パンドラの箱が爆発したきっかけは、知世を轢いた犯人が捕まったと警察から連絡があった(奇跡)からだ。

呼び出された警察の玄関の前で、ばったり水野ヒロコと鉢合わせしたのだ。
奇跡の背後には災いが潜む。その災いが又奇跡を起こす。
パンドラの箱は、音も立てずに、哲也の中で爆ぜていた。

偶然の出会いに、不思議に思い理由を聞くと水野ヒロコのご主人を轢いた犯人が捕まり、その件で警察に呼ばれたのだという。
岩城はビックリした。
水野ヒロコの主人も、轢き逃げにあっていたのだ。
そんなことはまったく知らなかった。
それも当然だ。
水野ヒロコと初めて会ったその晩に、妻の知世が亡くなったのだ。しかも、麗との血液の問題も頭にのしかかっていた。
とても水野ヒロコの事を考えてる暇などなかった。
勿論、会社では何度も会っていたが、それは単なる社員同士の会釈で終わり、昔、水野ヒロコと会ったことがあるな、、などという記憶は完全に消し飛んでいた。

その水野ヒロコも自分と同じ境遇だったことも驚きだが、それと同時に犯人も同じ日に捕まったというのだから、偶然にしては恐ろしい話だ。
知世が亡くなった時、社内では相当噂になったと聞いたが、その時も水野からは特に何も言ってこなかった。
同じ境遇ならば、何か一言、いや教えてくれても、、とちらりと思いもしたが、よく考えれば、さほど親しい間柄でもない岩城に、自分の境遇を話さないほうが当たり前だ。

「そうですか、水野さんのご主人も・・」

そう言いながら、フト思いついたのか、哲也は

「そうだ、じゃあ、付き合ってくれませんか、水野さんはもう、終わられたんでしょ、警察の方とのお話」
「ええ、まあ、、」

突然の哲也の申し出に、水野ヒロコはたじろいだ。
哲也の意図が計りかねたからだ。

「私がですか?」
「ええ、ぜひお願いします」

怪訝気な水野を見て、哲也は慌てて言葉を足した。

「私も今から刑事さんに会いに行くんです。知世、、あ、、妻ですが、妻を轢いた犯人が捕まったそうなんですが、一人で行くのがなんとなく不安で、こんな言いかたしたら不謹慎ですが水野さん同じ件で呼ばれ、もう刑事さんと会われたわけなんでしょ」

水野は哲也を見返した。

「奥さんを轢いた犯人がわかったんですか」
「ええ、でもなんか心細いんです。一度経験された水野さんに付き合っていただけると、私としても心強いんですが」
「私なんか何の役にも立ちませんよ」
「いえ、なんといっても経験者ですから・・」

哲也はとっさに自分の非礼にきずいた。

「あ、、すみません、経験者だなんて失礼な事言っちゃいまして」
「あ、、そんなことはどうでもいいんですが、本当にいいんですか?私なんかが、岩城さんの私生活に立ち入っちゃりして」
「そんなことないですよ。私、本当に不安なんです、誰かにすがりたい気分なんです、もう、藁にもすがりたい気分なんです」

黙ったままの水野に

「あ、又失礼なことを、藁は、たとえですから」

哲也は頭を掻いた。

「ワラにすらならないと思いますが、私でよかったら、ご一緒します・・」
「ありがとうございます。本当に助かります」

哲也は深々と頭を下げると

「じゃ、、」

と水野を促し警察署の中に入って行った。