不思議な安心感に囚われ
ながら、心地よい一時を
味わっていた幻十郎は、
突然ギランの一言で、現
実に戻された。

「誰か来る!」

「私も感じる」

あまも同時に叫んだ。
声の質から察すると、敵
のような雰囲気だ。

しかし、幻十郎には何の
(殺気)も感じない。

確かに、何やら(ふわん)
とした実態のないものの
感覚は感じるが、それが、
ギラン達が言う(誰か)
とはどうも、一致しない。

「誰?あなたは」

ギランが、空間に向かっ
て叫んでいる。
しかし、幻十郎には誰も
見えない。

「誰なの?」

あまにも見えるのだろう。
同じように空間に向かっ
て叫んでいる。

目を凝らして、二人が見て
いる空間を探ってみたが、
やはり、何も見えない。

「あなたが、幻十郎です
 か」

突然目の前に、甘い息を感
じると、真っ白な衣に包ま
れた、一人の女性が現れた


「旦那、危ない、離れて」

あまが叫んだが、幻十郎は
動こうとしない。

どこかで、たしかに、その
昔・・・

幻十郎は、頭を振った。

記憶があるのだ。
初めてではない。

幻十郎は、もう一度目の前
の女性を見た。

痩身で、柳のような物腰の
女性だ。
薄い布で、顔全体を覆って
いるから、その顔はわから
ないが、布の間から見える
、二つの目は、確かに、記
憶がある。

いや、目よりも確かな記憶
として、この匂いだ。この
甘ったるい匂いこそ、幻十
郎の記憶にべたりと張り付
いた、記憶だ。

知っている。
この女性を、私は知ってい
る。

「旦那、早く離れて」

あまが、再度叫んだ。

いや・・
危険など無い。
この女性は、この人は、
私らの味方だ。敵であるわ
けがない。

そう、幻十郎の本能が叫ん
でいる。

「幻十郎さん!」

ギランが、たまりかねて
、その尾で、幻十郎の身
体を掴むと、正体不明の
女性から、引き離した。

「食べられるかと思った」

あまが、溜息がてらに、呟
いた。

離れて見て、幻十郎は驚い
た。
等身大の女性だとばかり思
ってみたが、こうして距離
を置いてみれば、その女性
の大きさに驚いたのだ。

幻十郎の4・5倍はあろう
程の、大きな女性なのだ。

身体は、しかも、透き通っ
ている。

あまが食べられると感じた
のも、あながち、大げさと
は言えない。