内方鉄五郎の件

テーマ:

 江戸時代のことについて記すのは、本当に久しぶり……。

 ―――というか、ブログの更新自体ひさしぶりですが…。

 

 先々月、かなり以前に書いた「内方鉄五郎の件」でコメントをいただきました。
 ―――明和二年(1765年)に倉敷代官を拝命している。
 この書き込みに対して、
 ―――倉敷代官の前に寛延2年(1748)~宝暦12年まで笠岡代官を勤めています。
    同一人物であれば、年齢が合いません。親子でしょうか?
 という笠岡遊歩さんからのコメントです。
 
 で、ちょっと調べ直してみた、というか、ほんの少しだけ調べ直せる環境が整い始めたという……、前置きはこれくらいにして。
 
 結論から言うと、笠岡代官を務めていたのは、内方鉄五郎富高(まさたか)。
 ご指摘の通り、殺害された鉄砲箪笥奉行内方鉄五郎恒忠(つねただ)の父親です。

 恒忠は、明和二年十一月に亡くなった富高の跡を襲い、翌三年田安家の近習番となり、安永二年に御納戸番、さらに安永六年から天明二年まで出羽尾花沢、天明二年~天明八年まで但馬生野、天明八年~寛政十一年まで関東代官を務め、寛政十一年から、殺害される文化十三年まで、鉄砲箪笥奉行を勤めていました。
 
 富高の方はというと、寛保元年から寛延二年まで御勘定、寛延二年から宝暦十年まで笠岡、宝暦十年から明和一年まで出羽長瀞、明和一年から亡くなる明和二年まで関東代官を勤めていました。
 
 こうして調べ直してみると、親子ともに倉敷代官は勤めていません。
 どこからそうした情報を仕入れてきたのか、今となっては不明ですが、とりあえず現状で調べられた範囲での再報告……ということで

AD

金属の、猫がいる

テーマ:
 ネクタイピン買おうと思って探してみた。
 探してみると意外にない………。
 
 ようやくAmazonで見つけたのは、タイピンではなくクリップ。

 
 
 
 真鍮の猫………。
 clife(クリフ)の製品。
 

 とまれ、明日から使ってみよう。 
 Amazonからやってきた猫、どういう育ち方をするのやら。

AD