生きることを、生きる意味を、生きる喜びを、サッカーが受け止めた日――川崎フロンターレの麻生G | ふうとも『諏訪の木陰から』

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お散歩のひとこま。

みなさん、おはようございます。

まずは、
3月11日(金)午後以降の
東日本大震災(東北地方太平洋沖地震)によって、
犠牲になられた方々の、ご冥福をお祈り申し上げます。
被災された方々の、お見舞いを申し上げます。
災害救助や復旧に、体を投げうたれている方々に、感謝を申し上げます。

わたしたちは、
日本中で、
少なくとも、東日本中で、
頻繁に揺れ動き続ける大地を、
一瞬一瞬、確かめながら、
時を過ごす日々を迎えました。

今回の地震によって、
生きることだけで、
精一杯な状況に、おかれてしまっている方々がいます。

そして、
生きることの意味を、
精一杯問いながら、歩みを進めている方々がいます。

人間として生きること、暮らすこと、接すること。
人間の強さと弱さ、たくましさと脆さ、やさしさと切なさ、孤独や悲しみ。

こうしたものが、
それぞれの体を通り、それぞれの心に足跡を残していく日々です。

被害が皆無と言ってよい、
多摩においても、それは同じです。

そもそも、
人が生きていくための基本は、
ひとつの屋根の下にありますよね。

娘や息子、妻や夫、祖母や祖父、
あるいは恋人、あるいはそれ以外のパートナー
として暮らし、生きてゆくこと。

あるいは、
ひとりで暮らし、生きてゆくこと。

人間の強さと弱さ、たくましさと脆さ、やさしさと切なさ、孤独や悲しみを
抱える基本の器となるものです。

その上に、地域や社会があるわけです。
職業人としての活動だって、その一つでしょう。

地震によって、
より強く欲されるようになった
生きている証は、
職の中からも
より深く、より強く
探られてゆくようになるはずです。

救助にかかわる方々は、救助の活動の中で。
支援にかかわる方々は、支援の活動の中で。
工業にかかわる方々は、工業の活動の中で。
さまざまなサービスにかかわる方々は、そのサービスの活動の中で。

そして、
プロとしてサッカーにかかわる方々は、サッカーの活動の中で。
文章を書いて暮らす多摩市諏訪に住む者は、文章を書く中で。

練習前に,輪が組まれたのを初めて見ました。当たり前ですが,グラウンド全体が,重苦しい雰囲気です。
【3月13日(日)14時30分過ぎ 練習を始める前に、輪を組みます】

3月12日(土)~13日(日)に予定されていた
Jリーグの公式戦は、すべて延期となりました。

この決定を受けて、
多摩地域の一角に練習拠点を構える
川崎フロンターレは、
地震の翌日の12日(土)を休みに、
公式戦が予定されていた13日(日)を練習日に、
それぞれ変更しました。

プロとしてサッカーにかかわる
選手やスタッフだって、
われわれと同じように、
ぐらぐらと揺られるたびに、怖さや不安を覚え、
家族を守り、いたわり合ったりしながら、
時を過ごしているわけです。

しかも、最大の被災地となった宮城県には、
ベガルタ仙台の本拠地があります。

企業などに比べて、
人材の流動性が高いJリーグですから、
ベガルタ仙台以外のチームに在籍している選手であっても、
仙台で過ごしている仲間がいたり、
自身が在住経験を持つことだって、
珍しいことではありません。

ぐらぐらと揺られる中で、
生きることを問い、
家族を守り、仲間に思いを馳せているわけです。

こうした選手たちが、
今回の地震によって、
さらに重く、さらに深く、
生きることを、生きる意味を、生きる喜びを、
サッカーにぶつけ、サッカーに問い、サッカーから得ていこう
とするのです。

自身の内臓を取り出して、
むき出しのままさらすような
プレイにならないほうが、
どうかしています。

この日、
練習前に、輪が組まれました。

川崎フロンターレの練習で、
こんな光景は、初めて見ました。

グラウンド全体は、重苦しい雰囲気です。

黙祷を捧げた後、
話が続いていたようです。

「生きている喜びを、サッカーできる喜びを、
 いま全身全霊で、むきだしにして表さないで
 いつやるんだ」

くらいでしょうか。

ひとつひとつが,いつもより重く,凄みが加わっているように感じます。いつものGKの基礎練習ですが,相澤さん,正座して待機しています。
【3月13日(日)15時40分過ぎ ゴール・キーパーの基礎練習】

