さて、【耳嚢】……。
文化六年(1809年)のこと。
相模の国西ヶ原村の百姓女が、以前勤めていた屋敷に来て語っていった話である。
最近奇妙な出来事があった、というのである。
西ヶ原村に、夫に死に後れ、子もなくした老婆がいた。
村内に老婆の本家筋の百姓がいて、老婆は世話を受けていた。
その老婆が無尽に当たって金子三十両ほどを手にした。
老女のひとり暮らしでもあり、(物騒なので)その金を本家に持参して預けた。
その後、すぐに、被り物をし、顔に墨や朱を塗った六人の男たちが、老婆の家に押し込んだ。
「無尽のことは聞いている。その金を出せ」
「無尽を取ったのは確かだけれども、その金は本家に預けた」
老婆が答えると、
「ならば、他にある金を出せ」と責め立てた。
「他に金はない。こんなあばら家だし、自分で捜してみるといい」
と老婆が言うので、あちこち隈無く捜したが、少しの蓄えもない。
「腹が減っているのだ。何でもいいから喰わせろ」
とでも言うしかない。
「とは言っても、私は独り暮らしで、振る舞うような食事などない。
そういえば、さっき本家から牡丹餅を貰って仏前に供えて置いた。
それでよければ食べると良い」
老婆が言うと、
「それでもかまわん」
と四、五は有った牡丹餅を六人で残らず食べてしまった。
ところが間もなくして、七転八倒。六人とも吐き倒れもがき苦しみ始めた。
老婆が驚いて近所に知らせに行ったので、近所の者がすぐに集まってきた。
六人とも毒に当たった死んでしまっているので、被り物を取り、墨を洗い落としてみた。
見ると、六人とも村内の評判の悪い若者である。
さては、その牡丹餅を送ったのは本家が欲心を起こして老婆を殺そうと企んだのか、
あるいは、本家の主人は知らなかったが、召し使っている者の算段か、
それとも、外部に悪人が居て仕組んだことか。
そのうち、裁判沙汰になるでしょう。
――ということだった。