【from 仙台】あの旗を、ふたたび揺らして。 | ふうとも『諏訪の木陰から』

ふうとも『諏訪の木陰から』

お散歩のひとこま。

しろい、大きな旗が、
青々とした芝の上を、
ゆるゆると、進みはじめました。

気づいたひとから、
拍手と、さらに、
驚きと、感激が入り混じった
声というか、音というか、
あっという間に、広がって、
「どよめき」にまとまっていました。

見覚えのある、旗だったからです。

【10月22日(土)13時20分すぎ 見えづらいけど、ベガルタ仙台側の応援席に沿うように進んでいます】
【10月22日(土)13時20分すぎ 見えづらいけど、ベガルタ仙台側の応援席に沿うように進んでいます】

10月22日(土)の午後、
ユアテックスタジアムで、
ベガルタ仙台川崎フロンターレ
ゲームにのぞむ
両チームの選手たちが
芝の上にあらわれる
直前のことでした。

旗の端っこを
手で支えて、ぴんと張らせている中には、
両チームのマスコット、
ベガッ太くんと、
レイン・コート姿のふろん太くんまで。

芝のまん中を横切ると、
ベガルタ仙台側の応援席に
沿うように、
ゆったりと、ゆったりと。

【10月22日(土)13時20分すぎ 自分たちの旗はしまいこんで、「等々力 サイコー」。みえますか?】
【10月22日(土)13時20分すぎ 自分たちの旗はしまいこんで、「等々力 サイコー」】

その応援席の
黄色っぽい
大小よりどりの旗が
立ち並んでいるはずのあたり、
なんにも見当たりません。

おかしいですよね。

目の前で、
ベガルタ仙台の選手たちが
ウォーミング・アップを
はじめているというのに。

でも、
ただひとつ、
なんか、
空の色をしたものが、
こちらを向いているんです。

「等々力 サイコー」

そうしておいて、
ベガルタ仙台のサポーターたちが、
川崎フロンターレの
応援の歌を、
うたいはじめます。

もう、
あっという間に、
降参の瞬間が、近づいてきました。

もう、
どこまでやるんだ、この人たちは。

【10月22日(土)13時40分すぎ 揺らされる「FORZA SENDAI がんばれ!  仙台・宮城!!」の旗】
【10月22日(土)13時40分すぎ 揺らされる「FORZA SENDAI がんばれ! 仙台・宮城!!」の旗】

芝の上から
すっと姿を消した
白くて、大きな旗は、
すぐさま、
がばっと、観客席に
広げられます。

川崎フロンターレ側の応援席から
見えやすい位置で。

4月の雨の日、
等々力陸上競技場の午後と同じように、
がばがばと、揺らされながら。

あの日と同じように、
けれど、
こんどは、
ベガルタ仙台のサポーターたちが、
川崎フロンターレを
応援する歌やかけ声を、
白い旗を包みこむように、
響かせるのです。

寄せ書き中@等々力
【4月23日(土)9時50分すぎ 等々力陸上競技場の室内練習場にて】

ひろくて、
白いスペースに、
黒のぶっといマジックが、
あちこちで、さかさかと
動いていました。

靴を脱いでは
すすっと、散って、
真ん中に、
ベガルタ仙台のチーム・カラーで
大きく書かれた
「FORZA SENDAI 
 がんばれ! 仙台・宮城!!」
を踏まないように。

