【怪しいおやぢ】です。
範疇に困る話……『江戸奇譚』
今回は、『蛇毒』
備後福山家中の内藤何某が、ある時庭に出た。
烏蛇（うじゃ・からすへび）を見付けたので、手にしていた杖でしたたか打ち叩いた。
烏蛇はそのまま走り去って草むらに入った。
内藤は、草の上からしきりに杖で叩いて捜したが、見つからなかった。
しばらくして、家人が見付けて、草の中に蛇が死んでいると告げてきた。
内藤は草むらまで行き、杖で死んだ蛇を掻き除けようとしたところ、烏蛇はいきなり頭をもたげ、内藤に向かって煙草の煙のようなものを吹き付けた。
煙が内藤の目に当たったと見るや、烏蛇はそのまま倒れて死んだ。
内藤の眼が俄に痛み出し腫れ上がった。
さらに寒熱が出て、その苦しさは云いようもなかった。
その凄まじさに命の危険すら覚えたとき、内藤は、煙草のやにが蛇には毒になることを思い出した。
煙管のやにを眼中に入れると、だんだんに腫れが引いて痛みも和らいできた。
二日もすると種々の苦しさもとれ、眼が赤くなっているばかりだった。
それから毎日のように、やにを入れていると、五六日して完全に治った。
翌年、同じ時節になると、また眼が痛み出し、いろいろな眼医者の治療を受けたが一向に治らない。
またぞろ蛇の毒のことを思い出し、煙管のやにを眼に入れると、たちまち治った。
それから二三年の間、同じ時期になると必ず眼が痛み出したので、いつも眼の中にやにを入れて治した。
別な話では、蛇を打ったのは助左衛門と言うもので、その場に居合わせた内藤が烏蛇の毒に当たったのだとも云う。
『北窓瑣談』≪橘春暉≫
橘春暉、または橘南谿（。伊勢の人。京都野の医師であり紀行家でもある。
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