【怪しいおやぢ】です。

 範疇に困る話……『江戸奇譚』

 今回は、『恨み蛇と化す』


 江戸久右ヱ門町に紺屋佐太郎という者がいた。

 ある夜、佐太郎の店に盗人が入った。

 佐太郎の家内の者への詮索には凄まじいものがあった。


 そのうち、下女のひとりの密人(まぶ)が、その夜来たのを手がかりに怪しいと奉行所に訴え出た。

 奉行所では男を問いただした。

 男は佐久間町三丁目の金兵衛と言う者で、金兵衛の主人が、


「この者は盗みをするような者ではない」

 と強く申し立てたので、金兵衛は主人預かりとなった。

 そこで件の下女だけが拷問にかけられ、辛い責めが重なり、重い病にかかった。


 奉行所は、主人が看病するように申しつけたが、佐太郎の妻がことのほか腹を立てた。

「盗人に負けるとはこのことだ、死ぬなら死ねばいい」

 と取り合わなかった。


 下女はついに牢死したので、

「死骸を取りに来るように」

 と申しつけたが、妻は下女が死んでもなお


「そんな忌々しいことを」

 と言ったきり、聞き入れる耳も持たなかった。

 しかたなく囚獄司の方で寺に送った。


 その頃、すでに佐太郎の妻は煩っていたが、夜な夜な行灯の上に蛇がわだかまるようになった。

 蛇がいると、妻は酷く苦しんだ。

 蛇を殺して捨てたが、また次の夜には来てとぐろを巻いている。


 どうしようもなくなって蛇を持てあましていたが、ついに妻は死んだ。

 死骸を沐浴させたとき、首に蛇が巻き付いていた。

 それを見た佐太郎は、全身の毛が総毛立ち、出家してしまった。


 『新著聞集』神谷養勇軒 より