、健康なころに戻りたいけど戻れないことです。

私は手術で食道と胃を切除しましたが、切った臓器が再生することはないし、後遺症がなくなることはありません。

それを癌になる前に戻りたいと思うから苦しみが増すような気がしまします。

私は「術後の自分の体をスタートにする」と決めました。

そこをスタートとにすれば自分の努力で少しづつでもプラスに進んでいきます。

しかし、術前の自分と比較をしたらどこまでいっても常にマイナスです。

術前に戻れる訳がないのですから。

これを言いかえると「老化」を止めようと思ったり「若返ったり」しようと思うから苦しんだり、ストレスが貯まるような気がします。

私は老化を止めることはできませんが、ゆっくりさせることはできると思っています。

老化することを受け入れれば苦しみはすくなるよような気がします。

その為には身体を酸化させない生き方をするしかありません。

すべての生き物は死に向かって生きているのに、それに逆行しようとするから苦しんでいるような気がしてなりません。

それはつまり大自然の法則に沿って生きるということ。

私は老化防止やアンチエイジングという考え方は、自然を人間の思うままにコントロールしようとしていることと同じことではないかと思います。

私たち人間は、すべてを自分たちの思い通りにしようとしてきました。

自然、生き物・・・・・

そして、自分の身体や命までも・・・

 

これからの時代に必要なことは、自然に委ねる生き方のような気がします。



そして、私たちの苦しみの多くは自然界の法則に抗うことによって生まれるのではないのでしょうか?

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