【怪しいおやぢ】です。
タイトルは、『江戸の菓子事情』……。
厳密に言えば、『浪華の菓子事情』ですが……。
しばらく、 『浪華百事談』 (作者未詳) から、江戸後期の大坂の菓子屋の紹介をします。
今回は、『さくら餅』
今では諸方の菓子補、餅まんじゅう屋で作って売っているが、桜の葉で包んだ桜餅と名付けるものは、東京向島の長命寺内で商ったもので古くから名物となっている。
これを模したものは、天保年間(1830-1844年)まで、浪花で作っている店はなかった。
北堀江高台橋の東、浜の家に土佐屋何某という菓子屋があって、そこで初めて作った。
みな珍しがって買い求めたという。
もっとも、この菓子は良くできていて、冬春はカタクリの粉を水で溶いたものを薄く焼き、中に白小豆の餡を入れて包み、その上を桜の葉で挟んだ。
夏秋には吉野葛の、最近諸方で作るものと同じものを商った。
進物用には竹籠を用いたのも同じである。
この店は、どういう事情があったのか、廃業してしまって今はない
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