一つひとつの練習が、
いつもより重く、
凄みが加わっているように感じます。

いつものように、
ゴール・キーパーが
こなしている基礎練習。

順番待ちの間、
なんと、
相澤 貴志さん、正座して待機しています。

この日の練習への思いが、
座禅に挑むがごとく、
祈りを捧げるがごとく、
自然と出てきたものに見えるのです。

こんな日に,相馬さんがフィールド・プレーヤーに課したのは,「プロの選手ですら,まともにこなすのが難しいほど,技術的難易度が高い練習」でした。
【3月13日(日)15時40分過ぎ 難易度が高いパス交換の練習】

こういう日の練習は、
ほんとうに難しいものだったと
思います。

予定されていた公式戦に向けた
エネルギーは溜まったままで、
さらに、
地震を経て獲得された
心持ちが加わるのです。

無理に盛り上げなくても、
気は昂り、緊張感は
破裂しそうなほどに張りつめます。

そこで、
普段と同じような練習をすれば、
選手たちがサッカーにぶつけてくる
思いの大きさゆえに、
無用な暴走や衝突などを
引き起こす可能性があります。

そこは、
監督の相馬 直樹さん、さすがでした。

こんな日に、
相馬さんが課したのは、
プロの選手ですら、
こなすのが難しいほど
技術的難易度が高い練習でした。

二人一組になって、
ある速度を維持したまま、
細かく刻むように配置された
さまざまな障害物を避けながら、
パスを交換して進んでいくというものです。

よくある練習なのですが、
この日は、
細かく、複雑で、
スペースがほとんど存在しないように
障害物が配置されています。

ボール扱いに優れた
川崎フロンターレの選手たちですら、
ある速度を維持すると、
前に進んでいくのが難しくなり、
障害物のバーを倒してしまったり、
ポールを上手く避けきれなかったり。

これで、
基礎技術をより正確に発揮させることに、
集中力の多くが向かうわけです。

もの凄いマネジメントだと感じます。

そして、
その後のミニ・ゲーム。

重くて、緊張感が高いひと時に、
もっとのめり込ませる方向付けをしたのは、
やっぱり経験ある選手たちです。

ギアを数段上げたプレイで
周囲を巻き込んでいく姿が、
日本代表を経験している選手に
目立ちました。

そのまま試合に臨めそうなテンションで、
隙あらば、
即座にゴールに直結するプレイに徹する
中村 憲剛さん。

相馬さんの手から
ボールが離れた瞬間に、
いきなりボレーキックで
ゴールを襲うくらいの殺気です。

ボールを奪取すれば、
そのまま最短距離で
ゴールを奪いにいく勢いで、
前へ前へ、
迫力満点の突進やパスを絶やさない
稲本 潤一さん。

ボールをひとたび動かし始めると、
重量感と切れ味を備えたドリブルで、
周囲の景色を一変させてしまう
山瀬 功治さん。

こちらも
さすがですね。

もうひとり、
何でもありで盛り上げるのは
小宮山 尊信さん。

例えば、
二人一組の難しいパス交換の練習。

この練習は、
ミニゴールへのシュートで終了します。

そこで、小宮山さん、
ゴール前でシュートを防いだり、
他の選手に
過剰にちょっかいを出し続けます。

普段、グラウンド上で
こんなことはしません。

重く、硬い雰囲気をほぐそうとした、
この日に臨む、彼なりの心意気でしょう。

明日に向かって,走ります。こころと体を鎮めながら。
【3月13日(日)16時10分過ぎ 夕日を浴びながら走ります】

練習終了時、
明日に向かって、走ります。

こころと体を鎮めながら。


注:この後、3月15日(火)に、Jリーグは、3月中のすべての公式戦を延期することを発表しました。また、川崎フロンターレは、3月16日(水)に、同日以降、22日(火)までの練習を中止することを決定しました(チームのwebの発表文神奈川新聞のニュース)。



【この稿は、「たまプレ!」の連載『諏訪の木陰から』に、2011年3月17日(木)付けで掲載された内容の転載です】