時は一橋が井賀と戦っている2時間前にさかのぼる。
場所は、一橋の部屋だ。

一橋が部屋から出ていくと、景子は内側から鍵とチェーンを掛けた。
再度ドアをゆすり、鍵が完全にかかっているのを確かめると今に戻ると、全員を見渡した。
一橋が去る前、景子に、「僕以外誰が来ようと、絶対鍵を開けないでください」と忠告していったからだ。

このマンションはチェックが厳しい。
にもかかわらず一橋が敢えてそう囁いて言ったことは、誰かがそのチェックの網をかいくぐってここにくる可能性があるということだ。
一橋が、敢えて人を不安に落としいれるような事を言わない事は、これまでの彼の言動でわかっている。
誰かが来るかもしれない、
景子は緊張感を持って部屋の中を見渡していたのだ。

あびるさきは、美羽と何やら楽しげに話している。
一橋の部屋に置いてあったファッション雑誌を見ながら、ファッションの話でもしているのだろう。
景子はソファーの上に置いたままの一橋宛の郵便物を再度チェックし始めた。
ほとんどがダイレクトメールだが、時折景子が知ってる大物企業家、政治団体からの郵便物も来ている。
一橋の人脈の広さは所長から聞かされている。
だからこそ、敢えて一橋の懐に飛び込むべき、事務所の共用という案を出したのだが、今は景子自身が一橋の(あれこれ)を知りたい欲求に駆られていた。

とその時だった。
玄関のチャイムが鳴った。
三人の女性は顔を見合わせた。
フロントからの呼び出しを素通りして、いきなり玄関のインターホンが鳴るなど、このマンションにかぎってはありえない。
景子が立とうとする前に、美羽が先に、小走りに玄関横のモニターを覗いた。

「大変!」
「どうしたのよ」

景子もモニターを覗き絶句した。
四人の男性に混じり母の澄子がモニタの真ん前に立っている。
しかもその喉元にはナイフが突きつけられていた。

「お母さん!」

景子の悲鳴に近い言葉に美羽は事態を察知した。

「ドアを開けろ、さもないとこの女の喉を掻っ切るぞ、どこかに通報しても同じだ」