ざざっと流された、大きい字、
きちっと刻まれた、小さい字、
くるんと巻かれた、かわいらしい字、
がくんと曲げられた、ちから強い字。

書かれた字の
匂いは違っていても、
書かれたメッセージは
みんな、励ましの言葉です。

ひょっとすると、
書く時の表情も、
みんな、同じように、
ちょっと神妙なものだったのかも
しれませんね。

3月11日(金)におきた
東日本大震災の被災地、
仙台を本拠とする
ベガルタ仙台や
現地の方々へのメッセージですからね。

震災の影響で
延期されていた(関連コラム1
Jリーグが再開された4月23日(土)、
川崎フロンターレが
本拠地に迎えたのは、
ベガルタ仙台でした。

J2の時代から、
切磋琢磨しあってきた関係からなのか、
ほどよい敬意を抱きあうことが、
あちこちに染み出す
チーム同士、サポーター同士です。

この日、
川崎フロンターレの応援席から、
励ましの言葉で埋め尽くされた
この旗を、
ベガルタ仙台の応援の歌とともに、
届けたのです。

それから、おそらく。

届けようとした言葉や歌に
込められていたのは、
被災した方々への励ましだけでは
なかったでしょう。

書いたひとそれぞれが、
歌ったひとそれぞれが、
自分自身に
問いかける何かが
まぶしてあったはずです。

幸いにして、
被災はしていない地域に
生きるわたしたちですら、
あの日の揺れと、真っ暗な夜、
その後の、
ぐらぐらと揺れ続ける日々に、
こころ持ちが、
かなり変わっている気がするからです。

たぶん、
いままでよりも、
ちょっと、
やさしくて、あたたかくて、やわらかくて。

それから、
強くて、たくましくて、したたかに。

ぐらぐら揺れ続ける日々は、
ひととひととの触れあいを、
がらっと変えてしまう日々でも
あったはずです。

ぎゅっと密になったり、
さらっと緩んだり。

ときには、
だいじなパートナーや家族とさえ、
離れることになったり、
巡りあうことになったり。

それから、
自然との触れあいかたも、
食べるものとの触れあいかたも、
地域との触れあいかたも、
仕事との触れあいかたも、
趣味や
もろもろの何かとの触れあいかたも、
どこかが、何かが
変わっていく
日々だったような気がします。

多摩に住まいを持って、
紙や画面に
何やら文字を並べたりしながら
暮らしているひとが
書くものだって、
たぶん、何かが、
変わっているはずです。

だから、
込めようとはしなくたって、
白い旗にのせられた
黒いインクのどこかに、
雨の空に飛ばされた
勢いのある声のどこかに、
自分自身に向かいあう何かが、
変わった何かが、
紛れ込んでいたはずです。

それぞれの、やさしさが、
それぞれの、あたたかさが、
それぞれの、さびしさが、
それぞれの、孤独さが。
それぞれの、生きていく覚悟が。

あの日も、この日も。

【4月23日(土)13時すぎ 震災後1カ月ちょっとで、等々力で思いを吐露する仙台のサポーターたち】
【4月23日(土)13時すぎ 震災後1カ月ちょっとで、等々力に集まった仙台のサポーターたち】

それにしても、
4月の再開の一戦に、等々力を訪れた
仙台の方々の思いは、
こんな程度では、なかったでしょう。

それから、
ちょうど半年。

言えることも、言えないことも、
歩いて通って、
くぐって抜けて、
それでも、なのか、
それだから、なのか。

みずからの旗は、
すっかり
引っ込めて、
「等々力 サイコー」
を掲げるのです。

あの白い、大きな旗を、
同じように、揺さぶって、
同じように、来訪者の応援の歌を歌うのです。

これが、
どんなに凄いことだったのか、
恥ずかしいけれど、
お伝えできるだけの
ことばを持ちません。

【10月22日(土)14時 選手たちが入場しても、また揺らされています】
【10月22日(土)14時 選手たちが入場しても、まだ揺らしています】

がっぷりと、組み合って、
重心をおちつけて、
辛抱を重ねあって、
がまんを比べあった
10月22日の午後。

ゲームが終われば、
こんどは、
川崎フロンターレの応援席から、
ベガルタ仙台の応援の歌を、
続けるのです。

ひたすら、ひたすら。

応えれば、また、応え返して、
いつの間にやら、
ベガルタ仙台の選手たちやら、
自転車をこぎこぎ、ベガッ太くんまで、
川崎フロンターレ側の応援席に。

あっという間に、
やさしくて、あたたかくて、
ほっと落ち着いて、
もう、
どうやってできたんだか、
わからないくらい、
すてきな空間ができ上がりました。

なんで、
肝心な、その光景の写真を
載せないのか、ですって?

そんなの、
撮っていないんですよ。

ぐちゃぐちゃになりそうなの、
抑えるだけで、精一杯だったんだから。